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69. 今後の方針相談会2

「俺に関しては正直に返事するとは限らないぞ」


 即座にイザムが言った。


「わたしも、できるだけ正直に答えたいと思うけど、無理なら黙る」


 難しそうな顔をしているイザムを見ながら、わたしも言った。


「僕は、申し訳ないけど二人の答えを聞いてからでいいですか? 自分に答えられるようなことがあるとも思えないけど」


 タイガくんが最後におずおすと言った。


 アルフレッド様が一つ頷いて息を吸う。


「これから先、あなたたちがこの世界に移り住んでくださる可能性はどのくらいありますか」


 そんなの、あるわけがない。わたしに関して言えばゼロだ。

 だけど隣を見たら、イザムは顔を顰めて顎に手を当てていた――返事はない。


 この世界で生きるつもりはないって、言ったはずだ。向こうの世界に戻る、そのためにわたしがいるって。わたしは向こうの世界につながりやすくするための手段だって。


 ――まさか、本心では残りたい、とか?


「――僕は、できればここにいたいと思っています」


 最初に答えたのは、わたしたちの答えを聞いてから返事をする、って言ったはずのタイガくんだった。


 それは現実を、本来の自分を諦めるってことだって、わかってるの――?


「タイガ、それは簡単には決められない――」


 引き止めるイザムの言葉を、タイガくんが遮った。


「僕のこと、本当の(・・・)僕のことを聞いてください。ヴェッラのことも。どうして僕に時間がないのか、どうして彼女がこの世界に残りたいのか」


 タイガくんは、現実世界で光を失おうとしている自分本体のことと、命を脅かす病気を抱えて入院しているヴェッラさんのことを一言一言大切に話してくれた。


「目が見えなくなっても、僕は向こうで生きていける。でも、ここでなら、たぶん僕は見える状態ででも生きられるんです。見えないことに慣れて、見えることを忘れてしまわない限り。

 ただ、僕はヴェッラみたいに命の危険があるわけじゃない。両親のことも、学校や友達も――だから、心を決めるためにもできるだけ早くこの世界のことを知りたい。ここでイザムさんがやってるみたいな生活が僕にもできるのかを知りたいんです」


 タイガくんの返事を聞いて、アルフレッド様が少しだけ安心したような顔になった。


 イザムはまだ考えこんだままだ。

 不安な気持ちでその腕に手を伸ばした。触れると、イザムがこっちを向く。


「わたし――わたしはここにはいられないよ。わたしの生活はむこうにある。現実を離れてまでここで生きたいとは思わない――思えないよ?」


 ここにいたい、もう現実には帰りたくないって言われたら、どうしよう。

 腕に触れたままのわたしの手を、上から自分の手で押さえて、イザムが言った。


「わかってる。だからアイリーンなんだ」


 今度はポンポンと軽く叩いた。表情がさっきよりやわらかい。


「俺がブレても、必ず帰れるように――アルフレッド、俺たちはこの世界には留まらない。災厄退治に協力はするし、できることは手伝うが、一生をここで過ごすつもりはない」


 厳しい顔つきに戻ったアルフレッド様が、もう一つ聞いた。


「それは災厄が訪れた時も過ぎ去った後も、この世界を訪れ続けて、国を治めるのにご協力いただける、という意味でしょうか」

「それは、当然そのつもりだけど? もともとここに来ることは俺の望みだし、ここでの結婚や向こうの生活を捨てることを望んでいないだけで、この世界が荒れるのを見たいわけじゃない」


