63. 計画
「アイリーンとアルフレッドがあっという間に離れて行った後、離れたところで踊りだして、二曲目が終わっても戻って来なかっただろ? なんか親し気に話してて、そのままもう一曲踊り始めた。あの時に僕のところに王女様が来たんだ。
またアイリーンにちょっかい出していると僕に思われたら、あいつがゲーロにされそうだからって、しないで欲しいって頼みに来たんだけど、泣きそうな顔しててさ」
そう言うと肩をすくめて苦笑した。
「言いたいことはすぐに分かったよ。あの迷路で、嫉妬させようとしていた相手がアイリーンじゃなくてアルフレッドだったってことも」
苦笑が優しい顔になる。
「まったく、王女様は小さいのに一人前だよ。アルフレッドなんかよりずっと自分の立場をわかってる。自分の恋心を隠すことだってあいつより上手だし、国のためにアルフレッドとアイリーンが近づけるような時間を作ることもやったし、僕がその気なったら僕を選ぶ覚悟だってあった――少なくともアイリーンの相手をするアルフレッドへの当てつけのためだけじゃないくらいにはあったし、僕のこともちょっとは素敵だと思ってくれたんだろうって思ってるけどね」
今度は小さなため息だ。
「とにかくあの場で言えないことがあるのは明白だったから、話を聞くために『ゲーロにしない代わりに何をくれるか』って聞いたんだ。
案の定、自分が持っているものなら何でもって答えたから、何を持っているか見せてもらう名目で、部屋に帰る王女様と一緒に広間を出たんだ。
ま、この国が平和だってこともあるし、王女様が小さいってこともあったと思うけど、はっきり言って警戒態勢がザルだってことは確かだ。
あとは簡単だったよ。王女様と一緒に居室の隣の部屋に通されて、侍女がそこにいろいろ持ってこようとしたんだけど、それはとりあえずやめさせて、多少脅しも加えて信頼できる侍女だけ三人残してもらって話を聞いたら、王様がまだアイリーンのことを諦めてなくて、アルフレッドにアイリーンの気を変えさせるように命令してるって言われてさ。
とにかく、あいつにアイリーンをどうこうするつもりがなくてもある程度近くに行かざるおえない、どうかゲーロにしないで欲しい、って涙ながらに訴えられて。
あの狸親父、本気でうちの館にアルフレッドを送り込む気でいたみたいだ。しかもその目的がアイリーンとか、マジ笑えない」
そう言いながら見せるのは黒い笑み。
「そんなことだろうとは思ってた――だからシンデレラを頼んでおいたんだよ。
あの二人は兄妹じゃなくて従兄妹同士だって話も聞いた。俺にとっては兄妹だろうが何だろうが俺たちに構わないでくれるならどうでもよかったんだけど。
で、年齢のことはともかく、両想いだろ? ――とりあえずアルフレッドが予約済みだって誰の目にも明らかになってくれれば手っ取り早い。相談した結果、王女様を異世界から来た謎のお姫様に仕立て上げる作戦――シンデレラ・プロジェクトが開始されたわけ。
後はほら、王女様の方は僕の魔術でホイホイっと成長させて、三人の侍女の一人に王妃様のドレスの中からよさそうなやつをこっそり持ってきてもらって、細部を調整して、できるところは色を変えて――。これが結構大変でさ。
……侍女は王女様をじろじろ見るなって言うし、見ないとサイズも形も合わせられないし、そもそもアイリーンじゃないんだから、見たってだいたいのところしか合わせられないんだし――結局侍女たちが寄ってたかって、僕の指示通りに形とかを直して、精一杯シンデレラにさせてもらった。
あの格好ならこの世界の出身だとはまず思われないし、大魔導士にはアイリーンを向こうから連れてきたっていう実績があるし――シンデレラ、うろ覚えにしては似てただろ?」
そこは得意気だ。
確かに、タイガさんとわたし、見た途端に二人そろってシンデレラだって言ったし、よく似ていたと思う。
