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65. 街の屋敷へ

 背後で男性の怒号と女性たちの悲鳴が聞こえたけれど、イザムは脚を止めることなく歩き続け、広間を出て廊下を突っ切って、馬車まで進み続けた。シュヴァルツさんたちの姿はなかったけれど、馬車の中ではシンデレラが呆けていて、イザムとタイガさんとわたしが乗りこんで、馬車が動きだしてもまだぼんやりしている。


「ローゼリーア様? 大丈夫ですか?」


 声をかけても反応がない。


「手荒に扱われたのですか? どこか痛みますか? イザム、ローゼリーア様の様子がおかしいよ?」


 目の前てひらひらと手を振っても、反応がかえってこない。


「騒がれても困るからちょうどいい。アルフレッドも、狭いから館までそのままな」


 イザムは全く動じていない。

 さっきまでの大騒ぎが嘘のように静かな馬車に揺られ――タイガさんが全く動じていないのがすごいと思う。そのまま何事もなく館に着いた。


 真夜中ということもあり、イザムの屋敷は蝙蝠たちが夜空に楽しそうに飛び交っている、安定のホーンテッドマンションぶりを見せていた――馬車を降りたローゼリーア様が、不気味な屋敷と蝙蝠たちを見て身をすくませた。


 イザムが手も触れずに開いた扉の内側にはシュヴァルツさんが待ち構えていて、応接室に案内してくれた。

 こちらもさっきの騒動に加担した様子などかけらも見られない、安定の落ち着きよう――ここでもローゼリーア様だけがシュヴァルツさんの顔を見てびくりと身体を震わせ、慌ててわたしの後ろに隠れた。


 とりあえず全員が応接室に入る。めいめいが椅子やソファに腰を下ろし、イザムがタイガさんからゲーロを受け取ったところで、か細い悲鳴のような音をたててローゼリーア様が泣き出した。


 あ~、そう言えば、アルフレッド様がゲーロになったの見てたんだっけ。大好きな人が目の前でカエルになったんだもの、そりゃ、呆然とするよね。


「よ、どんな感じだ?」


 イザムは顔の位置までゲーロを持ち上げて、質問している。


 わたしはイザムにすす、と近づいて軽く肘で突いた。


「何だよ? けっこう平気そうな顔してると思わないか、こいつ?」


 カエルの顔を見て、平気そうな顔かどうかなんてわたしにわかるわけがない。


「イザム、早く戻して」

「え? なんで?」

「え、じゃなくて、早く」


 静かに泣いているローゼリーア様に視線を送る。


「王女様なら、キスするんじゃない?」


 だからなんの問題もない、とでも言いそうだ。


「すると思うから言ってるの! 早く戻して! カエルにキスしたい女の子なんていないってば!」


 詰めよると、イザムが肩をすくめてゲーロをソファの上に置き、呪文を唱えた。白い光がゲーロだけじゃなくてローゼリーア様を包んだのが見えて、光が消えた時にはもう、そこにはいい笑顔のアルフレッド様が座っていた。


「もうちゃんと声も出るぞ?」

  

 イザムがローゼリーア様に言って、やれやれとでも言いたそうな表情でアルフレッド様が開いた両腕に、ローゼリーア様が飛び込んだ。

 しっかりと抱きついて安堵に泣いているローゼリーア様の様子を微笑ましく見ていたら、アルフレッド様が何とも複雑そうな表情を浮かべて「もうちょっとゲーロでいたかった……」と呟いた。


 聞き間違いじゃないかと思って確かめたら、「ゲーロになった自分にキスするかどうか、躊躇し、青ざめ、困惑していたローゼリーア様をもう少し見ていたかった」のだとか。


 あほか。


「おにいさま、わたくしがゲーロにならないように気をつけてくださいとあんなにお願いしましたのに!」


 ローゼリーア様が頬を赤くして怒っている。


「そうやって怒っているのもかわいらしいですよ」


 アルフレッド様は余裕の表情だけど、そんなことを言っていると、そのうち愛想を付かされるんだから。


「もう一回やってやろうか?」

 イザムが提案すると、

「ふむ、悪くない提案です」

 と、嬉しそうに笑う。


「キスしなくてもまどうし様に戻していただけることがわかったのですから、もうキスしてあげません!」


 アルフレッド様の腕から抜け出したローゼリーア様がそう言って、腰に両手を当てた。


 その様子を見ていたタイガさんが、「だったらなおさら、さっきキスしてもらえるまでゲーロのままでいるべきでしたね?」 と、まぜっかえした。


 その通りだと頷くアルフレッド様を横目に、イザムが肩をすくめて話題を変えた。


「ゲーロじゃなくなったことは確認できたんだし、シンデレラの用は済んだな? 替えの服がないんだから魔法が解けて小さくなる前にさっさと帰らせないと。

 タイガは泊っていくんだから客間に案内させるけど、王子サマ、どうする? すぐ帰すのもパッとしないから二、三日泊ってくか?

 アイリーンはどうする? 一回帰るなら送るけど、このまましばらくこっちにいるにしても、着替えるだろ?」


 すっかり大魔導士の弟子モードは解除されて、普通の話し方だ。

 わたしも通常モードに戻す。


「ん。そうだね。とりあえずお風呂入って着替えるかな。今日は泊ってくけど、明日か明後日には一回帰りたい。タイガさんは帰らないの?」

「僕は、向こうで過ごす時間を今はあんまり増やせないので、そのあたりも含めて話しておきたいんですけど、あ、あと、イザムさんには話したんですけど、僕の本体中学生なので、呼び捨てにしちゃっていいですよ」


 ほう。見た目は同じくらいに見えるけど中学生だったんだ。ずいぶん落ちついているように見えたのに年下だとは。

 まあそこは……いいけど。だけど現実にいる時間を増やしたくないっていうのは……それってたしか、そういうことをすると現実に戻りにくくなるってことで、危険だって前にイザムが言っていたはずだ。


「タイガ、ちょっと待って、それってアイリーンと王子サマに聞かせてもいい話か?」


 警戒したようにイザムも遮る。


「僕は構いません。話したからって何が変わるわけでもないですし」

「じゃあ、とりあえずシンデレラは解散。残りは風呂入って着替えて、俺の部屋に集合な」


 ローゼリーア様がアルフレッド様にひしと抱きついた。


「王子様なら元気だってわかっただろ? あと二十分で魔法が解ける。そしたら着るものがなくなるぞ」


 イザムに言われて即座に諦める。


 だよね。

 着るものがないとか、絶対無理だもん。


 チリンというベルの音でやって来たシュヴァルツさんを見て顔色を変えたけれど、「あと十九分」の声で、素直に連れられて行った。


「タイガと王子サマは着替えはいるか? Tシャツとハーフパンツなら貸せるぞ」


 イザムの声にタイガさんが「お願いします」と、即答した。

 その隣でアルフレッド様の方は首を傾げている。


「あ~、そっか。王子サマは風呂の使い方わかるか? ダメか、まあいいや、面倒だから一緒に来い。タイガは大丈夫だよな?」


 面倒だなんて言いながらも、なんとなく楽しそうなイザムの声を背後に聞きながら、わたしは一足先に自分の部屋に戻った。

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