お前の光はどこにある!
こんにちは、日曜日はヒーローの曜日、でお馴染みの遊月です!!
思わぬ敵が、現れます!
本編スタートです!!
緑川勇喜はその日、ひとりの少女と出会った。その少女はひとりの男と連れ立って歩いている。父親ほどの年齢の男にも見えたが、ふたりが親子でないことは見てとれた――お互いがお互いに向ける視線に宿る熱は、親子などというものとは程遠く、それはまるで……。
「恋人同士……?」
疑念のあまり、思わず独り言まで出てしまった。しかし、これも仕方のないこと……昔から、緑川が恋愛対象に入れていたのは全員、誰か特定の相手のいる者ばかりなのだから。どうしてそう生まれついたのか、彼自身にもわからない。しかし、ただ言えるのは、緑川の前では、見た目さえ自分の好みで、更に付き合っていたり結婚したりしている相手がいる人物ならば、その年齢や性別など些細なことだった。
みていると、最初は海外の二枚目俳優を思わせる長身の男のほうに目が行きがちだが、隣にいる少女もそれなりに可愛らしい見た目をしている。芸能事務所に所属していると言われても、あまり疑いなく受け入れられるのではないだろうか――そう思わせる彼女の最たる特徴は、しかしそこではなかった。少女について最も語るべき点があるとすれば、それは傍らの男を見つめる、どこか熱を帯びた眼差しだった。
別に、雌であることを主張するような媚びた視線を送っているわけではないのだ、だが、その目は間違いなく視線の先の、齢30近く離れているあろうその男を熱烈に求めていた。
その目では、恋を知らぬ無垢な娘だなどと名乗ることはおよそ叶うまい。隣にいる男が、あの視線に常時晒されていて尚も理知的な大人として振舞っていることが不思議でならない――そんな嘲笑にも似た羨望の眼差しとともに、緑川はふたりに近付く。
別に構わない――何にせよ、このふたりはお互いがお互いにその気持ちを伝えていないだろうし、それならばいくらでも付け入る隙はある。思い出してしまう、初めて親友の彼女を奪ったときのことを。相手方のマンネリズムや罪悪感に付け込んで、ただ奪うだけの行為。そう、ただ奪うだけなのだ、奪った後はただ捨てるだけ、その後の関係など一切築いたりしない――本来の生存には何ら必要性などないはずの、まさに人間ならではのその行為に、緑川はどこか優越感すら覚えていた。そしてその行為にただ歯軋りすることしかできない“弱者”になど、構う必要などない。
そう、これは牙を持たぬ者たちの闘いだ、闘いとは牙や爪、力を持つものだけに独占されるものではない。手練手管を駆使して、相手の最も大切にしているものを、恐らく相応の苦労を積み重ねて手にしてきたであろうものを、必要最低限のコストだけで横から掠め取る――それもまたひとつの闘いであるというのなら、緑川はまさにその地区チャンピオンと言ってもよかった。その矜持にかけて、目の前の男から少女を奪ってみせたかった――性別は問わないとは言ったものの、やはり緑川にとってはどことなく無防備さの窺える少女の方がどうにかしやすく見えたのである。
だから、緑川は出た。
「あのー、もしもし?」
男が少しだけ少女から離れた隙を窺って、声をかける。
まずはいきなり距離を詰めようとするのではなく、心を開かせる。でなければ、隙を作る――この少女にだって、届かない想いへのもどかしさだったり、男とのあまりに離れた世代差になんとなく思うところくらいはあるだろう。そこに付け込むのだ、きっとあの男ではわからないような話題だって、自分なら合わせに行ける。
そうだな、たとえば――――
「あの、やめてください」
「――――――っ、」
その瞬間、緑川は雷に打たれたような衝撃を味わうこととなる。なんということだろう、心が昂った。
この少女は気付いているだろうか、自分が今、どんな目をして緑川を拒絶したのか? その時の目と、もうそろそろこちらに戻ってきそうな気配のある長身の男を見る目との間に、生半可な経験をした女程度では到底醸せないような温度差が込められているということに、この少女は気付いているだろうか?