「魔法の効き目は十二時の鐘が鳴り終わるまでで、今の姿のままでいるうちは王子様とは口がきけない。必ず十二時より前に部屋に帰らないと魔法が解けて泡になるって約束で――もちろんそんなつもりはないからそこは口だけだけど」
うん? シンデレラにそんな設定はなかったと思うよ。
でも、どこかで聞き覚えのある設定だ。
踊りの途中で足を止め、額に手を当てて俯いたわたしにイザムが聞いた。
「――何?」
「……魔法で姿を変えられて口がきけなくなったのはシンデレラじゃなくて人魚姫だよ。ついでにディズニーじゃなくて原作。それに泡になるのは王子様が他の人と結婚した時じゃなかったかな……」
「え、嘘、マジで?」
マジで、じゃないよ。お話が交ざってる。
「シンデレラはガラスの靴を落として逃げ帰ったでしょ? 泡になったら逃げられないじゃない」
「……本当だ」
気の抜けた返事と驚いた顔がおかしくて笑い出すと、イザムも笑う。
なんだかなぁ。
だけど、そういうゆるいのはいいと思う。
曲が〇ウルの動く城のエンディングテーマに変わった。もう一度手を差し出されて、眉で踊るかと聞かれれば、もちろん否やはない。
さっきよりもスローな三拍子を踏みながら穏やかに話す。
「まあ、いいよな? だいたいは合ってたんだし。
あの二人は幸せそうだし――特に、今日は王女様にはよくしてもらったから。せっかく大きくなるからには、しっかり印象付けたいってお願いされたし、婚約者の妹は大事にしないと」
「え? 妹!?」
「今後も登場する必要があるようならアイリーンの妹っていう設定にするのはどうかなって話したんだ。いずれは、やっぱり向こうで暮らすことにしたからもう来ない、ってことにするんだけど。災厄が片付いた後がいいね。そのあたりはまだ話し合いが必要だけど――妹、欲しかったんだろ?」
にやっと笑う。
それで、さっきから王女様に親切にしていたのか――。
確かに、妹が欲しいなって思ってたけど、こんな形でできるとは思っていなかったよ。
なんていうか、もう。
「イザムはわたしのこと、甘やかしすぎだよ」
「いいんだよ、喜んで欲しいんだ。こっちでならいくら甘やかしても問題ないだろ? 僕は妹にはなれないから、手近なところで調達した」
「気にしなくていいのに」
調達した、なんて言い方をしてるけど、それが内側の気持ちを隠すためだってことくらいは、わたしにもわかる。さっきから『僕』だし。
さっきの変な顔。イザムは覚えてたんだ。
ハサミの記憶を思い出して以来、わたしは少しずつだけど小さい頃のことを思い出してきている。
いつだったか、母が「もうすぐ妹ができるんだよ」と、教えてくれたこと。それがすごく嬉しかったこともその一つだ。
けれどそれきりいつまでも妹ができることはなかった。
家でそんな話がされることはなかったし、忘れていたってことは、母が流産したのはあの事件の前後だったんじゃないかと思う。入院してた時期があったって、イザムが言ってたのが、きっとそれだ。
いろいろショックで、まとめて忘れたんだと思う。
「よく覚えていないんだけど、あのときはイザムが代わりに弟になってくれるって言ったんじゃなかったっけ?」
「妹がいいからいらないって即断しただろ。精一杯慰めたつもりだったのに」
「マジで? そこは覚えてない」
なんてバッサリと。正直だったんだな、当時のわたし。
「じゃあ妹になるって言ったら、スカートはかせて髪の毛にリボンつけて近所を連れ回したじゃないか。自分でなるって言ったけど、結構屈辱だったから覚えてる」
「マジで? それも覚えてない」
マジックといい、けっこう無茶苦茶なことやらせてるな、当時のわたし。
「退院したおばさんが泣きべその俺を見てやめさせて、お前が大泣きして……たぶん写真、残ってる。うちの母さんのコレクションに」
「帰ったら見せて。他にも何か思い出すかも」
イザムがため息を吐いて、やれやれと首を振った。




