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89. スクール水着より

「あのさ、ずっと馬車に乗りっぱなしじゃなくて、動きたいから、午後はちょっと走ってもいい?」


 路肩の草原に馬車を乗り入れて馬には餌のバケツを釣り下げ、少し離れた場所に敷物を敷いてピクニックの構え。宿屋で作ってもらったお昼ご飯のサンドイッチ的な物をバスケットから取り出しながら、ヴェッラが言った。


「スタジオで踊りの練習をさせろとは言わないから。ずっと座ってたら筋肉や関節が硬くなりそうだし、体をほぐしたい」

「あ、いいねそれ」


 すかさず同意すると、イザムとタイガくんが驚いた顔でわたしたちを見た。


 この二人、間違いなくインドア派だ。


「あ、でもわたしちゃんと走れる靴、持ってない。服も運動向けじゃないんだった」


 基本的生活がここにないから、イザムチョイスの服ばっかりだ。一番運動向けなのが最初の基本設定のやつで、雪遊び用のやつは冬用だし。


「服なら貸そうか? 運動グッズなら結構あるよ」


 ヴェッラが提案してくれた。


「ホント? ジャージある?」

「ジャージはない。身体の線がわからないから使わないの。レオタードならあるよ?」


 絶対着ない、ってわかってる顔でそう言って笑う。でも、上にTシャツを重ねれば問題はない。


「却下だ」


 わたしが返事をする前にイザムが断って、ヴェッラが首をかしげた。


「イザム君が却下するの? 喜ぶかと思ったのに」

「俺、他人に見せる趣味はないの」

「あ~、そっか。イザム君は見せびらかすより独占したいタイプだったんだっけ。うわ~アイリーン、粘着系は苦労するよ? やめといたら?」


 話が脱線してる。まあ、無害っぽいからいいか。

 そのまま話を進めよう。


「はいはい。それも今更。王女様にも言われた。で、何があるの?」

「今のわたしと同じような感じでいい? 上はTシャツにしたらヒップホップみたいになるよ」


 ヴェッラがカバンを引っ張り出して服を勧める横から、イザムが聞いてきた。


「王女サマって、ローゼリーア? いつの話?」

「あれ? イザム聞いてなかったっけ?」


 いたような気がしたんだけど。


「聞いてないよ? いつ? 仲良くなれたかと思ったのに。そんなに警戒させた覚えはなかったんだけどな」


 いびつな輪になって、それぞれ敷物の上に座る。


「え~と、シンデレラになった日だったかな。確か心配してくれて」

「僕に押しキャラを聞いてた時ですよ。ドラゴンが美味しいって話の後で」


 タイガくんが教えてくれた。


「あ、そうそう。タイガくんは聞こえてたんだ?」

「僕は耳がいいので。それにあの時はまだいろいろ警戒してて、聞き耳も立ててたし」


 ちょっとだけすまなさそうに肩をすくめて言う。


「そんな話してたの? お前ら兄妹ってなんだかんだで俺に失礼だよな」

「申し訳……」


 イザムの言葉に、アルフさんが急いで謝ろうとした。


「別にいいよ、そのくらい。本気に取るなよ」

「それもあってアルフさんをゲーロにしたのかなってちょっと思ったんですけど」


 タイガくんが言うと、イザムがちょっと考えてから肩をすくめた。


「まさか。ああ、でも、そういうことで、まあいいか」

「何が『まあいいか』?」


 ちょっと不穏な言葉だったので聞いてみた。


「わざわざ仕返しするほうが面倒だから、仕返しも済んでるってことでいいかな、って」


 まったく仕返しなんて考えていない顔だけど、その前の台詞と合ってない。アルフさんが複雑な顔をした。


「冗談だよ。大事な婚約者とその妹にはこれ以上嫌われたくないし」


 イザムが笑うと今度はヴェッラが聞きとがめた。


「妹? なんで? アルフさんの妹でしょ?」

「シンデレラの設定がアイリーンの妹なんだよ」

「ああ、大魔導士の孫娘ってやつでしたね」

 タイガくんも確認する。


「え~と、じゃあ、これとこれとこれで」


 わたしはそれらの会話は全部聞き流して、ヴェッラが出してくれた練習着の中からヴェッラと同じようなバッククロスのレオタードと上に履く黒のレギンスと濃い藍色の大きめのTシャツを選んだ。

 これなら中がレオタードだろうが下着だろうがわからない。


「アイリーン、人の話聞いてないだろ?」

「うん。何か大事なところ聞き逃した?」

「聞き逃してるんじゃなくて、聞き流してるんだと思います」


 タイガくんの言葉、その通り。実害はないみたいだからいいことにしているだけだ。

 「大事な婚約者」ってところをスルーされたのが気に入らないのか、ちょっと不満顔のイザムにランニング用の靴を出してもらえるか聞く。


「イザム、靴って頼める?」

「触ってもいい?」


 不機嫌顔がにこやかになったけど、「やだ」って、即答した。


「くそ」


 一気にふてくされ顔だ。本当に落ちつかない。


「できない?」


 たぶんランニングシューズはサンダルやハイヒールよりずっと難しいはず。


「……できるけど、かわいくないから気が進まない。まともにできるのが学校の体育用の屋外シューズくらいしか思い浮かばないんだよ。あれなら見慣れてるし、サイズだけ直せばいいから。でもかわいくないから嫌だ。

 あとは一番最初のブーツくらいしか……だけど、あれは踵あるからジョギング向きじゃないし」


 かわいくない、って二回も言った。


「屋外シューズで全然オッケーだよ。っていうか、体育のシューズができるなら、全身学校の体育セットでいいよ。それなら服をヴェッラに借りなくてもいいし……下は長い方のジャージで」


 いい考えだと思ったのに、イザムがものすごく嫌そうなしかめっつらになった。


「嫌だ」


 声もかなり渋ってる。


「何で? 難しいの?」

「異世界まで来て全身学校の体育セットなんて、絶対断る」


 あ~、そういう理由。


「実際に見たことがあるんだし、全部合わせちゃった方が魔法的に楽かと思ったのに」

「楽かどうかよりも、かわいいかどうかが優先だろ?」


 まるでこっちの頭がおかしいのではないか、と疑っているような言い方だ。


「ごめん、たかだか数キロのジョギングにまでその優先順位を適応するイザムの感覚はわからない」


 はっきりとため息を吐きながら首を振ると、イザムが突然タイガくんに話を振った。


「タイガはわかるだろ!?」

「はい! そこはわかります。どうせ見るならスクール水着よりビキニが見たいです」


 いきなり話を振られたせいか、タイガくんが『わかるけどそんな例えはしない方がいい』返事をして、慌てて口を押えた。


 一瞬場が固まって(アルフさんだけはきょとんとしていた)、ヴェッラが盛大に吹き出して、イザムは「当然だけど見せねーし」と呟き、わたしはそれまできっと真面目なんだろうと思っていたタイガくんの『スクール水着よりビキニ』発言に、ヴェッラの三秒遅れで爆笑した。

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