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80. 質問

 イザムがわたしをここに連れて来たことの目的は、まず災厄に対抗しているふりをすることだ。それから派生したこの婚約者設定――それが「この世界に留まらなくて済むようにするため」なのは確かで、その点でイザムがこの世界に永住することを望んでいないのは確かだ。

 この間のアルフレッド様の質問にも「残らない」って言ってたし――ただし即答ではなかったから、惹かれる気持ちがあるんだとは思ってるけど。


 わたしのことをそれなりに好きだと思ってくれてるってことはわかってるし、わたしも一緒にいるのは嫌じゃない。

 でも、婚約はあくまでもここでの設定だし、現実世界で恋愛感情を持って接してるわけじゃない。

 将来のことをおじさんとおばさんが期待してることや、勇もそれで別に文句ないって話をされたことはあったけど、そんなのは実際の生活とは関係のないことだ。


 あっちにいるときのわたしたちはいつだって仲のいい友人程度のつきあいで、キスもハグも……そんな雰囲気になったことだってないし。

 イザムにこの世界の住人になって欲しいわけじゃないし、止められるものなら止めるけど、現実での将来についてなんて――。


「わたし――わたしたち……」

「アイリーン様? そこは不可能です、ってお断りするところですよ」


 後ろから声が降ってきて振りかえれば、階段の途中に眉を寄せたアルフレッド様が立っていた。部屋で着替えてきたらしく、王子様っぽくない普通の格好になっている。


「そうだよ、ヴェッラはまだわかってないみたいだけど、他の誰かが入れる余裕なんてないし」


 その後ろからタイガくんが降りてきて――さらに後ろから追いついてきたイザムが顔を出した。


「何でここでつかえてんの? 下混んでる?」


 特にどうということもない質問は、わたしたちの会話を聞いていなかったってこと……だよね。


 とにかく動いて、出入り口から遠い丸テーブルにみんなで座ることにしたけれど、アルフレッド様とイザムは座らなかった。


「タイガ、お前俺と来いよ。こういう時この世界では男が動くのが普通だ。アルフレッドは虫よけに残ってて」


 アルフレッド様が頷いて、わたしたちと席に残る。


「ね、さっきの話、わたしが誘うのもダメってこと?」


 ヴェッラさんが首を伸ばしてイザムとタイガくんの方を伺いながら、アルフレッド様に聞いた。


「危険です。妹も一度脅されています」


 ヴェッラさんが目を丸くした。


「え!? 妹さんってまだ五歳でしょう?」

「はい。煩わしい、と」


 アルフレッド様もカウンターで何やら注文している二人の方を見ながら言う。


「歳が離れ過ぎてるから、相手にならない、ってことじゃないの?」


 ヴェッラさんが首を傾げると、アルフレッド様は首を横に振った。


「いえ、そういう意味ではなく、邪魔をするな、という意味で」

「邪魔?」

「ええ――魔導士様は今現在アイリーン様を「攻略」中なのだそうで――私は「求愛」中という意味だと思っていますが、その妨げになるものは全て邪魔だ、と。詳しくは「ネタばらし」になるそうなので話せませんが、いろいろ手を尽くしている最中のようです」

「攻略中……」


 そう呟いたヴェッラさんの目が、ちょっと残念なものを見る感じになった。


「タイガもアレだけど、イザム君もなんていうか、現実と異次元がミックスしてない? それってまさかこっちにくる男子の条件とかなの? アイリーンちゃん、他にもう一人、こっちに来た人に会ってるんでしょ? どうだった?」


 そう聞かれたけど、わたしが会ったもう一人、っていうのはあのゲーロにされた剣士だけだ。


「会ったとたんにセクハラされたので殴って、そのあとはイザムがゲーロにしちゃったので、それ以上のことはわかりません……」


 そして、イザムは確かにアレだし、そんなアレにとっての攻略中っていう意味は、わたしがここに来るのが嫌にならないように評価点を上げておきたいってことだと思う。

 あの『好き』は『求愛中』ではないし、興味があるっていうならそうかもしれないけど、恋愛感情は……わざわざこんなところでわたし相手に展開させる必要があるとは思えない。


 ただし正直にそれを言ってしまうと……イザムのことを誘いたいっていうヴェッラさんに、断りの言葉は言えない。イザムもこっちに留まる予定はないっていうことを、わたしが言ってもいいのかどうか――もしかして、ものすごく好みの外見をしているヴェッラさんが誘ったら、こっちに残りたくなっちゃったり――。


