6. 魔導士様の理由
イザムによれば、わたしに攻撃したのはウサギっぽいセッシャのレベル三以上の個体だそうだ。
動物は長く生きるほどに魔法属性を高め、MPを備えて魔法攻撃も仕掛けてくるようになる。そういった個体からは魔石が取れることがあり、毛皮よりも貴重なために普通の個体より高額で取引されるし、魔石を使えばいろいろな魔術具を作ることができるのだそうだ。
それに動物だけでなく、植物にも魔属性を持つ物があるらしい、何とも不思議な世界だ。
とりあえず、最初に捕まえたフェストの毛皮を襟巻状態にして胸もとを隠し、情けない顔と「ええぇ。せっかくの谷間をもったいない……」と言う同じく情けない小声はガン無視で、そんな基礎知識を教えてもらいながら、一番近くにあるという村を目指した。
歩きながらさらに話を聞けば、イザムが初めてこの世界に来たのは中学生の頃だそうだ。
小学生時代の昆虫採集から始まって、飼育、繁殖、解剖など、興味の向かうまま気の向くまま、残念男子=狂・サイエンティストの名を欲しいままにしていた勇が、自分の知らない生き物にあふれたこの世界にのめり込んだのは当然と言えば至極当然の流れ。
そこからファンタジーの世界にも目覚め、2Dから3D、異次元、異世界にと趣味が果てなく広がったということらしい。
……かくして『二番目の趣味』がふんだんに盛り込まれた超・残念男子ができあがったわけか。
ちなみにこの世界に出入りするための魔法陣のように見えたあのパソコンの画面に浮かんだ模様は、とある昆虫の羽の模様の組み合わせで作られているのだそうで……わたしも世の中の女子の例に洩れず虫は好きじゃないので詳しくは知りたくない。
うげ、って感じで眉を寄せたわたしを見て、イザムはなぜか満足そうに笑った。
イザムのジョブは魔導士――魔法使いだ。しかもレベル的にはほぼ上限らしい。
なんでいまさらわたしを連れて来ることにしたのか聞いてみた――脚や胸を見る以外の目的がないなら、こんなのはごめんだし。
「本当はさ、僕としてはのんびり過ごせれば一番なんだけど」
軽く肩をすくめて説明する。
「この世界に来たばかりの頃は魔法よりもむしろ不思議な動物や植物の方に夢中でさ、穏やかに旅をしながら、この世界の人たちから魔動物や魔植物に関する情報を仕入れて、困りごとがあれば解決できるように手伝って生活していたんだ。魔法の力は、そういった依頼にこたえながらの生き物の採集、捕獲、研究を重ねるうちに必要に駆られて追い付いてきた感じ」
研鑽の日々――つまり『最初の趣味』の世界に浸かる毎日のおかげで、大魔導士と呼ばれるまでに成長したということ……まあ、うん。止める人もいなかったんだろうし、ね。
「だけど、残念なことにどんどん簡単な依頼だけじゃなくなってきてさ――動植物のことならともかく、領地間の争いをおさめて欲しいとか、疫病を絶やして欲しいとか、天変地異の予測を立てて欲しいとか、見当違いな難問を持ち込む人物が出てきて、中には僕を取り込もうとするような言動も見られるようになって。
で、そんなのは面倒だし、そもそも無理だから、とりあえず簡単な依頼は受けたけど、特定されないように顔は晒さないようにしながら旅を続けてたんだ。そしたら今度は『正体不明の』大魔導士がいるって話になって、結局追いかけられて――。
いろいろあって今は一カ所に落ち着いてるんだけど、一番最近の依頼は『千年に一度やって来て恐ろしい被害をもたらす災いからこの世界を守って欲しい』っていう、なんだよそれって感じの大役だったんだ。しかも依頼主は一応この国の王様。
無理だって断ったら、『助力できないのならこの世界への立ち入りを禁じて、新たな協力者を探す』って言われちゃって――僕が隣の国に行けばいいって話じゃなくてさ、隣の国に行けばまた隣の国の王様に似たようなことを頼まれるわけ。なにしろ『国』じゃなくて『世界』を救ってくれって依頼だし」
イザムはがっかり、という様子で肩を落とした。
「せっかくの異世界だろ? 立ち入り禁止は辛い――で、断り切れなくなってどういうことなのか詳しく聞いてみたら、『この世界には千年に一度災厄が訪れ、その際には災厄を追い払う者もまた現れ、幸福を招き災厄を遠き地へと連れ去るという言い伝えがある』んだって。僕たちみたいな、この世界の人にとっての異世界人がその勇者候補。
