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60. 王様の目論見

「あの、アルフレッド様? お誘いは嬉しいのですけれど、こんなふうに突然動かれては、いつ何時ゲーロになるか……気をつけてくださいとお話したばかりですよ?」


 強引にフロアに連れ出されながら声をかける。


「彼も(・・)気づいていますし、ここからは出ませんから」


 はっとして見上げれば、その顔にあるのは諦めたような苦笑。

 イザムの方を振りかえれば、趣味の話に没頭しているかと思っていたのに、ちゃんとこっちを見ていて、ちらりと王女様の方を見て、さらに顎で示した。


「ほら。私にとって何が大切なのか、わかっていて脅している」


 わたしの手を取ったままの王子様が口もとだけで笑った。


「脅されていると思うのに、わたしを踊りに誘ったのですか?」


 わけがわからない。


 王族の席から遠ざかりながら、アルフレッド様は周りに聞こえないように小声で話し出した。

 いつもの表情の読めない澄ました顔ではなく、ちょっとイライラしたような顔だ。


「少しあそこから離れたかったということもあります。視線がうるさくて。

 ……先に挨拶した時、父は口ではあのように言いましたが、けして貴女のことを諦めたわけではありません。今日のところは私が貴女を、兄が彼女を――どちらがどちらでも構わない。保険と思えば両方欲しい。

 けれど国王としての本音を白状してしまうと、王妃として踊り子を迎えるよりは王弟の妻に貴女を迎えるほうが受け入れやすいし、外聞もいいのです。

 貴女にどのような特性があるのかは誰も知らないが、貴女は人当たりがよく、私たちのやり方に沿おうとし、私たちを一方的に見下すこともないし、尊重しようとする心もある。そして偉大な魔導士の孫でもある――先日の件では、弟子の方もなかなか優秀なようだ、と父も魔導士様には一目置くようになったのですが、たとえ私が貴女に近づかないようにと警告されていても、父はまだ貴女自身の心を変えさせることさえできれば、弟子など問題にならないと考えているのです。それが国王としての判断だ。

 表面だけを取り繕ったさっきの顔を見たでしょう? 父は貴女との距離を縮めようとしない私が気にいらないのです。

 ローゼリーアを彼らのどちらかと結婚させる件については、ローゼリーア自身が小さ過ぎる上に、魔導士様からは二度と言うなと脅されている。ここにいれば何不自由なく暮らせる姪を、世界を旅して回る吟遊詩人に嫁がせたいとも思っていない。

 ましてローゼリーアは現王妃のたった一人の子どもですから。

 貴女が兄に興味があるのなら交代してもいいのですが、私たち兄弟のどちらにも興味はないのでしょう? 貴女の口から兄の名前が出たことはない。それなら今から兄に言い寄られても煩わしいだけだ。

 それにあなたも私の想い人に気がついたのですから、私たちは友人として協力できそうだ――とりあえず今は傷心の私のために、お手伝いいただけるのではないかと判断しました」


 そこまで話して、どうか、と問いかけるようにわたしの反応をうかがった。


 なるほどそういうことなら、協力体制を取った方がいいとは思う。

 ローゼリーア王女様を想う気持ちを否定する気もないらしいし、わたしに異存はない。

 ――それに今、とっても大事なことが聞こえた。要確認だ。


「あの、王女様は王様の姪御さんなのですか!?」


 アルフレッド様とローゼリーア様って兄妹じゃないの? そこ、超重要。


「そうですよ?」


 何を今さら、と言った顔で見られてしまったけど。そんな話は聞いていなかったので、てっきり実の兄妹かと思っていたよ。


「それでさっきは酷く困ったような顔をされていたのですか……そもそも兄妹ではどうにもならないでしょう?」


 アルフレッド様が納得の表情になった。


「はい。さすがにお勧めも応援もできないな、と思ったのですが、よかったです。は~」


 胸をなでおろせば、「年齢のこともありますが」と、突っ込まれた。


「年齢は、もう十年もすれば気にならなくなりますが、血縁はどうにもならないじゃないですか! 年齢についてはアルフレッド様が十年待つつもりでいるのなら全く問題ないと思います。

 あ、でも、小さい子どもにしか興味がないならそれは、」


 別に問題がある、と言おうとしたところで、アルフレッド様が慌てて遮った。


「そういうわけではありません。他の者に惹かれたことはありません」

「近親相姦でも幼女趣味でもないのなら、もちろん応援させていただきます!」


 十年後の王女様がどんな気持ちでいるかは別としても、ぜひ頑張ってもらいたい。

 協力する気満々で言ったのに、王子様はがっくりと肩を落とした。


「近親相姦の幼女趣味……」


 小さく呟いたのが聞こえた。


 でもさすが外面を作るのに慣れた王子様は立ち直りも切り換えも早かった。

 それまで流れていた四拍子の曲が終わると、新しく始まった三拍子の曲に合わせて流れるようにお辞儀をする。


 シュヴァルツさんと違って優しい微笑みつき。


「下手くそでも許してくださいね。初心者なんです」


 一応先にことわっておく。


 イザムは以前、この世界の踊りを『僕たちが知ってるような踊りじゃない』と言った。

 確かにわたしたちがよく目にするような、リズムに合わせて自由に動ける踊りではない。踊りかたにはルールがあるけれど、そもそもの技術がないと踊れないバレエのようなものでもない。


