70. 旅に出ようか
「ろくに戦えないようなやつでも引き止めるのか? タイガは楽師だし、俺は魔導士だし、ヴェッラさんは踊り子だ。アイリーンだって――特に大したことはできないんだぞ?」
「戦いには必ずしも武力が必要だとは限りません。この世界の存続を願う戦いに貢献していただければいいのです。
相手の意思を尊重せずに引き止めても、協力が得られるとは限りませんので、強制するような手段はとらないというのが通説ですが、期限が迫って世界が滅びるとあれば、無理やり帰れないようにしようとする輩が出てこないとも限らない。
帰れないために自分の命も危ういとなれば、しかたなく災厄を祓うことに協力する方もいるでしょう、そう考えれば狙われる可能性もある。
その点でも、この世界の相手が既にいる、と言えることは大きな利点になります。私とローゼリーアなら、無理やり帰れないようにしようなどとは夢にも思いません」
その代わり、災厄が訪れた時はできる限りこの世界にいると約束して欲しい。と、アルフレッド様は言った。
「なんで王族を勧める? あの剣士は商家の娘と結婚したと言っていただろう?」
「この世界の住人であれば相手はだれでも構わないのです――たとえ相手がフェストでも、マーメでも、帰らずに留まってさえいただければ。ただ、人は権力を望むもの――地位と財力、容姿。
より良い条件の者の方が選ばれやすいでしょう? 訪問者の希望を満たす者を早々に娶せて確保しようとしているんです」
そうして吐いたやるせないため息は前にも見たことがある。
「アイリーン様には以前、最低でも各国に一人は災厄を祓う者がやって来る、とお話ししましたね? 今この国にはおそらく五人の訪問者がいます。ここに三人、城にヴェッラさん、領地に大魔導士様。はっきり言って十分すぎるほどだ。けれど、災厄が訪れた時に確実にこの国にいてくれる方はいない。
大魔導士様は高齢でいつまでいて下さるかがわからない。魔導士様とアイリーン様はこまめに来て下さるとおっしゃったとはいえ、タイミングということもある。タイガさんが世界を見て回りたいと言い、兄がヴェッラさんのお眼鏡に適わないとなれば、ゼロです。
ただでさえ訪問者は男性が多いので、適齢期の後継者が私と兄のこの国は立場が弱い。後の国勢ということもあります。そういう意味で、父は焦っているんです」
「だったらどうしてシンデレラが出てきた時乗り換えさせようとしたんだよ? シンデレラは最初からお前狙いだっただろ? ヘンリックがあのままヴェッラさんを口説いておけば、うまくいってたかもしれない上に、シンデレラ含め両方ゲットできるかもしれなかったんだぞ? まあ、あれは王女サマだけど」
イザムの言葉に、アルフレッド様が肩を落とした。
「私が次男だからです。ローゼリーアは、本体は五歳でも既に王族として生活しています。王妃として兄の隣に並んだ時にどちらがふさわしく見えるか、父上が計ったのですよ。あれがローゼリーアだと気づいたのは私たちだけ――もしかしたら王妃様も気づいたかもしれませんが――それだけだった」
「結局王様か」
タイガくんの突っ込み、まさにその通りだと思う。
わたしたちは一様に息を吐いて黙りこんだ。
「……あ~、くそ、どーすっかな~」
イザムが髪の毛をくしゃっとしながら言った。
今後の方針を話し合うことにしたものの、妙案が浮かばない。
「とりあえず、シンデレラは師匠が怒って向こうに帰したってことにするか……王女サマにアルフレッド以外の相手をさせるわけにはいかないし。
旅に出るなら、タイガはヴェッラさんの希望を聞いてから、一緒に行くかどうか決めろよ。一緒に他の国に行きたいって言うか、この国で舞台に立ちながら暮らしたいって言うか、いずれにせよ本人次第だな。
俺やアイリーンに聞きたいことは、まとめといて聞けるときにさっさと聞いて……。
あとは俺とアイリーンがどうするか、か……」
そう言ったきり、黙ってアルフレッド様をじっと見る。
アルフレッド様が両手を挙げて降参のポーズを取った。
「私にアイリーン様をどうこうしようという気はありません」
