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8. 買い物

「ここは小さな村だから一つの店が武器、防具、アイテム、日用品、何でも取り揃えているんだ。ジョブによっては使えないものもあるし、使うのにコツがいるものや組み合わせられるものもあるから、気になるものがあったら相談して」


 そう前置きしてからドアを開けたイザムが、中に入らずにそのまま片手で扉を押さえて待っている。

 びっくりしてイザムをじっと見てしまった。

 これってお先にどうぞ、って意味だと思うけど、これまでの人生でこんなこと、されたことない。


 突然のことに固まっていると、もう一方の手を差し出された。

 今度はその手をまじまじと見ていたら、コホンと一つ咳払いをして、「ほら、手」と促された。

 慌てて差し出された手に右手を乗せる。


「ここでは、ある一定の女性はそういう対象なんだよ。慣れて」


 すっと引き寄せるやり方が手慣れているような。向こうではこんなことありえないから、この世界に来てから覚えたんだと思うけど、なんだか違う人みたいでちょっとびっくりだし照れくさい。


 あ、でも、イザムも耳が赤くなってるからやっぱり慣れているわけではないみたいだ。


 お店の中は思っていたほど暗くなかった。むしろ明るくて、奥行きのあるかわいらしい雑貨屋さんのような感じ。

 ショーケースにはきらきらしたアクセサリーが並んでいるし、リュックサックやバッグ、手袋やスカーフみたいな小物やちょっとした衣類もある。わたしは嬉しくなって歓声をあげた。


「わー! なんだ、意外にかわいいものがたくさ……ん?」


 でも、そこはやっぱりそういうお店だったらしい。


 手を引かれたまま奥に進むにつれて、ゴテゴテとした装飾品や、なんだか黒魔術の道具っぽい大鎌や鎖、鍋や何の実験に使うんだか知りたくもないような道具類が増えて行く。なんていうか、その、まるで虐待のための道具のような首輪や、もう本当にコスチュームとしかいいようのない実用性皆無で下着まがいの衣類まで……この前一緒に行ったホビーショップなんてかわいいもので、足が止まりそうどころかダッシュで店内から飛び出したくなってきた。


 そんなわたしをよそに、イザムは慣れているのか顔色も変えずにご機嫌でずんずん進んで行く。

 

 ちょっと待って欲しい。

 嬉々として奥に進まないで欲しいし、立ち止まったと思ったら見るからに怪しい商品を手に取るのもやめて欲しい。

 なによりさっきから握ったままのわたしの手を離して欲しい。 


「どれにする?」


 って、にこやか笑顔だけど、ここから何を選べっていうんだ。あきらかに怪しいものがいっぱいじゃないか。


「ここの商品はほとんどが初心者用だから値段設定もお手軽だよ。デザインは割と無難なものが多いけど、アイリーンなら何を着たってきっと似合うよ~」


 ほけほけと街の洋服屋さんでシャツでも選んでいるような調子で言ってるけど、あなたが手に持ってるの、それ何? 無難なの? どうやって使うものですか?


 下着まがいの衣類に囲まれて目のやり場に困り、イザムの手にある黒いフリフリのヘアゴムみたいなものに目をやる。


「うん? ガーターベルト、つける?」


 って、ワクワクした顔で言わないで。そんな物、つけ方もわからないし、わかってもつけませんから!


 却下したらイザムは「これ、けっこう攻撃力高いのに……」と、棚の上に戻しながら残念そうに呟いた。


「え? そうなの?」

「つける?」


 期待した目を向けないで。


「つけない! でも、そもそも攻撃力とか、どうやって判断してるの?」


 こんなちっぽけな布に攻撃力とか、本当にあるんだろうか。


「太もものガーターベルトの攻撃力が高いのなんて、当たり前じゃないか! 生でなんて一生お目にかかれないかもしれないんだぞ!」


 って力説された。けど。

 ……お互いが意味しているところの攻撃力が違うと思う。


「……大体の装備は手に取ってみればわかるようになってるんだよ。後は装備してステータスをみれば完璧。装備できる物ならサイズは装着した人に合わせて勝手に変わるから気にしなくていい」


