7. 始まりの村
「魔法使いのにーちゃんいらっしゃい!」
小川沿いの道をどんどん下って行くと、畑にいた小学校低学年くらいの男の子が目ざとくわたしたちを発見して走ってきた。働いていたらしく、両手が土だらけだ。
「よお、元気だったか?」
しゃがんで男の子と目の位置を合わせたイザムが笑顔になった。
「うん! 前に持ってきてくれたボアフ除け、すごくよく効いたよ。今年の畑にも使うんだ。ありがとうって、父ちゃんと母ちゃんが。オレも!」
「そりゃあよかった。役に立ててうれしいよ」
くしゃくしゃっと髪の毛を撫でてもらった男の子は、イザムの後ろに立っているわたしに気づくと目をぱちくりさせた。
「にいちゃん、嫁さんもらったの? すっごい格好だけど、ものすごい美人だね!」
え? わたし、ものすごい美人なの?
ちょっと嬉し……じゃない。なんていい子……違う。
危なく聞き流すところだった。「嫁さん」を訂正し、「すっごい格好」はわたしのせいじゃない、と言おうと思って口を開いたら、イザムが先に言った。
「いや、嫁さんじゃなくって、仲間」
それを聞いて男の子がますます目を丸くする。
「ええ? にーちゃんもういい歳だろ? いい女は引く手数多だって父ちゃんが言ってたよ。さっさと嫁さんにしちゃえよ」
「ああ? 俺まだ十代だぞ」
イザムの口調がくだけて、「僕」が「俺」になっている。
仲良しなんだ。
「十一、十二じゃないんなら早い者勝ちだってさ。あっという間だよ。おねーちゃん、もし決まった人がいないなら、このにーちゃんお買い得だよっ。ちょっと変わってるけど、親切だし、見た目は最高! 掘り出しモンの一級品だよ」
男の子がパチッとわたしに片目をつぶってみせた。
元気がよくて少しも嫌味がない。まるで魚屋さんが今日の商品が新鮮だとお勧めしているようなノリだ。
イザムが結婚相手としてお買い得だとはまったく思えないけど、いい子だ。
隣にしゃがんで同じように目の高さを合わせた。
「このお兄ちゃんはね、ちょっと、変わってるんじゃなくて、ものすご~く、変わってるの。どんなに見た目がよくても、お嫁さんを見つけるのはちょっと難しいんじゃないかな~」
イザムがじろりとわたしを睨む。
気に入らなくても、わたしは本当のことを言ったまでだ。言い返してこないところを見るとイザムにも自覚はあると思う。
男の子のほうは、悪びれる様子もなく「な~んだ、バレてんのかぁ。にーちゃん、ダメだな、バレる前にゲットしちゃわないと」なんて言っている。
もちろんバレてますよ。ていうか、お子様のくせにしれっと「本性隠してモノにしろ」みたいな、そんな怖いこと口にしないで欲しいんですけど。イザムの見た目で本気出せば余裕でできそう……いや、異世界なんだし、もしかしたらハーレムの三つ四つくらい作れるかも……怖い。
「おや、久しぶりだね。ここに来るとは珍しい。しかも連れがいるとは。こっちに落ちつく気になったのかい?」
立ち上がりながら頭を振って、しょうもない考えを追い払っていたら、民家の方から声がした。
六十歳くらいの胡麻塩頭の男性がニコニコと温かい微笑みを浮かべてやって来た。
男の子が駆け寄る。
「じいちゃん! このおねーちゃん、魔法使いのにーちゃんの仲間だって」
「そうかい。仲間か。もうそんな時期がくるか」
男性がちょっとまぶしそうにわたしを見る。
千年に一度の災厄のことを知っているのだろう。
「ゆっくりできるのかい? それとも何か入り用かね?」
「ピストさん、ご無沙汰しています。俺はこのままの方がいいと思うんですけど、彼女に服を見せてください。その、もうちょっといろいろ隠せるやつを……あと初心者にも扱いやすい武器とアクセサリーを見せてもらおうと思って」
イザムがすっと立ち上がると、ピストという名前らしい男性はくるりとわたしに背を向けて家が建っている方へと歩きだした。
「うちとしては大事なお客さんだ。何でも見ていって買っていって欲しいが、確かにこのままのほうが助かるだろうな。森を抜けるまでは何とかならんのか? その恰好で行けばあそこの精霊に惑わされる心配もないだろう?」
ちら、とこっちに視線をよこす。
「ですよね! これ、完全にチャームなしなんですよ。俺、あのフェストになりたいです」
「そこは違いねぇな」
はははっと豪快に笑って一軒の家の戸口を叩いた。
二人が何の話をしているのかはっきりとはわからなくても、イザムがわたしの胸を覆う毛皮を見てため息を吐いたところから、これ(・・)がイザムのなりたいフェストだということはわかる。
「生皮を剥がれたいって意味で合ってるよね?」
そう確認したらどうやら違ったらしく、プルプルと首を振られた。