88. 行程二日目
わたしたちが出発するにあたって、各国にはドッレビートの王室から、『仲間を探し、災厄を祓うために訪問者たちのパーティが旅に出た』『その国のありのままを見たいと希望しているため、好感度を上げるためにはできるだけ接触は避けた方が良い』ということを連絡してある。
滞在を楽にするために、到着したらまずアルフさんが王子様として王城に向かい、代表として挨拶をし、同行している訪問者たちについて説明する。
現時点では誰も王族との婚姻を望んでいないことを話し、わたしが会った誰かさんを含めた、他の訪問者たちについての情報がないかどうかを確認する。
――朝のうちに宿屋の周囲で尋ねてみたけれど、性別不明のハンサムさんは結局誰かわからなかった。
ヴェッラはがっかりしていたけれど、それはつまりわたしたちのような訪問者の可能性が高いってことだ。
最初から全てをシャットアウトするのではなく、王族側が望めば(おそらく望むでしょう、とアルフさんが言った)その時点でタイガくんとヴェッラは顔見せ程度の挨拶をする。
国内を見て回るのに王族の力添えが必要であれば、その協力を得てから、一般人仕様のアルフさんと一緒に実際に城下町を見学し、その国でどの程度の生活ができるのか、永住したいと思うような環境かどうかを確認する。
イザムとわたしには永住予定はないので、わたしたちはよほどのことがない限り王城へは行かない。
「迂闊に接触してゲーロにされても困りますし、そのあたりも含めて接触しないように説明しておきます。強く引き止められるようなら、大魔導士様がお孫さんのアイリーン様を手元に置いておきたがっている、と説明しておきます」
そのあたりはありがたくアルフさんにお任せすることにした。
そしてアルフさんと一緒にタイガくんやヴェッラが住み心地を調べる間、わたしたちも独自に、他の訪問者が来ていないかどうか聞き込みをしたり、珍しい生き物がいないか調べたり(こっちはイザム)、特産品や掘り出し物を調べたり(こっちはわたし)といった情報集めをするのだ。
訪問者がいた場合はお互いの知っている情報のすり合わせを行うし、それが妙齢の女性訪問者だった場合は、ヘンリック様のお相手として(これはアルフさんが)ドッレビートに誘う。
出入りしやすいように、宿泊先は基本的に城下街の平民側寄りの宿屋にすることになった。タイガくんとヴェッラは音楽と踊りで地元の人と触れ合えることがとても楽しみらしい。
そんなふうにあれこれ話し、決めながら移動する二日目、わたしたちはまた交代で御者台に登り、馬車の手綱を持たせてもらって、アルフさんに馬車の御し方を教えてもらった。
御者台にいない人は、荷台でイザムと魔法談義&生活の知恵講座だ。
手綱を持たせてもらって前方に集中しているけど、荷台から聞こえてくる、できると便利な魔法やそのやり方について話しているのを聞くだけでもずいぶん面白くて、つい御者台で耳が後ろに向かってしまうことが難点。
例えば今も、ヴェッラが「卵温め方式」の温水方法について話すと、タイガくんが自分は「少量の水なら手を入れて体温を水にうつす」感じでやると話し、「やり過ぎると自分が寒くなる」と言って笑った後で、「水の容器に小石を入れて日向に置いて、日に焼けた海岸の石をイメージしながら石を熱することで温めれば、沸騰させることもできる」と話している。
ヴェッラが冷めた飲み物や食べ物を短時間で温める「電子レンジ魔法」なるものが使えると話したときは、イザムが範囲指定はどうやっているのかと驚いた声で質問していた。
個性があってすごくおもしろい。
聞けば聞くほど、ヴェッラやタイガくんのやり方の方がわたしには合っているような気がした。
でも、魔力とかかる時間を考えると、イザムのやり方の方が格段に魔法との相性も効率もいいみたいだ。ジョブのせいもあると思うけれど、電気や風を扱う魔法はヴェッラもタイガくんも使えないみたいだし、もちろんわたしも使えない。
大気を不安定に保つとか、気流の発生する仕組みを利用するとか、そんな話になったらヴェッラがいち早く離脱して、「わたしには無理~」って声を上げた。
「アイリーン、次わたしが馬車。交代、交代~。変わるから一旦馬車停めて」