 シュヴァルツさんに教えてもらったところ、どちらかといえば素朴な、フォークダンスに近いものが多かった。何が難しいのかと言えば、三拍子でも四拍子でも、基本のステップさえ覚えてしまえば、あとはアレンジし放題だというところだ。


 そういう意味では社交ダンスに似ているのかもしれない。仲のいいカップルは基本的なリズムに乗った脚の動きにいろいろ加えたり作り変えていたりするので、踊る相手とその人ができる内容によってはすごく難しく見える。もちろん、中には本当に難しいものもあるのだけれど。


 わたしにできるのは基本と、それに毛が生えた程度のことだけだ。


「初心者にも慣れていますよ。ステップを間違える相手にも――転びそうになったら抱えてあげます。お望みなら、抱えたままでクルクル回ってもいいですよ。――踊っている間は、あなたがわたしのお姫様だ」


 余裕の台詞は嬉しいけれど、それは相手が王女様だからだと思う。抱えて回るにはわたしは大きいし、重いし……何よりローゼリーア様ではないから。


「頼もしいお言葉、安心しました」


 とりあえず笑みを返して、もう一度差し出された手を取った。


「人生で初めてのまともなダンスの相手が王子様だなんて嬉しいです」

「それはそれは、光栄です」


 王様から見えないわけではないけれど十分に離れた場所で、わたしたちは踊りだした。シュヴァルツさんの最大限に節度を保った距離より、わずかに身体が近い。ほぼ同じなのは手の位置と、身長。まったく違うのは、背中の肩甲骨のすぐ下に添えられた手の安定感とわたしを見下ろす表情で、慣れてるんだな、とすぐわかる。それだけなのにずいぶん踊りやすかった。


 シュヴァルツさんと練習した時よりずっとうまく踊れているような気がするのが不思議で、一体どうやっているのかと聞けば、「秘密です」と笑う。面白いようにくるくると踊れて、自分が独楽になったみたいだ。


 二曲続けて踊った後でもう一度聞くと、「貴女がそんなふうに笑うから、ますます大切にしなければと思っただけですよ」と、おかしそうに言われた。


 どういう意味かよくわからない。でもなんだか世話を焼く対象にされたような気がした。それこそ、妹とか。


「さっき魔導師様も言っていたように、あなたたちは驚き方がよく似ている」


 二曲踊った後は、席に戻らずに窓ぎわに誘われた。


 アルフレッド様は、わたしとよく似ているのだというローゼリーア様が驚くときの癖を教えてくれた。


 まずちょっと目が大きく見開かれて、口がわずかに開く。その後でもう少し目を見開いて顎を引き、対象物を観察した後で目を細めて口を閉じ、少し疑う。それからまじまじと見つめてまた口を開くのだとか。


 よく観察しているなあと思った後で、わたしも観察されていたのかと恥ずかしくなった。

 わたしのことはあまり観察しないで欲しいと訴えると、自分が観察しているのはローゼリーアで、貴女を観察しているのは私ではない、と笑われた。――なぜかますます恥ずかしくなった。


 なんてこった。


 それから王子様はローゼリーア様が妹として王城にやって来ることになったいきさつを教えてくれた。

 自分と第一王子様――名前はようやくヘンリック様だと判明した――の母親で前王妃のアンドレア様とローゼリーア様の母親で現王妃のイングリッド様はよく似た従妹同士だったのです、と前置きして、自分たちの母親であるアンドレア様は十年ほど前に生まれるはずだった赤ん坊の妹姫とともに亡くなったのだと話してくれた。


 ローゼリーア様の父親は王様の弟だったが、生まれつき丈夫ではなく、ローゼリーア様が生まれた年の冬に風邪をこじらせて亡くなったのだという。

 弟の妻のイングリッド様とローゼリーア様が残された後で、王様がイングリッド様と再婚し、姪であるローゼリーア様を自分の娘として引き取ったことは、二人がよく似た面差しをしていたことや亡くした姫のこともあって至極当然の成り行きだ、と当時のアルフレッド様には思えたそうだ。


 兄のヘンリック様が王太子としての勉学に励んでいて忙しかったことに加え、アルフレッド様が母親に似ていたこともあり、ローゼリーア様はアルフレッド様の方によく懐いたのだという。


 割と何でもそつなくこなすアルフレッド様にとって、すぐ泣く癖によく笑う小さな姫君は実に面倒で面白いおもちゃだった。

 どうやったら笑うか、どうやったら泣くか、どうやったら驚くか、上げて落とす、落として上げる。甘やかして、突き放す。

 誰かの困り顔に快感を覚えるようになったのはその頃からだ、と言ってSな王子様は肩をすくめた。

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