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96. 振られた経験?

「いやいやいや、ここまで来てそれはないでしょ、どうぞ?」


 玄関のドアを開けながら誘ってくれるけど、無害な顔をして見せても、さっきまでの顔だって間違いなく勇だし。


「身の危険を感じる」

「そんなものないない、あっちじゃないんだし」


 首を横に振って笑ってるけど。


「あっちでもこっちでも、勇が一番危険人物なのは変わらないのか……」


 ため息が出る。


「おいおい、どっちでも、俺が一番安全の間違いだろ?」


 玄関で押し問答をしていたら、「勇、愛梨ちゃん、帰ったの? さっさと入っちゃいなさい。勇、ブルーベリー、あった?」って、おばさんの声がした。


「あったよ!」


 勇が大声で返事をする。


「ほら、入れってさ。警戒しなくていいよ。笑われたから、ちょっと仕返ししただけ」


 勇が小声になる。


「……わかってるけど、すごく焦った」


 中に入りながらわたしも小声になる。


「うん。見ててわかった。すごくかわいかったから、そのままキスしちゃおうかと思ったくらい……愛梨?」


 かわいかった、の一言にやられて耳が熱くなった。そういうの突然言うの、本当に反応に困る――だって異世界あっちじゃないのに。


「……何?」

「大丈夫、待ってる」


 やわらかい声でそう言って笑う。


「無理って思えることだって、無理じゃなかったから。愛梨がしてもいいって思える日だって意外にすぐ来るかもしれないし」


 そんな、穏やかな顔で言われても、困る。


「来ないかもよ?」

「来ることに期待するのは俺の自由だろ? あっちでなら誰かにカエルにしてもらうって手もあるし」


 片目をつむる。


「そこでハードル上げないでくれる? 一生そのままになるかもよ」


 勇の家の中は、シチューの匂いがしていた。


「すみません、手伝うって言ったのに、出かけちゃって」


 謝ったら、「いいのよ~。買い物頼んだし」こっちを向いて、ポテチとブルーベリー以外は持たずに帰宅したわたしたちを見て、テレビの正面に置かれた二人掛けのソファに座ってお茶を飲んでいたおばさんが首をかしげた。


「おやつと雑誌はなかったの?」

「アイス買ってその場で食った。雑誌は――忘れた」


 勇の答えを聞いておばさんが嬉しそうに笑う。


「外に出て目的の物を買わないで帰って来るなんて、珍しいこともあるのね~。愛梨ちゃん、暇があったらちょくちょく連れ出してやって。本当に出不精なの。学校がなかったらどこにも行かないんだから」


 実はものすごく遠くに行っちゃってるんだけど。

 でも本当に、この半年間、勇は家と学校以外ほとんどどこにも行ってないみたいだった。


「はい。連れ出しやすそうなところを考えてみます」


 そう答えるとおばさんと勇、両方の顔が明るくなった。


「やった。もう、親子で外出って歳じゃないし、趣味も合わないしで困ってたの」


 おばさんが言って、勇が、うんうんと頷く。


「ご飯の前だけど、まだ炊けないし、お茶どうぞ」


 お礼を言っておばさんの斜め隣の一人がけのソファに座ると、勇もわたしの向かい側に座った。


「勇、嬉しそうな顔をしても、わたしとも趣味は合わないと思うよ。あと、フィギュアショップには誘わないよ?」


 一応、そこは言っておかないと。


「え、連れ出しやすそうなとこに誘ってくれるんじゃないの? フィギュアショップなら二つ返事で行くよ?」

「その結果どうなるかが怖いから、そういうのは異世研の人と行って」


 前回の結果がミニスカビスチェだもん。


「え~」

「わたしもランジェリーショップにつき合えとか言わないから、勇もわたしにフィギュアショップを求めないで」


 不満顔の勇にそう言ったら、不思議そうな顔になった。


「ランジェリーショップって下着屋だろ? 誘われたら行くよ? さすがに男一人では入れないから、むしろ誘って欲しいくらいだけど……どうせ行くなら選ばせてくれる?」


 それを聞いたおばさんがお茶を吹いて、「こら! 何てこと言うの!」って大慌てで叱った。「愛梨ちゃん、ごめん」って謝ってくれたけど、今のはわたしの例えのせいだ。勇の残念な思考の方向性を考えていなかった。


「いえ、大丈夫です。ちょっと例えが悪くて――勇、そういう意味じゃなくて――遊園地やショッピングモールに誘わないかわりに、ランジェリーショップもフィギュアショップもなしっていう意味。いい?」


 束の間ゾッとした顔をして、イザムがなんとなく頷いた。


「了解……でも下着屋もフィギュアショップも遊園地よりはずっと安全だろ?」


 微妙に納得してないのは、造りが解ればあっちで具現化させられるかもしれないから、興味津々ってことなんだろうと思うけど、いくらなんでも勇とランジェリーショップには入れない。


「問題はストーカーに目をつけられることじゃなくて、わたしが勇と一緒にいて落ちつかない場所だ、ってことだから、そこは諦めて。あと、普通の男子はランジェリーショップには入らないし、普通の女子は男子に下着を選ばせるとか絶っっっっっ対に、しないから、そこも諦めて」

「愛梨も?」

「それは、わたしが普通じゃないって意味? 喧嘩売ってる?」


 半目で睨んで確認する。


「売ってません。選ばせてくれたら楽しいだろうなって思ったから、念のために聞いただけです。ごめんなさい」


 両手を挙げた勇を見ておばさんが笑った。


「っていうか、出かけるなら、もっと普通のとこに行こうよ」

「そうよ、せっかくなんだからもうちょっと一般的な若者らしいところなはいの? 愛梨ちゃんが喜びそうなところを考えなさいよ」


 そう言われた勇がちょっと首を傾げて、考えているような顔をした。

 でもあくまでも顔だけで、すぐに聞く。


「愛梨、どこ行きたい?」

「まずは自分で考えなさい! パソコンがあるんだから調べたらいいじゃないの。顔だけよくても、中身の伴わない男はもてないのよ」


 容赦のないおばさんの突っ込みが楽しい。


「自分の息子に『顔だけで中身がない』って、ひどくない?」


 勇に聞かれて、今は髪の毛がかき上げられているせいでほとんど見えている勇の顔をじっと見る。


「ひどくないんじゃない? 確かに顔は整ってるし、さっきの受け答えに中身があるようには見えない。一応、女の子と出かけようってことなんだから、考えてみたら? わたしも考えてみるよ」

「嫌われないようなところを考えなさいよ? また振られて落ち込まれたら大変なんだから」


 おばさんが苦笑した。


 ん? 

 今「また」って言った?


「『また』って? 勇、彼女いたことあったっけ? しかも振られたの?」


 少なくともわたしは知らないから、中学の後半とか?


「え? ないよ? 母さん?」


 勇もびっくりした顔をしておばさんを見た。

 おばさんも一瞬きょとんとした顔をした――。


「嫌だ、愛梨ちゃんよ。小学生の頃。すっごいケンカして、誘っても誘っても遊んでもらえなくなって――会いに行くたびに追い返されて、かなり落ち込んでた時期があったじゃない。「今日も『嫌い』って言われた~」って、あれから勇がすっかり反省して、うちは大助かりだったけど」


 すごくタイムリーな話題だ。様子を見てうちのお母さんに聞こうと思ってたけど、ここで教えてもらえるならちょうどいい。


「それって――」


 身を乗り出したら、「ちょっと、その話はしないで!」すごい勢いで勇が止めに入った。

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