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61. 魔導士の企み

 次の一曲は踊って、それから席に戻ったら、確かに王様の拳が緩んでご機嫌になっていて、また取り繕った微笑みに戻ったアルフレッド様が気の毒になった――そしてイザムがいない。

 王女様もいない。アルフレッド様の顔が心配そうに曇ったけれど、王妃様がもう休む時間なので先に部屋に戻った、とおっしゃると表情を緩め、わたしに飲み物を勧めてくれた。


 第一王子――ヘンリック様とヴェッラさんも席を立っているけれど、そちらは踊りに行っただけだ。さすが踊り子さんなだけあって、何のためらいもなく王子様のリードについて行く。一挙手一投足が美しい。


 プロは違うね。


 一人席に残されたタイガさんは暇を持て余すでもなく、楽器のチェックに余念がない。わたしたちが座ったのを見て、向かいの席から唐突に「シンデレラが好きなんですか?」と聞いてきた。

 脈絡のない質問に、? ってなったけど「実写版じゃなくてディズニーのアニメなら見たことはありますけど、その程度です」と答える。

 家に母親のDVDがあったから、小さい頃に何回か見たことがある。


「美女と野獣は?」

「わかる程度ですけど……どうしてですか?」

「シンデレラは彼氏さんに頼まれたんですけど、ディズニーが好きなら他のも吹こうかなって」


 へ? 

 彼氏さん……って、イザムだよね。


「特にディズニーが好きってわけでは。どっちかといえばジブリ派です」

「あ、そうなんですね。じゃあ、なんか好きな曲、ありますか? 聞きたいの、あったら言ってください。知ってたら吹きますよ」


 特に他意はなかったらしく、音楽についてはあっさり方向転換した。


 イザムがシンデレラの音楽を頼んだ? それってどういう状態だろう。

 わたしには特にディズニーに思い入れはないんだけど、そんなことはイザムなら当然知っている。単に有名だから吹いて欲しい、なんて頼むのはイザムらしくないし。


 空いたままのイザムの席を見る。何か企んでいるんじゃないかな。


 反対側の空いた席――わたしとタイガさんの間で、さっきまでヴェッラさんが座っていた席――に座っていたアルフレッド様が、思案するわたしを見て眉を寄せた。


「どうかしましたか?」


 わからないけれど、一応お知らせしておく方がいいと思う。


「あの、アルフレッド様。イザムが――何か企んでいるみたいです」

「魔導士様がですか――それは、ちょっと、いやかなり恐ろしいですね」


 ちょっと緊張した顔つきになる。

 それはそうだろう。その場の思いつきでカエルやナメクジにされる側はたまらないし、その可能性が一番高いのはこの人なのだから。


「はい――すみません。何なのかはわからないですけど……音楽がシンデレラだし、そんなにひどいことではないと思うのですが」


「『シンデレラ』とは何ですか?」


 アルフレッド様が首を傾げた。


「向こうの世界では有名な女の子向けのお伽噺です。簡単に説明しますね。

 継母と義理の姉たちにいじめられていた女の子が魔法使いの手を借りてお姫様に姿を変え、お城のパーティーに出かけるんです。女の子は王子様に出会って恋に落ちるんですけど、魔法が消える時間が来てしまって一度はお城から逃げ出すんです。で、その時に靴を片方落としてしまって、王子様は残された靴を手がかりに女の子を探し出し、幸せになるっていうお話で」


 アルフレッド様は不思議そうに目を開いた。


「ほう。あちらにはそんな話があるのですね。ゲーロについてもお話があるようでしたし、いろいろ聞いてみたいものです――ローゼリーアが喜ぶかもしれません。

 でも、確かに女の子がお姫様に変わってもあまり怖くないような……」


 眉を寄せて顎に手を当てる。


 わたしもそう思う。


「ですよね。タイガさん、何か聞いていませんか?」


 とりあえず、向かいに座っている楽師さんに聞いてみる。


「いや、僕は『二人が見つめ合ったタイミングでシンデレラを頼む』って言われただけで、後は何も……」

「「二人が見つめ合ったタイミングでシンデレラ?」」


 アルフレッド様と顔を見合わせて首を傾げる。


「二人とは誰と誰のことですか?」


 腑に落ちない、という顔をしてアルフレッド様が聞く。


「特に誰とは言っていませんでした。でも、シンデレラだし、有力候補は王子様じゃないんですか?」


 逆に聞かれてアルフレッド様が「自分ではない」と、首を振る。三人で次に視線を送ったのはヘンリック様。とりあえず楽しそうに踊ってはいるけれど。


 ――こっちじゃないよね?

