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99. 母の疑惑

「それって、愛梨が本当に着るやつ!?」

「そう」


 ハトマメ的な驚き方だな。


「それは買い物につきあえってこと? ショッピングモールには誘わないって言わなかった?」


 驚きポイントはそこか。眉をひそめて、嫌そうな顔になっている。


「出たくないならネットで選んでもいいよ?」


 そう言ったら、表情が一気に明るくなった。


「あの、でも、露出は控えめにしてくれる? 一人では行かないけど、勇が一緒に行かないなら、万一でも男の子に声かけられるのは面倒だし」


 念のためにそう言ったら、勇がキョトンとした顔になった。


「え? どこに行くの?」


 って、本当にわからないって顔。


「どこって、海でしょ?」


 当然だと思う。


「え?」

「プールだった?」

「ええ?」


 ネットでもいいと聞いて明るくなった表情が一気に曇って、信じがたいって顔になる。


「『ええ?』って? 水着を買ったら泳ぎに行くでしょ?」

「こっちで?」

「あっちでも行くけど」

「待って、こっちで? 俺が選んだ水着を着て、俺ナシで海?」

「プールでもいいけど」

「俺ナシで?」

「アリでもいいよ?」

「ええええ」

「勇はサングラスとキャップで?」


 ますます嫌そうな顔になってるけど、一応勧めてはおく。


「外さなきゃいいんじゃない? それか留守番」

「嫌だ」

「じゃ、行く?」

「嫌だ」

「まあ、どっちでもいいけど、わたしは行く」


 きっぱりと言い切った。水着を買って泳ぎに行かないなんて、何のための水着だ。


「マジか……ああ、くそ。夏の海とか、最悪。しかも自分で選んだ水着を着てるとこ俺が見られないのに他のやつに見られるとか、最悪通り越して……」


 勇が頭を抱えてぶつぶつ言い始めたところに、おばさんが戻ってきた。並んで座っているわたしたちを見てにこっと笑う。「大丈夫そうでよかった」って呟いて。それから携帯を示した。


「愛梨ちゃん、梨沙子さんたちあと一時間くらいで帰るって……で、どうしたのうちの息子それ


 眉を寄せて悩んでる勇を指さす。

 うん。深く悩んでる。


「……下着は無理だけど、水着を選んでくれたらそれを着て夏に海に行く、って言ったらこうなりました」

「あらま、ナイスな仕返し♪ それじゃあ勇も行くしかないわね」


 おばさんが楽しそうに言った。

 わたしとしては、仕返しをしたつもりはないんだけど、勇のじと目は……仕返しととったかな。



 その日は勇には送ってもらわずに、食事帰りに勇の家に寄った両親と一緒に帰った。

 ――寝つきが悪かったのは、体調が悪かったせいでも、かわいそうな小さな白ネズミのことを思い出したせいでもなくて、現実的過ぎる現実のせいだった。


 笑ったり話したりするときの声や身体の動き、喉ぼとけ、つないだ手の形さえ、わたしとは全然違ってた。勇は異世界にいる時よりずっとずっと「異性」で、自分とは別の人間だった。


 あんなふうだなんて思ってなかった。部屋で抱きしめられた時も、玄関先でキスを迫られた(からかってただけだったけど)あの時も、わたしは勇がそこにいることしか考えられなかった。

 それに、異世界にいる時みたいに空手の技をかけてやめさせようなんてコミカルなことは一切思い浮かばなくて、自分自身も、あっちとはずいぶん違うんだなって思った――向こうの「イザム」は、そういう攻撃をしてもいい対照で、こっちの勇はそうじゃない。


 たぶん、本物だから。



 翌日の土曜日、勇はおばさんに持たされたスポーツ飲料水のペットボトルを持って、午前中に会いに来た。玄関に出た母に挨拶して、「昨夜はすみませんでした」って、謝る。


 うちの母の対応は昨夜と同じだ。昨夜おばさんがかけた電話で、わたしが小さい頃に勇がハツカネズミを解剖したのを目撃したことを思い出して気分が悪くなった、って聞いた時と同じように、「いいのいいの、このごろいろいろ思い出してるみたいだから、どうせそのうち思い出しただろうし」って、何でもないことだと手を振りながら言う。ついでに、「今朝は二食分食べてたし、庭で空手の練習もしてたし、元気そうだから気にしないで。それよりこっちこそ迷惑かけてごめんね。勇君もびっくりしたでしょ」って、余計な情報を開示して――つまりいつものようにさばさばしてる。


