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66. 閑話 異文化体験 (アルフレッド)

 ローゼリーアが城に帰された後で、タイガという名の見た目より若いらしい楽師と私は魔導士様に館の二階に連れて行かれた。一つの扉の前で立ち止まり、そこがとりあえず私が過ごすことになる部屋だと言われた。

 隣が魔導士様の部屋で、その二つ奥がアイリーン様の部屋だそうだ。


「俺の部屋より奥には近づくな、近づいたら命の保証はしない」

 と、脅されたが、もちろん近づくつもりなどない。


 私の部屋の反対隣を楽師に勧めて、「好きなように使って構わない、着替えは浴室の隣の部屋に入れておく」と簡単に言うと、楽師は「ありがとうございます。じゃあ後で」と、特に気にすることもない様子で部屋に入って行く。


 魔導士様は私の部屋だと言う一室の扉を開けて、一緒に中に入ってきた。入ると同時に明かりが灯る。

 ベッドとソファ、書き物机と椅子、空の書棚が一つ。それから暖炉。殺風景で狭い部屋だったが、明るく、清潔だ。入って右の壁に扉が二つあって、片方が浴室で片方がウォークインクロゼットだと言われた。


 浴室の方の扉を開けると、そこはさっきよりもさらに明るい光があふれる、白い壁の小部屋だった。正面の壁の上半分が大きくて精巧な鏡になっていて、真ん中のへこんだ白いカウンターがある。コップと小瓶が置いてあって、真ん中に銀色の棒が突き出していた。その上に平らな棒がある。

 これは……手を伸ばしかけて、やめた。


「このレバーを上に動かすと水が出るから」


 魔導士様がレバーを動かした。言葉の通り、銀色の棒の先端から水が出る。


 どうやって実現させているのだろう。


 左右には別の扉があって、片方がトイレ――排泄の為の小部屋だ。いろいろスイッチがついているけれど、何より重要なのは使ったら必ず水を流すことだと言われた。


 これも、いったいどうやって――。


 反対の扉が本来の浴室で、開けると床が一段低くなっていた。そこが身体を洗うための場所で隣の丸みのある四角いところが備え付けの浴槽。そこの壁からも水の出る銀色の棒が突き出ていて、その上にもレバーがあった。全てが一体化している。


「さっきと同じでここを上げると水が出て、左右に動かすと温度が変わる。動かすときはゆっくり。いきなり熱くすると火傷するから気をつけて。

 こっちはシャワー、同じようにここで水量と温度が調節できる。とりあえず、水は地下から吸い上げてるからなくならないけど、お湯は使う量によっては出なくなる可能性もあるから気をつけて。使いすぎも注意。

 お湯の優先順位はアイリーンの部屋から順に下がるからね。シャンプーとか、ボディーソープ、石鹸なんかは適当に使ってみて」


 シャワー? シャンプー? ボディーソープ? 石鹸は慣れているけれど、とにかく見よう見まねで動かしてみると、どういう仕組みか本当にお湯が出て、レバーの向きによって水になった。


「魔導士様? これも魔法ですか?」


 そう聞いたら魔導師様はちょっと得意そうな顔になった。


「ちょっとはね。でも大半はたんなる仕組みとやる気の問題だよ。興味があるなら後でいくらでも観察したらいい。Tシャツとハーフパンツってのは着替え。こっち来て」


 連れて行かれたのは、ウォークインクローゼットだと言われた部屋だ。

 窓のない、片面が棚で覆われた小部屋で、ガランとした棚の一つに、膝上丈の紺色のズボンと白い半袖のボタンの無いシャツのようなものが入っていた。この世界でいえば、寝間着だ。部屋着とも言えない簡素な衣服。つまりウォークインクローゼットというのは衣裳部屋か――信じられない思いで、置かれた衣類に手を伸ばす。ずいぶんやわらかい。


「そっちがTシャツ。頭からかぶって腕を出せばおしまい。ハーフパンツも下着の上から履くだけ。王子サマ、下着はこの下に履けそう?」


 下着は問題ない。

 頷くと魔導士様もほっとした顔になった。


「じゃあ、後で着替えて集合でいいな」


 ?

 それはどういう意味か。


「あの、そのTシャツとハーフパンツを身に着けて集合するのですか?」

「そう」


 当然のことのように頷く魔導士様だが。


「アイリーン様もいらっしゃるのですよね?」

「そうなるな」


 私は眉を寄せた。問題なのはこの短いズボンを履けば膝から下が出ることだ。それをいうなら、腕もそうだ。

 労働者階級であれば腕まくりくらいはすることがあるけれど、男性の服装は寝るとき以外は肌を覆ったものが普通だ。

 妙齢の女性がいるところで足を晒すのはとんでもなく失礼なのだが――そんな考えはこの人たちにはないのかもしれないということを失念していた。基本的な常識が違うのだ。


「脚と腕はそのままでいい……の、です、よね?」


 ?


 私の質問に今度は魔導士様が首を傾げた。


「そのままで別に……ああ、王子サマはダメか? そういうの。アイリーンなら気にしなくていいぞ。男の腕も脚も見慣れてるし」


 その言葉に一瞬納得しかけて……首を振った。アイリーン様がそんなふうには見えなかったというのもあるし、たとえそうでも、やっぱり自分は違う。納得などできるはずがない。

 異性の腕はともかく脚を見慣れているなど、事もなげに口にすることなどできないし、実際ローゼリーアだって、スカートの下にはタイツのようなものを履いていて、普段から素足は曝さないのだ。


 それを説明した方がいいかと思っていると、なぜか、

「……お前はすね毛濃い方か?」

 と、聞かれた。


 私の方が背が高いので、魔導士様の方がやや見上げるようなかたちになっているのだが、その瞳が挑戦的だ。

 すね毛があると何か問題があるのだろうか。脚を見慣れているのならいまさら毛がどうということはないはず――と思うが。


「いえ、特に濃いということはないかと思いますが、それが何か?」

「……何でもない」


 首を振った魔導士様が、「濃い方が好きって可能性の方が高いんだよな……」そう呟いたところから、アイリーン様は毛深い男性が好きなのかもしれない――そのようには見えないけれど。


「じゃあ、後で」


 立ち去ろうとした魔導士様を引き止めた。


「あの、大魔導士様にご挨拶を……した、方がよろしいかと思ったのですが」


 自分でそう言ったものの、声がわずかに震えてしまった。

 魔導士様がどうでもいいことのように、「ここにはいない。領地の屋敷にいるから気にしなくていいぞ」と言う。

 正直とても助かった。

 胸の内で老魔術師に会う機会が訪れなかったことに感謝の祈りを捧げ、私はほっと安堵の息を吐いた。

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