 って、わたしたちの内心の声が揃ったような気がした。


 ちなみに王子様たちはどちらも白を基調にした正装で、どっちが王子様役だとしてもありえそうだ。

 ただし、ヴェッラさんの異国の踊り子、と言った風体は、間違ってもシンデレラには見えない。今は最初にかぶっていたヴェールを二重にしてロングスカートみたいに腰に巻いているのでそれほど露出は多くないのだけれど、やっぱりシンデレラじゃない。


 どういうことだろう? 


 だって「シンデレラ」だ。あれがハッピーエンドのラブストーリーなのは百パー絶対間違いない。……だけどこの場合、誰と誰のラブストーリーなの??


 あたりを見回してみたけれど、他に誰がいるということもない。

 納得のいかない思いを抱えたまま、タイガさんと顔を見合わせて、「彼女はシンデレラじゃないよね」と、頷きあう。


 もちろんわたしだって違う。


 三曲踊ったあとでヘンリック様とヴェッラさんも戻ってきて、イザムの席が空なのを見たヘンリック様があからさまにほっとしたのがちょっとおかしかった。

 アルフレッド様が立ち上がって、ヴェッラさんに席を譲り、自分は隣のテーブルの本来の位置に戻る。

 ヘンリック様も元の位置に座った。


 ヴェッラさんが、もう踊らないのかと聞くと、アルフレッド様が小さく苦笑して答えた。


「アイリーン様には気難しい婚約者がいるので、加減が難しいのです。因みに兄は許可がありませんので、彼女とは踊れません」

「そうなんですか?」


 ヴェッラさんが目を丸くしてヘンリック様の方を見やる。


「先ほどそこに座っていた方、ですよね? 恐ろしい力を持った魔法使い――魔導士、でしたっけ。アイリーン様のお祖父様――のお弟子さんだとか。見た目はとってもかっこ――いえ、大層麗しい方でしたのに、パーティーで踊ることさえままならないなんて、ずいぶん嫉妬深い方なのですね」


 言葉を丁寧に直しながらヴェッラさんが言うと、すかさずアルフレッド様が言い添えた。


「婚約者としてだけでなく、弟子として師匠のお孫さんを守る義務もありますし――ああ、お弟子さんとはいっても彼の方も十分手強いですよ。秋には不用意に彼女に失礼なふるまいをした剣士が一人、ゲーロにされています。私は目の前で見たのですが、あれは恐ろしい光景でした」


 あの時のことを思い出したのか、表情が硬くなる。


 ゲーロにされた剣士が人間に戻った話を既に耳にしていたらしいヴェッラさんは特に思うところもないようで、「無事もとに戻れてよかったですね」と、言ってさらに会話を続けた。


「それではアルフレッド様がアイリーン様と踊れるのは、それだけ魔導士様の信頼を得ているということなのでしょう? すばらしいことですね」


 にっこり笑うヴェッラさんに、アルフレッド様が首を振る。


「あれを目の前で見せられて、それでもアイリーン様に狼藉を働こうという者はいないでしょう。私はそういう意味で(・・・・・・・)いくばくかの信用を得ているのです。それにあの剣士の時に魔導士様の力量を試したことや、不用意にアイリーン様に魔術を使って不興を買ったことがありますから、私自身は既に半分……いや、ほぼゲーロになっていると言っても過言ではない」


 ローゼリーア様のためにわたしを盾にしようとしたってのもあったよね。


 過言ではないと言い切る言葉に実感がこもっていた。


「アイリーン様はそれでいいのですか? 婚約者がそんな心の狭い方で、しかも恐ろしい力があって、束縛されていて……嫌じゃ――では、ないの? アイリーン様って、まさかM……」


 なんか、そう言われるとイザムが酷いやつみたいに聞こえる。そして最後の小声の一言は聞き間違いであって欲しい。


「心は狭くないし、束縛なんてされてないです。踊りたいと思ったら誰だって誘えますし」


 大急ぎで訂正したけど、ヴェッラさんは聞こえない風で呟き続けた。


「脅されていたりするんじゃ……いや、そういうプレイって可能性も。だとしたら口を出す方が野暮か」


 ヴェッラさん、けっこう想像力がたくましいな。

 って、違うし。


「ヴェッラさん? 聞いてます? わたしは別に何か強要されてるわけじゃないですから――」


「ヴェッラ! アイリーンさんの話を聞けよ」


 タイガさんの声が響いて、ヴェッラさんがはっとして口をつぐんだ。


「すみません。ヴェッラは考え事に夢中になるときがあって」


 タイガさんが代わりに謝ると、ヴェッラさんもぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい。ちょっとトリップしてました」


 イザムといい、タイガさんといい、ヴェッラさんといい、異世界に来る人ってみんな癖が強い。

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