 頭の中でグルグル考えていると、ヴェッラさんががっかりしたらしいため息を吐いた。


「それってろくでなしじゃん……それはそうと、名前、呼び捨てでいいよ。わたしも名前だけで呼ばせてもらうことにする。いろいろ教えて」

「私も、敬称はいりませんよ。魔導師様も呼び捨てですし」


 アルフレッド様もそう言ってくれたけど、それはどうだろう。


「王子様を名前呼びは、ダメじゃないんですか?」


 そう聞くと、王子様は首を横に振った。


「この国を出たら、道中はもっと普通の格好に換えますし、いつでも王子として振る舞うわけではないので、名前のみで呼ぶことに慣れてもらった方がいいんです。そもそも父からは魔導士様の手足となって働くように言われていますので、魔導士様の想い人であるアイリーン様は魔導士様と同様の地位にいると思っていただく方が正しいのです。ヴェッラさんもこの世界を救っていただける可能性のある方なので、敬称をつけるのに十分で――城でお話しした時に「様」を断られたので「さん」と呼ばせていただいていますが――楽師様にも断られたのでどうしようかと思っているところです」


 タイガくんが年上の、しかも王族に敬称付きで呼ばれることに違和感を感じるのはよくわかる。

 わたしだって、アルフレッド様を名前呼びとか、失礼すぎるって思う。


「一介の魔導士の方が上っておかしくないですか? 歳だってアルフレッド様の方が上だし」

「その魔導士様は一瞬で私をゲーロにできるのですから。それにおそらくアイリーン様と私が戦った場合も、おそらく勝てるとは限らない。あのゲーロにされた剣士は、アイリーン様の拳に反応もしていなかった」


 また首を振ってそう続けた後で、「戦力でも勝てないとなれば、王子の肩書も肩なしです」と、アルフレッド様は肩をすくめた。

 その言葉にヴェッラさん――いや、ヴェッラが驚く。


「そうなの? なに、アイリーンって、実はジョブが武闘家とか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。あの時は相手が油断してたところに不意打ちで……わたし、現実あっちで空手を習ってて。反射神経はちょっとならいいかもしれないけど、特に強いわけじゃないし、実際に戦ったらたぶん弱いです。基本は寸止めだし」


 たいして強くない、と否定していたところにイザムとタイガくんが戻ってきた。


「何? 楽しそうだね」


 二人でテーブルに木製のコップと食器を置いて、「後でパンとシチューを持ってきてくれるって」と、言ってから座る。


「今アイリーンと王子様が戦ったらどっちが強いかって話をしてたところ。あと、王子様の名前をどう呼ぶかって話も」


 そう聞いてイザムが笑った。その笑顔をアルフレッド様に向ける。


「まず当たらないと思うけど、傷つけたら殺す」


 え。


 にこやかに放たれた言葉に、ぎくり、と固まったのはわたしとアルフレッド様だけじゃなかった。


「な? 危険だから聞くのもやめた方がいい。踊っただけで王子様がゲーロにされたの、見てただろ?」


 タイガくんが小声で言って、ヴェッラが頷く。

 その後で、「どいつもこいつも、偏ってんのよ」と、呟く声が聞こえた。


 食事を摂りながらみんなで相談して、アルフレッド様の呼び方は「アルフさん」になった。「さん」付けもアルフレッド様に固辞されたイザム以外は。

 まあ、イザムに関してはすでに館で『アルフレッド』って呼び捨てにしていたし。

 ちなみに逆ももめて、最終的にアルフレッド様は(できるときは)イザムのことを「イザムさん」と、タイガくんのことはわたしと同じように「タイガくん」もしくは「タイガさん」と呼ぶことになった。


「アルフは頭が固いんだよ。呼び捨てにしたくらいでゲーロにするわけじゃないし、俺の呼び方なんて蔑称じゃなきゃなんでもいいのに」


 イザムが面倒くさそうに言うと、アルフさんは小さく頭を下げ、「そういうところが固いんだよ」って、また言われた。


 食後は、わたしたちの食事が済むのを待っていたらしい宿屋の主人に声をかけられ、頼まれてサックスを吹くタイガくんの音楽に合わせてヴェッラが踊った。


 居合わせたお客さんたちから手拍子や歓声があがる。

 きっとあの二人はこういう時間を日常にしたいんじゃないかな、って微笑ましく見ていたら、イザムに肘で小突かれた。


「何?」


 聞きながら隣を見やれば、こっちは微笑ましさも何もない――いや、むしろ冷静な表情。


「話がある」


 そう言ってイザムは顎で戸口を示した。


「ちょっと出てくるから、もし遅くなるようだったら先に部屋に戻ってて」


 アルフレッド様、じゃない、アルフさんにそう言って立ち上がる。


 何か、みんなに聞かせたくない話――問題でもあったのかと心配になった。

 黙ったまま歩いて、宿屋から少し離れたところで立ち止まったイザムが振りかえる。その顔つきはやっぱり深刻そうだ。伸ばされた手を握る。


「どうしたの? 何か問題でも――」

「いや、問題っていうか、俺の方が聞きたいことがあって。もうちょっと歩こっか」


 そのまま手を繋いで道を進む。


 わたしに聞きたいこと? 何だろう?

 宿屋の明かりがかろうじて届くあたりで足を止め、路肩の柵に背中を寄りかからせた状態でわたしと向き合った。


「――さっきのヴェッラの質問に、即答しなかった理由って、何?」

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