いや、きっと気付いてはおるまい。
この少女は、まったくの無意識で絶対零度の眼差しを自分に向け、ドロドロと地中を流れる溶岩もかくやという眼差しをあの男に向けているのだ。そのあまりにも露骨で、あまりにも猛々しいまでのその情念に、緑川は激しい昂りを覚えた。
そして、心の底から思ったのだ。
――――あぁ、心の底から、この“女”がほしい!!
「そっか、ごめんね。お父さん来たみたいだし、それじゃ!」
だからこそ、今は退く。
もっと探るのだ、探って、探って、決定的な隙を作る。そうしてあの少女の心を男から“少しだけ”引き離して、モノにするのだ。完全に離してしまっては意味がない、緑川の楽しみはあくまで“奪う”こと。
それにしても、あぁ、まさか!
こんなにも誰かをほしいと思ったのは、生まれて初めてなんじゃあないかなぁ!
年端のいかぬ少女への熱い情念。
それが、緑川の初恋だった。
* * * * * * *
「美玲ちゃん、何かあったのかい?」
「う、ううん、へいきです……」
隣から自分の顔を覗き込む梨田に、美玲ははっきりと言葉を返せずにいた。理由は、先程話しかけてきたひとりの男。どこか派手で、怖くて、家で母と裸になっていた知らない男と似た雰囲気のある、見ているだけで背筋がぞわぞわする男だった。
嫌だと言ったらすぐに帰ってくれたけど、何かが怖かった。けれど、美玲が1番怖かったのは、その男よりも、それまで誰にも抱いたことのないような気持ちを彼に対して抱いた自分自身だった。
早くいなくなればいいのに。
もうどこにも、いなくなればいいのに。
そんなことを誰かに思ったことなんて、1度もなかった――いや、正確には1度だけある。母が梨田に対して興味を示したときに、似たような気持ちになったことがあった。
ふたりの間に、入り込まれたくなかった。
邪魔をしてほしくなくて、その為なら相手がどんな酷い目に遭っても構わないとすら思えてしまう、誰も知らなかった美玲が、顔を覗かせた。
こんなの、間違ってる。
そうわかっているのに、気付いてしまえばどこに対してもこの気持ちは向かってしまいそうだった。姉と遊んでいる彼を見てしまえば姉に対して、彼が近所の子の相手をしていたらその子に対して、地域のおばさんたちや、たまに仕事のお話をしてるみたいなお姉さんたち。
そういう、少しでも彼に触れてくる人すべてに対して、この暗い感情を向けてしまいかねない自分を、美玲は知ってしまった。
少しずつ涼しくなっていく帰り道。
不安から逃げるように、美玲は梨田の大きな指に、自分の指を絡めた。
* * * * * * *
緑川は、自宅のパソコンで盗撮しておいた写真を検索していた。写っていたのは、俳優のような甘いマスクの男。彼が初めての恋をした相手――自分を強く拒絶したあの少女が恋する相手とは、どんな人物なのだろう? まずはそこを知らなくてはならなかった。
でなければ、彼女を奪うことは容易ではないだろう、いや不可能に近い。彼女の恋心は、それだけ真摯なものなのだから。
しかし、SNSの類いもしていないのか、この男は? 緑川は首を傾げた。最近はどの年代の人物でもSNSに触れる機会も多いし、何ならこの男くらいの年代ならばアウトドア系の趣味や、友人家族との交流にSNSを使うことも少なくはない。そこから手がかりを追うこともできるだろうと踏んでいたが、緑川の予想は大きく外れてしまうことになる。
男を辿れるものがほぼ何もない。途方に暮れる緑川の目に、ひとつの記事が飛び込んだ。
『指名手配犯・化野義明』
その名前は知っていた、児童を誘拐して、何人も惨たらしく殺したとかいう殺人鬼。最近すっかり名前を聞かなくなったが、捕まってたわけじゃないのか――そう思いながら、何の気なしにリンクを押した瞬間。
「え?」
思わず目を疑った。
緑川の目に映ったのは、昼間に見かけたばかりの、海外俳優のような男を描いたと思われる、モンタージュ画像だったのだから。
更けていく夜は、次第に怪しさを増していく……。
前書きに引き続き、遊月です!!
すっかり女の顔になっていたという美玲ちゃん……いったいどんな風に緑川を拒んだのでしょうね、少し気になります!笑
次回以降、梨田さんの周囲では少しずつ……?
また次回お会いしましょう!
ではではっ!!




