87. 例外的な
「このかっこ、イザムのチョイスなの。わたしの服って、こっちで買ったやつ以外はほとんどイザムが設定してて、この制服っぽいのも――ついこの前それまでの服が集団行動に向かないってことで、設定変更してこうなったんだけど、詳しい出所はイザムのお気に入りのゲームキャラの衣装らしいってことしかわからなくて。
タイガくんが何か知っていそうだったんだけど、イザムが口止めしたみたいで教えてくれないんだよね……スカートも短くないし、変じゃないとは思うんだけど、どっかおかしいかな?」
「そういう意味ではおかしくない……と思うけど、なんか気になるんだよね。最初に見た時、ちょっと『げ』って、思って……キャラの性格設定だったのかなぁ? でもアイリーンの衣装設定なのにイザム君がやってるの? なんで?」
今度は片足を壁に当てて真上に伸ばしながら不思議そうに聞いてくる。
「もともとわたしはイザムに誘われてここに来た、『おまけ』だからかなぁ? 一応だけど、最初の一回は好みの格好を聞いてくれたんだよ……まあ、それもずいぶんいい加減だったけど。ヴェッラはどうやってその、初期設定決めたの? あの踊り子の衣装がそうなんでしょ?」
「おまけ? 誘う? ……って、そんなことできるの? わたしは最初にここに来る前に誰かに聞かれて、思い浮かんだのがちょうどその時やってたRPGの踊り子だったの。そのまんま答えて、気がついたらその恰好でここに来てた。練習着と衣装一式がセットで使えるようになってて……アイリーンは聞かれなかったの?」
今度はわたしが首を傾げる番だ。
「誰にも何にも聞かれなかった。あっちにいた時イザムにフィギュアを見せられて、どれがいいかって言うから、適当に一番近くにあったやつを選んだら、その通りのカッコでここにいたの。
この服もイザムが設定できる中で、人前に出ても困らないやつをイザムが勝手に選んだから、気がついたらこうなってた。今はここに来るたびにこの格好になるんだよね。
ちなみにイザムはお城で初めて会ったときに、ヴェッラが着てたあの踊り子の衣装もすっごく気に入ってたみたいだったよ。そっちもずいぶんお気に入りのキャラクターだったみたい」
「アイリーンの設定なのにイザム君がやるの……? それに最初の格好って変えられるの? わたしもタイガもあれは変えられたことないよ。どうやってるの?」
なんだか、いろいろ違うらしい。
「よくわからない。たぶんそれもわたしが本格的な参加者じゃなくて、『おまけ』だからかも。イザムは毎回同じ格好――って言っても、あれが初期設定だったのかどうか、聞いたことはないけど……。イザムはもう三年はここに来てるって言ってるけど、わたしは去年の秋に初めて連れてこられてね。自分一人でここに来たことないし、詳しくないんだけど、イザムのオプション扱いみたいな感じなんじゃないかなって思ってる。
例えばここに来るときも、イザムはあっちこっちに行けるみたいなんけど、わたしは基本的にイザム自身が慣れてる場所にしか来られないみたい。転移で領地に戻るって話はそのせい――わたしはそれで困らないからあんまり詳しくは聞いてないけど、みんなは違うんでしょ?
イザムは必要なことは聞けば教えてくれるけど……なんていうか深入りはして欲しくないみたいで。自分で連れてきた以上、わたしまでこっちの世界の方がいいって思っちゃったら困るからかもしれない」
イザム一人なら、この旅の途中の移動も、わざわざ毎回領地に戻る必要はないから、もっと楽に移動できる。
それでも一人で来るのではなくわたしを連れ歩いているのは、わたしを楽しませてくれてるっていうのもあると思うけど、それだけ現実よりこっちの居心地がいいってことだと思う。シンデレラ以降はなんだかずいぶん楽しそうにしているし、また異世界に居つきたくなってきているのかもしれない。
定住を誘われた時は阻止していいって言われたけど、やっぱり心配だ。
「そんなことができるの……なんか、いろいろイザム君ってすごいね。実は相当の実力者? ラスボスみたいなポジション?」
そう言って笑うと、他には誰もいない部屋の中だと言うのに声をひそめた。
「ね、最初の衣装設定は人前に出られないようなやつだったってこと? まさか無理やりエッチな格好をさせられてたわけじゃないよね?」
ひゃー。
慌てて訂正する。
「そんなんじゃないよ! ヴェッラが見たら『ああ、そんな感じか』って言うと思う。あの、ちょっとスカートが短くてビスチェの胸もとが低すぎだったってだけで。それだって文句言ったらすぐに上着とアンダースコート使わせてくれたし……まあ、しぶしぶっていうか、ちょっと脅したけど」
開きすぎた胸もとを隠すために巻いたフェストの毛皮になりたい、ってちょっと情けない顔で言われた頃のことを懐かしく思い出す。
