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90. 女装趣味はありませんが

 しばらく大笑いしてから、昼食を終える。


 タイガくんはまだ赤い顔をしていて、隣では「スクール水着」と「ビキニ」が何なのかを教えてもらったアルフさんがなんとなく納得した顔で、「それは見てみたいですね」って言ったので、わたしとヴェッラは今朝の「プールに行ったら更衣室から出てこない」会話を思い出して、また笑った。


「アルフさん、こっちの人は泳がないの?」


 落ち着きを取り戻したヴェッラが聞く。


「そうですね。漁を生業にしている者たちは泳ぎますが、内陸の者はあまり泳ぎません。暑い日に足を川につけたり、時には汗を流す目的で川や湖に入ることはありますよ」


 思案顔になったアルフさんが教えてくれる。


 泳ぐ習慣がないみたいだ。となれば泳げる人も少ないのかもしれない。


「楽しみのために泳ぐ人はいないの?」

「海の方では夏にはそういうこともあるようですよ」

「アルフさん自身は泳いだことは?」

「ほとんどありません。短時間浮いている程度のことはできますし、抵抗はありませんが、あくまでも訓練の範囲内です」


 立て続けのヴェッラの質問に嫌な顔一つしない。こういう受け答えをしているところを見ると、アルフさんがとても誠実な人なんだってよくわかる。一つ一つしっかり受け止めて正確に答えようとしてくれる。穏やかで、にこやかで。


「夏の国まで行ったら海に行ってみるのはどう?」


 ヴェッラがそう言ってイザムとタイガくんの方も見る。これはつまり海水浴のお誘いってことだ。


「みなさんの行きたいところにお連れするつもりですよ」


 アルフさんが答えれば、タイガくんも嬉しそうな顔になった。イザムはなぜか思案顔。

 ヴェッラは最初から笑顔だ。


「よし、じゃあ、そのときは泳ごうよ。ビキニならわたしが着るよ? レオタードが持って来られるんだから、ビキニだって大丈夫だと思うんだよね。大差ないでしょ? イザム君にコツは教えてもらったし、今度帰ったら戻って来るときに持って来られないかやってみる。アイリーンは? スクール水着?」


 そう言ってにやりと笑う。


 この世界でスクール水着って、なんか、逆にダメな気がして、ヴェッラのにやりに納得した。ビキニを着たいわけじゃないけど、スクール水着は体型的にもダメだと思う。


「この世界では男性に着ていただいた方が安心だと思いますが……」

「「それじゃ意味ないって!」」


 アルフさんの発言にタイガくんとイザムが声を揃えたその後で、何か悩んでいる様子だったイザムがきまり悪そうな顔をしてこっちを見た。


「アイリーン? 水着、着るなら、俺のフィギュアから……ごにょごにょ」


 考えてたのはそれか。


「それは無理。せめて部長さんのにして」


 イザムのフィギュアと同じ水着なんて着たら、わたしの方が更衣室から出られなくなっちゃうよ。


「見たことないだろ? せめて見てから……ごにょごにょ」

「じゃあ見た後でわたしに着せようとした事実が気に入らなかったら、破棄していい?」


 冷たい横目で確認すれば、「や、見なくていいです。スミマセン」と、あっさり引き下がった。


「よろしい」


 わたしなら、海水浴なんて、それこそTシャツとショートパンツでも十分なんだけど。


「イザム君、『他人に見せる趣味はない』んじゃなかったの?」


 ヴェッラが不思議そうに聞く。


「他人には見せたくないけど、俺だって見たい。現実あっちで着てくれないなら、異世界こっちしかないし。くそ、なんかいい方法ない?」


 逆にヴェッラに聞き返してるけど、そんな方法はない。


「そんなことわたしに聞かれても。……何か条件つけてもらうとか?」

「前に俺が同じ格好するなら着てもいい、って言われてるんだよ。でも女物のビキニとか、メイドコス以上に絶対無理だから。たとえ異世界だからって、死んでも着ない」


 それを聞いてヴェッラが半眼になった。


「メイドコス? イザム君、彼女に何させようとしてるの? こっちに着た時のカッコもヤバかったんでしょ? そんなことしてるとそのうち愛想尽かされて婚約破棄だよ?」

「メイドは俺が着せようとしたわけじゃないよ。着させられそうになっただけで」


 両手と首を振って否定する。


「着させられ? イザム君が? そういう趣味あるの? ますます嫌われるよ?」


 視線がどんどん冷たくなっていく。


「いや、ないよ! ない。そんな疑いの目で見ないで。あ~もう、アイリーン説明してやって」


 否定すればするほど、ヴェッラの目が細くなって、ますます疑いの眼差しになっているのがおかしい。


「もう、そのままでいいじゃん。わたしはイザムのフィギュアの水着は着ない。イザムも妙な格好はしない。ハイ終わり~」


 広げたピクニック用品を片付けてバスケットに戻し、さっさと馬車に向かうと、ヴェッラも畳んだ敷物を持って追いかけてきた。


「アイリーン、やっぱりイザム君、変人なんじゃないの?」

「だから、何回もそう言ってるよ?」


 歩きながら返事をする。


「だって、さっきのは科学と魔法の扱いが変って話だったじゃん」

「だから、そんなのは序の口だって」

「女装趣味が!?」


 そこは違う。


「ヴェッラ、イザムがコスプレに興味があるのは否定しないけど、一応女装趣味はない。それに、コスプレはそんなに害はないから、女装趣味があったとしてもまだ問題ない部類」

「じゃあ、何が問題なの?」


 恐る恐るといった感じで聞かれた。


「それは、無理」

「……何が?」


 そう聞かれて後ろの方で海水浴について話し合っている男性陣の方を窺う。


「イザムの狂人ぶりについて正直に喋ったら、二週間くらいは悪夢にうなされることになるから話せない」

「アイリーンがうなされるの? 仲良しじゃなかったの? 設定とはいえ婚約者でしょ?」


 三つ立て続けに聞かれて、三回頷いた。


「それとこれとは別で――イザムの本性は本っ当に怖いから。前回のショックからもまだ立ち直ってないし」


 シルバーやベルやシュヴァルツさんを解剖したことがあるって言外に言われたのは、つい昨日のことだ。思い出しただけで鳥肌が立った二の腕を両手でこする。


 イザムに悪気がないことはわかってるし、館にいるみんなが元気なのもわかってる。でもやっぱり、怖いものは怖い。

 時々じっとわたしを見ているイザムからは、わたしの「中身」がどうなっているのか推察しているような気がすることがあって、それも怖い。

 考えすぎだとは思うし、人間っぽいものには手を出さないって約束してくれたから、大丈夫なのは頭ではわかってるんだけど。


 それきり黙り込んだわたしを見て何を思ったのか、ヴェッラも黙って男性陣を見やった。


「アルフさんやタイガがあんなに慎重になっているのにはちゃんと理由があるんだ……。ま、それでも、わたしは今のところイザム君のいいとこしか見てないし、それでいいや。

 それにしても、婚約者にそんなに怖がられてちゃダメじゃん。たいして攻略できないんじゃない?」

 

 ヴェッラは笑ってからちょっとだけ声を低くした。


「あのままもうちょっとからかっても平気だったと思う?」

「イザムなら悪意や策略がなければ平気だよ。けっこう我慢強い方だと思うし。いざとなったらヴェッラがビキニを着たらイチコロ――あ、でも」

「わかってる、誘わない。それにわたし、変人は好きじゃないの」


 ヴェッラの笑顔につられて、わたしも笑顔になった。

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