「はい、あ、いや、大丈夫です。原因は俺……じゃない、僕だし、すみません」


 勇がもう一度頭を下げた。


「そんな小学生の時のことなんて、とっくに時効よ。あの時だって愛梨が勝手にお邪魔したうえに大騒ぎしたんだし。どうぞ、入って?」


 そう言われても勇は入って来なかった。

 遠慮しているのかと思ってわたしも声をかける。


「びっくりしただけだし、元気で当然だよ。ついでに昨日の出来事も小学生の続きだから、時効ってことで、忘れてくれるといいんだけど。どうぞ、入って? それに、勇は大丈夫?」

「俺は別に何も……、あ、えっと、母さんに言われて顔を見に来ただけだから、すぐ帰ります。これ、持ってけって言われて」


 そう言ってペットボトルの入った袋を床に置く。


「気にしてる? してないといいな、って思ったんだけど」


 昨夜別れた時の勇はまだ、海に行くかどうかで苦悩していたけど、生体解剖の件で苦悩しているよりはよかったし、詳しく話せる感じでもなかったからそのまま帰った。


「愛梨が大丈夫で、思い出したことを気にしてないなら俺は平気。元気なら、あとで一緒にテストの勉強しないかなって思ってるけど、大丈夫?」

「うへえ」


 とりあえず、そこには抵抗を示す。


「今の返事は『いいよ』ってことだと思っていいんだよね?」

「……はい、イイデス」


 わたしの受け答えにぶっと笑ってから、勇は手を振って帰って行った。


 笑ってたってことは、大丈夫だと思う。よかった。


 そう思っていたら、後ろから、「愛梨? あんたたち、つきあってるの?」って、聞かれた。


「え?」

「だから、勇君と」


 振り向いたら、珍しく心配そうな顔をした母と目が合った。


「つきあうとか、そうなったらちゃんと言うよ?」


 彼氏ができたら教えること、それからとりあえずセックスはナシの方向に全力で努力。どうしても避けられないなら(どうしても避けられないような男は却下らしいけど)将来性を見極めて、避妊は絶対にすること。っていうのがうちの方針で――つまり、今のところ、わたしに報告できるようなことは何もない。


「そう……あんまり無茶しないでよ? 傷つきやすいんだから」


 ため息と一緒に言われて、びっくりした。

 これまで親に「傷つきやすい」なんて言われたことはない。

 ちゃんと心配してくれてるんだ、って思って素直に、「ありがと、気をつける」って言ったら、

「あっちが、だからね?」って、追加が来た。


「え、あっち? あっちって、勇のこと?」


 わたしのことかと思ったのに。


「そう、勇君。勇君なら愛梨を大事にしてくれるのはわかってるし、遊ばれそうだとかそういうことは欠片も疑ってないけど、あんたはいっつも勇君を巻き込んで酷い目にあわせて、泣かせて、落ち込ませて、ケロッとしてるから、お母さん心配なの。幸枝さんが許してくれてるのが不思議だわ」


 まさにうちの母らしい言葉だけど。


「お母さん、自分の娘なのに酷い言い様……」

「自分の娘だからよ。一生懸命で誠実で正直なのは愛梨の長所だと思うけど、勇君は一途なの。軽い気持ちでつきあって、後になってからやっぱり違いました、やめます、みたいなことはできない――そんなことになったらどれだけショックか――中学に入ってからは、しばらく疎遠になってたけど、わたしにとっても勇君は息子同様だし、幸枝さんはご近所さんだし、同僚だし、友達なんだから。慎重に、大切に考えてよ」


 いろいろ言われているけど、まあ心から心配してくれているのは確かだよね。


「……わかった。慎重に大切に、ね。気をつける」

「それから相手が勇君でもセックスはナシ」


 また追加が来た。


 お母さん……話を飛躍させないで欲しい。

 は~、とため息を吐いたら、


「何、そのため息。まさか迫られてるの!?」


 驚いた顔をされた。


「いや、逆。昨日手をつないだけど、セックスとか、ありえない」


 ますます驚いた顔をされた。

 なんでだ。


「あんたたち、この半年間あれだけ会ってて今そこ(・・)? 昨日初めて手をつないだの? 今までのは短時間のお家デートとかじゃなかったの?」


 はいはい、今そこ(・・)です。お家デートではありませんし、おつきあいもしてません。


「そもそもつきあってないし」


 肩をすくめたわたしをまじまじと見る。


「もうちょっと、女の子らしい格好とか、してみる? 高校生ってお化粧とかしてる子もいるんでしょ? 

 ……まさか勇君、愛梨を盾に男の子好きを隠してるとかじゃないよね? でもあの見た目でこれまで彼女いなかったとかおかしいし……愛梨、とにかく本当に、慎重にね?」


 ずいぶん違う方向に曲がった気がする。


 せっかくいい感じの親子の会話だったのに、アホらしくてどうでもよくなってきたよ。

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