81. 質問2
「ヴェッラの……質問?」
「階段で」
「あれ、聞いてたの?」
さっきは何も聞こえてないみたいな顔をしてたのに。
見上げれば、真剣な顔。
「聞いてた。で、なんで返事をしなかったの?」
ええっと、そんなことを急に聞かれても。
「返事はしようと思ったんだけど、ちょっと困って……?」
グルグルしていた頭の中身をうまく説明できそうになくて、困る。
「なんで困るの? アルフもタイガも即答してただろ。あいつらは、はっきりわかってるのに、なんでアイリーンは困ったの?」
なんとなく迫って来られてる感じがして、ちょっと腰が引けてきた。
「そうやってすぐ離れようとするし……ほら」
小さく息を吐いてイザムが手を離した。
引き寄せるのではなく、離してくれたことにほっとする反面、なんだか驚きもした。
この頃イザムとの距離がつかみにくくなっている、そう思う。
すごく優しい顔をしているときもあるし、かといえば不機嫌だったり、時々何か言いたそうにしてる時もあって、大抵は幼児みたいにくっついていたがる。それでいて急にセクハラまがいのこともするしで、本当に難しい。
イザムが両の掌を上に向けて、軽く肩をすくめて言う。
「また警戒してるんだろ? なんでそうなるかな」
「……ごめん」
「いや、謝んなくてもいいけどさ」
諦めたように両手を頭の後ろで組んで、さっきよりも深く、柵に身体をあずける。
いや、ほんと、婚約者設定なのに逃げ腰とか、申し訳ないけど。
隣まで行って、わたしも柵に寄りかかった。
納屋の方から馬が鼻を鳴らす音が聞こえる。他には、宿屋からタイガくんのサックスの音と時たま上がる歓声が響いてくるだけで、現実なら必ずと言っていいほど聞こえてくる、どこかの家のテレビや会話の音や、車の音がしない。
本当に静かだな。
「で?」
「で? って?」
なんだっけ?
「だから、ヴェッラの質問だよ。なんで黙ってたの?」
ああ、そういえばそんな話だった。
「あれは……まず……イザムがアルフさんの質問に即答しなかったから」
「アルフの? いつの何?」
柵から身を起こしてわたしを見たイザムが、乏しい明かりの中でも、きょとんとした顔をしているのがわかる。
「『これから先、この世界に移り住む可能性があるか』ってやつ……わたしはイザムにこの世界の人になって欲しくないし、止められるなら、そこは止めたいなとは思ってるんだけど――いつだって選ぶ権利はイザムにあるでしょ?」
「俺の希望は、伝えたよ?」
訝しむ顔。片方の眉が下がった。
「でも迷ってたでしょ? 『自分がブレても帰れるように』って言ってたし。イザムが帰りたいって思ってて、そのためにわたしが必要ならそれでいいんだけど、帰りたくないって思われたら――そうしたら止められないんだ、わたしは邪魔になるんだなって、ヴェッラの言葉で気づかされて」
視線を柵の先に広がる暗闇に向けてから、先を続けた。
「それにイザム、ヴェッラみたいなタイプ、好きでしょ? お城で初めて見た時も動揺してたし、フィギュアだって――わたしが見たことないってことは、普段は出さずにしまっておくほど好きなキャラなんでしょ。
残りたいなら相手として理想的なのかなって――残って欲しいわけじゃないよ? 一緒に現実にいて欲しいって思う。だけどわたしはあんなふうに将来とか、考えたことはないし。そういう意味でも、この先どうしたいかを決める権利があるのはわたしじゃないから。
現実でのわたしと、ここでのわたしは違う――もともとのわたしがどんなかって、それはわかってるでしょ? がんばって引き止めても、その先に何があるのかって考えたら――とにかく、あんな質問されても、返事なんてできない。
つまり、わたしに即答できるのはわたしがどう感じてるかってことくらいで、イザムのこの先のことなんて何にも――何?」
横を見上げると、さっきまでのシリアスな雰囲気が消えていた。宿屋から届く明かりだけだから、はっきりとはわからないけど、なんだか、喜んでいるような。
「今、俺にこの世界の住人になって欲しくないって言ったよね?」
「言ったよ?」