「俺だって王女サマをどうこうって気はまったくないし、それはさっきも聞いた。だけど聞いたからって簡単にそうしようってわけにはいかないだろ。たとえ嘘でも結婚する相手として振る舞えっていうんだ……うまくいく気がしない。特に俺たちは婚約したてのほやほやってことにしてあるし」
「そこは、大魔導士様には事情を説明して、表向きは気が変わったことにしていただいて……ローゼリーアに対してなら、この前のお茶会の時のように振る舞っていただければ、大丈夫だと思いますが」
「そっちじゃない」
「ローゼリーアにも魔導士様にしつこくしないよう、必要以上に近づかないよう言い聞かせますよ?」
「そっちでもない」
否定の言葉が続いて、アルフレッド様がわたしを見た。
問題点はわたしか。
「……ごめんなさい。確かにわたしじゃアルフレッド様とラブラブな雰囲気は出せないかも」
っていうか誰が相手でも無理かも。
「そこは、さっき広間で踊った時と同じように、あまり乗り気でないアイリーン様を私が頑張ってその気にさせようとしている、という設定で構いません。それにあんまり仲良くすると、またゲーロにされるのではないかとローゼリーアが心配します。
アイリーン様は魔導士様とローゼリーアが仲良くするのは嫌ですか?」
「イザムとローゼリーア様が仲良く……?」
ちょっと想像する。
「それは、嬉しいことはあっても嫌だとかそういうことはないです……アルフレッド様とローゼリーア様が両思いなのもわかってるし」
「ローゼリーアには災厄が去るまでのお芝居だから、と伝えます」
アルフレッド様がイザムにこれでいいかというように視線を戻した。
「そっちでもねーよ」
イザムの目つきが険悪になった。
じゃあ何が問題なのかと思っていたら、アルフレッド様が大きくため息を吐いた。
「……それは困りましたね。何とかなりませんか」
「けっこう難しいんだよ」
そう言ってイザムがそっぽを向く。
話したくないモードらしいけど、何が難しいんだ――だけどつまり、わたしとイザムがアルフレッド様とローゼリーア様を仮の婚約者として乗り切るのは無理だってことで、どうやらまた行き詰ったらしい。
そこにタイガくんが明るく提案した。
「ならいっそ、みんなで旅に出るのはどうですか? 僕はすごく助かります」
アルフレッド様が顔を上げた。
「いいですね。私も城に戻れば『役立たず』だと、父にお叱りを受けるでしょうし、他の訪問者が現れればまた結婚相手候補にされますから、魔導士様が旅に出るのならご一緒させていただきたいです。一緒に旅をしているというだけでも、協力しているという名目ができます。アイリーン様を口説いているかどうかなど、父にはわかりませんし」
またアルフレッド様にじっと見られて、イザムが思案顔になる。
「本気か? 旅に出るとしても王女サマは連れて行かないぞ? お前がいない間ほっといてもいいのか?」
アルフレッド様の方も顎に手を当ててじっと考える。
「……一人にしたくはありませんが、ローゼリーアは五歳です。わざわざ結婚相手に選ぶ人はまずいないでしょう。どちらかと言えば私自身の結婚回避の方が重要です。未来でシンデレラが待っていますから」
アルフレッド様はまさに適齢期のハンサムな王子様だもん、確かにそうだよね。うんうん、と頷いていると、イザムがわたしの方を見た。
「……ちょっと、話し合わないと――他の国に行くのは俺一人で決められることじゃないし。他に提案がなかったら、アイリーンだけ残して解散にしていいか? あとはまた明日――タイガは聞きたいこと、だいたいまとめといて」
二人が顔を見合わせた。アルフレッド様がやれやれといった様子で肩をすくめると、タイガくんはなぜか俯いて立ち上がった。その耳が赤い。
なんで?
旅に出ることに関する話し合いがいるとしても、異世界ではおまけポジションのわたしとしては特に希望はない。イザムが行った方がいいと思うなら行く、そういうことになるんだけど、何の話し合いがいるんだろう。
背後で扉が閉まる音がして、イザムが真剣な顔でわたしに向き合った。
あんまり真面目な顔をするので、旅に出るってそんなに難しいことがあるのか不安になる。
「何が――」問題なのか聞こうとしたら、ついと手を上げてわたしの頬に触れた。そのまま指先だけが触れた状態で反対の手でそっと引き寄せられた。