背中から声をかけて、ついでにお団子になっている部分の髪の毛を引っぱった。
「イザム君ってやっぱり変人だった~」
わたしの隣でそれを聞いたアルフさんがぎくりと身を固くしたのがわかる。
そんなに警戒しなくても、イザムは基本的には穏やかな性格をしているのに。
「何を今さら。最初の日にそう分かったんじゃなかったっけ? 昨日も言ってたし」
「そうだけど、でもそっちだけに変なのかと思ってた。魔法に化学を利用してるって変! しかも効率的に利用してるのに『整合性はない』とか言ってるし。それだけ使えてるんなら整合性はあるってことじゃないの? わけわかんない」
不満顔だ。
その意見には大賛成。
うんうん、と頷く。
「でもねヴェッラ、それってまだまだ序の口だよ……」
イザムが一番怖いのは、化学じゃない。生物だ。
「アイリーン? そこで二人で俺の悪口言ってない?」
ちょっと低くなったイザムの声に、「「言ってませ~ん!」」って、ヴェッラと口を揃えたはずが、なぜか隣に座っていたアルフさんまでが一緒に否定した。
でも、その後に「事実です」って追加したのはわたしだけだったけど。
ヴェッラが笑い出して、イザムがやれやれ、と言った様子で首を振る。
「今朝のことといい、アイリーンとヴェッラはずいぶん仲良くなったみたいだね。アルフ、俺と変わって。ヴェッラはタイガとアルフと後ろで魔法についてを続けたらいいよ。アルフも魔力はあるんだし話したいだろ? 魔法について」
わたしが手綱を引くと、馬たちはおとなしく停まってくれた。
やった。上達してる。
アルフさんが後ろに移ろうとして御者台を降りると、今日もに馬車の後ろに繋がれたままの愛馬がブルル、と鼻を鳴らした。すぐには荷馬車に乗り込まずに愛馬におやつらしきものを持って行く。たぶん、こっちの世界の人参みたいなものだと思う。
その間に右隣にイザムが乗り込んで、わたしの手から手綱を取った。
「ずいぶん慣れたみたいだね、馬車にも、ヴェッラにも――」
「うん。馬車の旅って楽しいね。こんなにほのぼのとした行程になるとは思ってなかったからびっくりだよ」
イザムが後ろを向いて、アルフさんが荷台に乗りこんだのを確認すると、軽く手綱を振って馬を進める。
「――ヴェッラも、お城で初めて見た時はこんなに話しやすい人だったなんてわからなかったし。それにイザムのことは誘わないって言ってくれたから」
常歩――ゆっくりした進み方だと教わった――で歩く馬の揺れる尻尾からとがった耳、その先に続く道を見ながら言うと、手綱を右手に任せたイザムが左手でわたしの手を取った。
どうしたのかと思って見上げると少し心配そうに眉を寄せた顔。
「アイリーンが嬉しそうなのは僕も嬉しいんだけど、仲良くなりすぎると、後が辛くなるよ」
小声でそう言われた。
確かにそうだろう。いずれは別れることが決まっている人なんだから。
でも。でもね。
「もう遅いよ。シルバーもクロちゃんも、ベタベタに仲良くなっちゃったし、アルフさんも、ヴェッラも、みんな大事な人になっちゃったから」
それを聞いて、イザムが整った顔を歪めた。
「――ごめん」
謝られてしまった。
「責めてないよ? むしろここに来られよかったって思ってるよ。こんなふうに過ごせるなんて思ってなかったし」
「でも、連れてきたのは――」
取られていた右手で、イザムの左手をぎゅっと握り返した。
「いつかみんなと別れなきゃいけなくなるのは、わかってる。でも、イザムとは一緒に帰れるでしょ?」
「ん」
つないだ手を離して、手綱を握りなおした横顔はまっすぐに正面を向いている。何を考えているのかわからないけど、少なくともさっきみたいな心配そうな顔はしていない。
「ちょっと、御者席! ラブラブしないでよ。後ろの三人に遠慮してよね」
ヴェッラの声が飛んできた。
「させておいた方が安全ですから放っておきましょう」
すぐにアルフさんがヴェッラを止める声とタイガくんがそれに賛成する声がして、「アルフはよくわかってる」小声でそう言ったイザムが、わたしに片目をつむってみせた。
ラブラブ……してないと思うんだけど、いや、してないとダメなのか? そういえばある程度の接触、ってどのくらい、なんだろう。
自分の立ち位置が不安定で、いまいち頼りない。