「それでは――大魔導士様の意見はどうでしょうか。あなたを弟子にするほどの人だ、その力は計り知れない」


 イザムが眉を寄せた。


「あいつは――師匠はそもそもが高齢だ。いつこっちに来られなくなってもおかしくない。それにこっちに移るつもりならとっくに移ってると思う」

「――そうでしたね」


 困った顔を即座に引き締めて、アルフレッド様が居住まいをただした。


 ――とはいえ格好はTシャツハーフパンツだけど。


「楽師様は残りたいとおっしゃった――この世界の娘と結婚して家庭を持つおつもりでいると考えていいのですよね?」


 そう聞かれたタイガくんは大慌てで首を振った。


「僕、まだまだ結婚なんて、そんな歳じゃありません。あの、ここで暮らすことになったら、いずれはそうなれたらいいなっていう気持ちはありますけど、そんな」


 アルフレッド様が不思議そうな顔をした。


「そんな歳、ですか? そういえば『中学生』だと言っていましたね――実際は何歳ですか?」

「あ……僕は十五、です。見た感じは十七、八に見えるように設定しました。結婚なんてこれまで考えたこともないです。目も悪かったし」

「そうですか……? けれど今は見えるのですし、この世界では十六、七で結婚することは珍しくありませんよ?」


 納得がいかない様子に、イザムが口を挟んだ。


「俺たちのところでも十八歳で結婚出来ることにはなってる。でも、そんな歳で結婚するやつはまずいない。早くても二十代前半。三十代だって多いんだよ。俺とアイリーンだって十六だし」


 アルフレッド様がまじまじとわたしたちを見た。


「それがアイリーン様があの時答えを渋った理由ですか……まあ、残る気がないなら、そうですよね」


 納得したように頷く。


「アイリーン。いつの何の話? 何を聞かれたの?」

「へ?」


 イザムがなにやら耳ざとく聞きつけたけど、わからない。わたし何か聞かれたっけ。思い出そうとしていたらアルフレッド様がにっこり微笑んだ。


「そういうことでしたら、楽師様はゆっくりお相手をお探しになるのがいいでしょうね――そして魔導士様とアイリーン様は、やはり私とローゼリーアを仮の相手として側に置くことをお考えいただいた方がいい」


 ちょっと笑みが歪んだ。


「せっかく来ていただいた力のある訪問者なのですから、あなたたちの存在を見逃そうとする者はこの世界にはいないでしょう。

 これ以上お二人を不快な目にあわせたくはありませんし――ゲーロにされる者もこれ以上は不要です――少し煩わしいこともあるかもしれませんが、私たちなら身分的にもいい虫よけになる」


 そう言って王子様は大きく息を吐いた。


「私もローゼリーアも、災厄のことが片付くまでは誰とも知れぬ相手の結婚相手候補だ。既に相手がいることにしていただければとてもありがたいです」


「ここだけのお話に止めていただきたいのですが」、と前置きしてアルフレッド様は続けた。「あなたがたが自分の相手にこの世界の住人を選んでいないということは、ここを離れてしまう可能性が大きいと誰にでもわかるということです。そうである以上、この世界の住人はこれからも魔導士様とアイリーン様のお心を射止めるべく最大の努力をするでしょう。

 もちろんタイガさんにもヴェッラさんにも――兄がお気に召さないようでしたら――誠心誠意お心に合う男性との出会いをセッティングさせていただくことになる」


 って、なんか実はいかがわしい出会い系のイベントです。みたいな言葉が出てきた。王子様のイメージが壊れるからやめて欲しい。


「だからそういうのが、余計なお世話なんだよ」


 イザムがうんざりしたように言う。


「こちらも必死ですから――念のためにもう一度聞きますが、どんな女性が現れても絶対に心変わりすることはないと言い切れますか?」

「……ないない。無駄無駄」


 食い下がられたイザムが、ひらひらと手を振って却下したけど、ちょっとためらったよね、今。


「アイリーン様は?」

「わたしは最初からここに残るつもりがないんだよ? 男の人、紹介されたって迷惑なだけだって」

「念のためです。気が変わって残っていただける可能性があるかどうかは重要ですから。ではなおさら、振りだけでもしていただくわけにはいきませんか。

 婚姻は、訪問者を帰らせないための一番いい手段です。自発的に結婚して、誓いを立て、帰るための道具を壊してしまえば、もうその人は戻ることはできない。私たちは、いついなくなってしまうかわからない人を当てにして災厄に対峙したくはない。

 我々だけでは敵わないとわかっているのですから。だから、まず結婚相手として考えるのです」

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