「ってことは、俺に現実にいて欲しいってことでいいんだよね?」
「いいよ?」
「一緒にいたいって思う?」
「そりゃ……」
横から顔を覗かれた。近づいたせいで表情がわかる。やっぱり楽しそうな顔に見えた。
とりあえず怒ってるわけじゃないないみたいで、ほっとした。
「アイリーンはさ、ヴェッラみたいになりたいの?」
顔をのぞき込まれたまま、思いがけない質問をされた。
「それはないよ! 今だって盛り過ぎだと思うし、これ以上変えられたらもう自分じゃないって気がするし。でも、イザムはナイスバディのお姉さんが好きでしょ? ヴェッラは理想的……でしょ」
この世界にきてから次々といろんな服を着せられているし、あれらを着こなすためには盛っとかないとかっこ悪いのもわかるし、もうだいぶ慣れたからアイリーンの体型についてはとりあえずはいい。
だけど、ヴェッラみたいにフィギュアでもおかしくないような体型にされちゃうのは、勘弁してほしい。勘弁してほしいけど、だけど――。
「俺の好みが気になる?」
ええ、と。
「多少、は? だってわたしの格好ってイザムの好みに左右されまくりだし」
「ふうん?」
何が「ふうん?」だ。この連続の質問の行きつく先は何なのか、ちょっと不安になってきた。そーっと距離を取ったら、
「ん」
って、イザムが身体ごとこっちを向いて両腕を開いた。
今、それなの?
それは、そこに来て欲しいって意思表示だとわかってるけど、今まさにイザムからもうちょっと離れようかなって思って、そこはかとな~く実行したとこなんだけど。
「ん?」
そんな無邪気な感じで「ん?」とか、言わないでほしいよ。
「……オジャマシマス」
そ~っと腕の中に入れば、ゆるくハグした後で。
「また警戒してんの? しかも喋り方が変だし」
笑われた。
むむ、と思いながら見上げる。
「まあ、もう捕まえたから、しばらくはこうしててもらおうと思ってるけど」
背中に回っていた手が少し――動いた。多分両手の指を組んだんだと思う。『捕まえた』の言葉が気になって、なんだか落ち着かない。
「じゃ、もう一つ質問ね。――それは、恋愛感情じゃないの?」
え?
すぐには反応できなかった。
腕の中に捕らわれたまま、ゆっくりイザムの顔を見上げる。
恋愛感情? わたしがってこと?
「俺がヴェッラみたいなタイプが好きで、自分もそうだったらいいなって思うのは、俺に対する気持ちが恋愛感情なんじゃないのかって――」
「ないよ。家族愛なら、あると思うけど」
感じたままにそう答えたら、ちょっと難しい顔をされた。
「家族愛、なの?」
「うん――いなくなっちゃったら嫌だなって、すごく思う。そういうの、考えたらすごく寂しいし、さっきもヴェッラに聞かれたとき、イザムにヴェッラとここに残るって言われたら嫌だなって――思った」
その答えに、イザムが何かを期待するような顔になって――。
「でも、現実でつきあってるかって聞かれたときに、つきあってないよって思ったのと一緒に、そういえば今まで彼氏が欲しいとか考えたことなかったなって、思い当たって」
しゅん、と元に戻った。
「ねえ、その反応、何? イザムは彼女が欲しいんでしょ? だったらこんなとこでわたしを相手に恋愛シミュレーションを展開するよりも、その顔を晒して、現実で探した方がいいんじゃないの?」
その情けないものを見るような目はなんだ。
そしてため息なんかつかれても困るんだけど。
「……あのさ、彼氏が欲しいって思ったことない、ってそれ初めて聞いたけど、今まで一回もないの?」
「本物はないよ。それこそ漫画とか読んでこういうのあったらいいな、って思う程度。彼氏彼女とか、正直面倒くさい」
「面倒……って、お前も、十六だよな? 全然ないの?」
「知っての通り生まれた時から同い年だけど、その言い方、かなり失礼じゃない?」
むっと睨んでも、こっちの不機嫌に気づいた様子はない。
むしろ信じがたいというような目でまじまじと見てくる。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど――、お前の目に、俺ってどんなふうに映ってるの?」




