62. シンデレラ・プロジェクト発動
そこからは、タイガさんも会話に加わった。
タイガさんはできるだけ早くこの世界のあちこちを見て回りたいのだと言う。ヴェッラさんも頷いているので、一緒に行くつもりなのかと聞くと、タイガさんが「一緒に旅をするのは職業上都合がいいけれど、彼女の希望次第」だと答えた。
「恋人同士ではないのか」とアルフレッド様が踏み込むと、「そういうわけではない」という返事で、ヴェッラさんも首を振って否定した。
それにヴェッラさんはタイガさんと違って、「急いでいるわけではない」のだそうだ。
アルフレッド様が少しだけホッとしたような表情になって、ヘンリック様を見た。
ヘンリック様の表情は――読めないな。うん。
タイガさんが、自分はイザムにもう少し話が聞きたいし、旅に出る前にイザムのところに二、三日やっかいになりたいようなことを話しだしたけれど、肝心のイザムが戻って来ない。
やっかいになるどころか、イザムが戻って来ないとわたしも帰れないわけで、いったいどういうつもりなのかと少しそわそわし始めたころ――広間の入り口のドアが開いた。
キラキラ輝く水色のドレスを身に纏ったかわいらしい女性――少女と言った方がいいかもしれない――が男性に手を引かれて入って来る。
短いパフスリーブとパニエ、ロングの手袋はドレスよりも少し色がうすくて、パールが入っている。ストロベリーブロンドの髪を結い上げて水色のカチューシャのようなもので留めている。首元にはカチューシャとお揃いのチョーカー。耳には瞳の色とお揃いの、澄んで水色に光る大粒のイヤリング。
白い肌に上気した頬。期待に輝いた瞳とほんのわずかに不安が感じられる眉――とくれば。
ドレスに隠れてガラスの靴は見えないけれど、DVDケースのイラストのイメージがぴったり重なった。
「「あ、シンデレラ」」
タイガさんと声も重なった。
わたしたちの声に、シンデレラに視線を送ったアルフレッド様がぎくりと動きを止めた。
シンデレラの手をひいているのは――よく見ればイザムだ。
さっきまでの真っ黒いスーツは、上下ともに濃いグレーのフロックコートになっていて、シャツが黒、タイとチーフだけはさっきまでと同じワインレッド。
満足そうな笑みを一瞬たりとも崩さずにシンデレラを見つめながらゆっくりと歩いてくる。
なかなか堂々たるエスコートぶりだけど、その笑みになぜか白雪姫に毒リンゴを渡す魔女の姿が重なって見えたのは……わたしだけか。
人々が脚を止め、広間の喧騒が静まって、やがて音楽まで止んだ。
皆が動きを止めて二人を見つめている。その視線を受けて、シンデレラが不安気に眉を寄せ、足を止めてイザムの方を見た。
肘にかけられた華奢な手を、黒手袋に包まれた自分の手でそっと押さえて、笑みを深めたイザムがゆっくりと頷く。
イザムが顔を寄せて耳元で何か囁くと、シンデレラは頷いてまっすぐにこっちを見た。視線の先は……アルフレッド様。
「まさか」
一言だけ口にして、目を見開いたアルフレッド様が立ち上がって足を踏み出すのと、イザムたち二人が再び歩きだしたのは同時だった。
静まり返った広間で、彼らの間に広がっていた距離が縮んでいく。
互いから目をそらさないまま歩く二人の距離が、互いに手を伸ばせば届きそうになった時、イザムがつい、と手を引いてシンデレラを引き止め、二人の間に入った。
不敵な笑み。上げた片眉。何か話している。会話の途中でアルフレッド様が一瞬ぎくりと身を固め、その後で頷いてゆっくりと手を伸ばした。
イザムが満足そうに笑って、王子様にシンデレラを引き渡す。
そして、これで用は済んだとばかりの態度で振りかえりもせずにすたすたと歩いてきた。
その背後で二人の手が触れて、そっと見つめ合ったそのタイミングで、タイガさんが立ち上がって聞き覚えのあるメロディーを吹き始めた。ゆったりとした三拍子。ゆっくり二人が踊りだす。
わお。
わおわお。わーお。
実写版どころじゃない。目の前で実物が見れるとは。
周りの人たちも思い出したように再び踊りだした。
幸せそうな笑みを浮かべて見つめ合ったまま踊っている二人に感動していると、戻ってきたイザムが――テンション上昇中のわたしを見てちょっと笑って、隣に座った。
「はい、どうぞ?」
また中身を入れ替えたグラスを手渡してくれる――このパターンにも慣れてきた。
「ありがとう。おかえり」
お礼と一緒に言って、グラスを受けとる。
あたりをうかがってから小声で聞いた。
「ローゼリーア様に何をしたの?」
イザムがちょっとだけ目を見開いて笑う。
「その言い方は心外だけど、そうだな。ちょっとした仕返し、と言えなくもないかな」
「何の?」
「ダンス三曲分――話していただけの時間も入れればもっとだ。結構長々と貸し出したから、報復だよ。今はどちらかというと報酬っぽく見えてるけど」
報復? 報酬?
なんのこと?
「イザム?」
疑いの気持ちとともに下から睨む。
「いや、大丈夫だから。今回は本人の希望もあったし、まあいっかなって思って。異世界の魔法使いにはぴったりの依頼だったしね」
「本人の希望? その『仕返し』とやらの内容は? わたしたちが踊っていた間に何があったの?」
わくわくして質問を重ねれば、横でまだ二人を見つめているヘンリック様とヴェッラさんにちらりと目線を送って、唇の前に指を一本立てる。
「大魔導士特製の『シンデレラ・プロジェクト』だよ」
片目をつむってから、笑ってわたしの方に手を伸ばした。
「向こうで話そう」
誘われるままに、目立たないフロアの片隅に向かう。
「さすがにあいつみたいには踊れないけど」
苦笑交じりに手を伸ばされて、首を振って否定した。
「アルフレッド様が言うには、踊ってる間は、相手を大切に思うことが大事なんだって――だから大丈夫。ちょっと留守が長かったけど、ここでイザム以上にわたしのことを大切にしてくれる人なんていないし、絶対大丈夫だよ」
口にしてから、わくわくに釣られてらしくない発言をしてしまったような気がしたけど、イザムが笑顔になったから、いいことにしよう。
「遅くなってごめん。ちょっとドレスを探すのに手間取って。あと色とデザインもちょっとだけいじってたら……時間が過ぎちゃって。結果的にシンデレラらしい時間にはなったけど」
シンデレラの衣装設定に嬉々として取り組んでいるイザムの姿を想像するのは容易い。
「何があったの?」
恋人たちのおぜん立てなんてこと、普段なら絶対しなさそうなのに。
フロックコートの襟をつかんでちょっとだけ引き寄せると、イザムも両手をわたしの腰に滑らせてさらに引き寄せて、側頭部に頬を乗せた。
「ちょ、近い。近いよ?」
「うん」
返事は聞こえたけど、距離が変わらない。
「踊れないよ?」
「うん」
「うん?」
「さっきの台詞、すごく嬉しかったから、もうちょっとこのままでもいっかな、って思って」
自分の顔が赤くなったのがわかった。そんなことを言われたら、離れて欲しいなんて言いにくい。
どうしたものかなって思っていたら、シンデレラの後にアップテンポのジブリが聞こえてきて、思わず笑ってしまった。〇ウルの動く城の、広場の上を歩いていく時の音楽だ。
「くそ、タイガのやつ」
口ではそう言いながらも、イザムはちゃんとホールドして小さく三拍子のステップを踏んでくれた。