「イザムだけならともかく今回の旅はアルフさんとタイガくんも一緒だし、初期設定で会っちゃうと……特にアルフさんは大変かなっていうのがあって。あの人意外と女の子慣れしてなくて、Tシャツとハーフパンツの組み合わせじゃダメだって言うくらいだから」
あの時の王子様の困り顔を思い出す。
「Tシャツとハーフパンツの何がダメなの? それならわたしのこの格好、ダメ?」
ヴェッラが両腕を広げて自分を見下ろす。きれいな砂時計体型にダメなところなんてかけらも見受けられない。
「大丈夫じゃないかな? 一番嫌だったのは自分の腕と脚が出てることだったみたいだよ」
「自分の!? 他の人のはいいの……?」
「わたしにもやめて欲しいみたいだったけど。でも、ショール付きとはいえ、ノースリーブのワンピースは大丈夫だったから、問題は脚が出てるかどうか、かな」
その辺は本人に聞いたほうが早いと思うけど。
「そう言えばこっちの人って腕まくりはしても脚は出してないよね。それって奥ゆかしさ……とかかな」
「う~ん。そんな感じかなあ。ずいぶん恥ずかしそうで、もじもじしててかわいかった」
素直な感想を言えば、ヴェッラがふっと笑った。
「そういう意味では、わたしたちの方がずっと男の子慣れしてるって言えるよね。学校なら体操着なんて見慣れてるし。プールとか連れて行ったらどうなると思う?」
そう言って笑う。
「アルフさんなら、更衣室から出てこなくなるかもね」
二人で笑っていたら、扉にノックの音が響いた。
「お~い? 食事に行こう? こっちはもうみんな揃ってるぞ」
イザムの声だ。
しまった、つい話し込んでた。
「は~い。すぐ行くよ」
ドアを開けて顔を見せると、笑顔だ。
「なんか楽しそうに盛り上がってる声が聞こえたよ。先に下に行ってるから」
「は~い。追いかけまっす」
イザムの背中に声をかけて室内に戻る。急いで髪の毛を元の通りのハーフアップにまとめた。
「あ」
ヴェッラが声を上げた。
「? どうしたの?」
ほんのつかの間驚いたような顔をした後で、片方の眉を上げて訝しむ顔になる。
「なんか今、ちょっと変な感じがした……でもはっきりしないから、今度帰ったら確認するよ。そのかっこについて、何かわかったら教えるね」
「ありがと。タイガくんも髪型がどうのって言ってたんだよ」
たっぷりした栗色の髪の毛を高い位置でまとめたヴェッラと一緒に下に向かえば、男性陣が昨日と同じ席に着いていて、テーブルにはパンとスープらしき朝食が乗っていた。待っていてくれたらしい。
「おはようございます。お待たせしてすみません」
ヴェッラと一緒に席に着くと、イザムが目の前に置かれた空のカップを指さした。
「何飲む? ジュースと紅茶とコーヒーから選んでくれれば。あ、ミルクは俺には無理だからこの世界のやつね。アルフにもコーヒー出してやったとこ。タイガはオレンジジュース。だから遠慮なく言って」
それを聞いたヴェッラが目を丸くした。
「イザム君ってほんと万能だね。異世界暮らしに必需品って感じ。アイリーンと帰るんじゃなくてわたしとこっちに残る気になったらいつでも言って。ミルク入れるから、コーヒーを濃い目でお願いします♡」
片目をつむってそう言えば、アルフさんが目を見張り、タイガくんが慌ててヴェッラの手をつかんだ。
イザムはといえば、片方の眉を上げてから、苦笑しているわたしをちら、と見て、「アイリーンは? 何にする?」と聞いただけだ。
「紅茶。わたしもミルク入れるから濃い目がいいな」
「了解」
ふわりと手が動けば、そこには湯気の立つカップが二つ。
「ありがとう」
「どういたしまして。はい、二人ともミルクはこっち」
ごく一般的な会話の流れに、アルフさんとタイガくんが安堵の表情で食事に向き直り、ヴェッラがカップにミルクを入れながら、「無視されたか……次は何か反応して?」と、唇を尖らせた。
「アイリーンを困らせない範囲でなら、誘ってくれてかまわないよ?」
イザムが面白そうな顔になった。
「今度は余裕の発言? 朝から見せつけないでくれる?」
ヴェッラのふくれっ面がしかめ面に変わる。
「俺の婚約者だから。ヴェッラもがんばってタイガを口説けば?」
「わたしは口説かれたいタイプの女子だからダメ。イザム君はそのあたりをひっくり返しても、お買い得かなって思っただけ。でも、わたしを大事にしてくれない男に用はないの。彼女付きにも興味な~い」
コーヒーのカップを口に運びながら、ヴェッラがあたりを見回す。
「口説きたくなるくらい素敵な人がいたら、教えて。まず口説いてもらえるようにがんばるから」
ってなんか面白いことを言っている。
イザムが上目遣いになって、甘え声を出した。
「アイリーン、俺お買い得だって。買って? 今ならキス一回でいいよ」
「安っ!」
ヴェッラが突っ込んだ。
それ、わたしには結構高いんだけどね。