 こほん、と咳を一つして話が変わった。

 サイズ合わせの必要がないなんて驚きのシステムだ。ほうほうと頷きながら聞いていると、いろいろ説明してくれる。


「そりゃあね、一点物のオーダーメイドとかもあるし、そういうやつはその人のサイズにしか変わらないことが多い。だけど、そういうのは破壊力もすごいけど、値段もすごいよ? それにそういう意味ではアイリーンが今着てるやつだって、この世界では大魔導士って呼ばれてる僕の一点物なんだから、かなりの物なんだよ」

「そうなの? 初耳だよ、それ」

「そうだっけ? ああ、そうだったかも。でもね、そういうわけだから、服を着替えるといっても基本装備は変えずに、ちょこっとずつ追加する形でやってくれないかな。脱いじゃうと攻撃力とか防御力が下がるから」


 そういうものなのか。


「じゃあこのスカートなんだけど、丈は変えられないとして、下にショートパンツとかスパッツを履けばいいってことだよね? あと、シャツなんだけど、シャツ自体は変えないほうがいいんだったらシャツの上から着られる上着が欲しい」


「えええええ、上も下もかなり頑張ったのに!」


 恨めしそうな顔をされたってそこは譲れない。


「このビスチェも、もうちょっと上まで、せめてこのほくろが隠れるくらいまで頑張って欲しかったよ……」


 フェストの毛皮で隠れたほくろを上からそっと押さえてため息を吐く。


「確かにそのほくろはマジで危険だけど、そいつが心底うらやましいよ……」


 フェストをちらりと見て、イザムもわたしと同じ調子でため息を吐いた。


「生皮を……」

「違います! ええと、アンダースコートと上着だったよね。今度来るまでにちゃんとしたのを用意するけど、まず、そのシャツの上からだと……」


 急にてきぱきと動きだした自称大魔導士を見ていると、この衣装は本当に大丈夫なんだろうかと心配になる。


 結局丈の短いデニム地っぽい上着と三分丈の黒のアンダースコートを合わせることで落ち着いた。胸の方はそれほど隠れていないけれど、襟のおかげで少なくとも横から谷間はほぼ見えないし、しゃがんでも蹴りを決めてスカートがめくれても絶対に下着は見えない。


 衣類のほかに狩猟用のナイフを二本とパチンコのような飛び道具を一つ、イザムは迷いなく品物を選んでいく。その様子を近くで眺めていると、イザムが振りかえった。


「欲しいものがあるかどうかアイリーンも見ていていいよ? 僕も魔術用の紙を見たいし」


 そう言われて、もう少し精神的に安全そうな、出入り口の近くの棚に並べてあるアクセサリーの位置に戻った。

 装飾品は何も身に着けていなかった。買うつもりはないけど、この格好なら何が似合うだろう。ネックレス、指輪、腕輪……。


 しかし、ここだけ見れば本当にかわいい雑貨屋さんって感じなのに、奥とのギャップが激しすぎだ。


 そんなことを思いながら品物を見ていると、紙を見終えたらしいイザムが戻ってきた。


「何か気に入った? アイリーンはどんな色が好き? 宝石なら、目の色に合わせたり、髪の色に合わせたり――これなんかどう? 特殊効果はないけど、後付けできるよ。すごくきれいなローズピンクだし、きっと似合う。ちょっとそっち向いて。つけてあげる」


 いつの間に選んだのか、そう言って見せてくれたのは雫型のピンクの石で、蔦をかたどった金でチェーンに固定されているネックレスだった。

 なんていうか、とても女の子らしいデザインだと思う。


 たしかにとってもきれいだけど、こんな女子っぽいもの、つけたことない。

 ためらっていると、肩に手をかけられてくるりと向きを変えさせられた。


「大丈夫、大丈夫。アクセサリーは噛みつかないよ。たま~に呪われていたりするけど、これは大丈夫」


 ちょっと怖い言葉が聞こえた気がするけれど、イザムは鼻歌でも歌うような調子でそう言いながら首の後ろで留め金を嵌めてくれた。


「ほら、見て」


 鏡の前に立たされて、びっくりした。

 ――そういえば、この世界に来てから鏡を見るの、初めてだ。



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