そういった人間がこの世界のあちらこちらに表れたという声が増えてきてるんだってさ。
各国の国王としては災厄に備えてできるだけ優秀な人材を集めて国の益としたいし、特に異世界からの移住者を求めている。そして異世界からこの世界にやって来る人間には上限があるらしくて、一定以上の人間を呼び込むことはできない。
だから僕が非協力的なのであれば、排除して新しい人間を呼び込みたい、そう言われたんだよ。なんでもその災いはこの世界の住人だけでは太刀打ちできない強い力を持っていて、異世界からやって来た者の助力は不可欠なんだって。だけど僕自身は体力的、戦闘力的な能力に不安がありすぎだし、研究以外に興味もないし」
わたしが簡単に入れたところから考えても、この世界にいる向こうから来た人間の数は上限に達していないんじゃないかと思うけれど、とりあえず思う存分趣味の世界に没頭できるこの世界を失わないために、イザムは勇者パーティの作成に協力する(一部振り)ことにして行動を開始し、仲間を増やす目的で手始めに身近で戦えそうなわたしに声をかけた、ということだった。
イザムの筋書きでは、まずは体力的に問題アリの自分よりはマシな戦闘要員としてわたしを育てて、ある程度の経験を積ませた後に、他の移住者や勇者候補を探す旅に出るなり呼び集めるなりする方向になっているらしい。
少なくとも、対外的には。
衣装設定の露出はともかく、振りでも災厄を追い払うつもりがあるならもっと戦闘向けのジョブにしなくてよかったのだろうか。
イザムが自分で決めたからにはいいんだろうけれど、それもとりあえず聞いてみた。
「わたしはシーフでよかったの?」
「シーフなら逃げ足は速そうだから、安全かなって。忍者も面白そうだったけど、衣装的に限定されそうだったから――それじゃ面白くないだろ? なにより災厄が何なのかわからないのに本格的な戦闘ジョブは危険すぎる。そんなことはさせられないよ」
そう言って笑ってるけど、理由が衣装でいいのか? そしてイザムの考える忍者の衣装ってミニの忍び装束に網タイツとかの気がする。それも嫌だけど、露出っていう意味では今の方がイタいような……。
だけど一応安全面を考慮してシーフなんだ。
この格好はともかく、そこだけは感謝した方がいいのかな。
「あのさ、さっきのでわかったと思うけど、パーティを組むといろいろ利点があるんだよ。アイリーンは戦闘経験が少ないし、魔物のデータも少ない。だけど最初から動きは速いし、それなりに力もある。防御もなかなかだったし。空手をやってるせいもあるだろうけど、ジョブがアイリーンに合ってるんだと思う――勘もいいから魔物のデータがあれば一撃必殺が使えるし、一発でやっつけることができなくても、武器や素手での物理攻撃では僕よりも大きなダメージを与えることができる。魔法攻撃しか効かないやつが相手の場合は、アイテムがないとかなりてこずるだろうけど。
僕はここに来てからもう長いし、ある程度の戦い方はわかってるけど、どっちかというと今日みたいな相手との戦闘は回避することが多い。体力も攻撃力もないしね。それにデータがあっても魔法攻撃が効かない相手だとただの役立たずだ。まあ、魔法攻撃が一切効かない相手も珍しいけど、中にはそういう厄介なのもいるんだよ。
で、パーティを組むと、僕が最初にやったみたいに、敵の情報を調べれば仲間に伝えることができる。そうすればアイリーンは攻撃方法がわかって楽に倒せるし、そうしてもらえれば僕も助かる。
ただね、リーダー属性を入れちゃうと、アイリーンは自分の意思で動けなくなる。最初に攻撃したときがそう。気に入らなくても僕の指示に従って動くことになるから、楽なこともある半面、意思に反して怪我をしたり嫌な思いをすることもある。
僕たちの間はできるだけ対等でいたいと思ってるけど、自分で考えて動けるようになるくらい慣れるにはもう少し時間がかかると思うから、当面はリーダー属性を入れさせてもらいたい。体力が減っていたり、時間制限があるときは特にね。
これは何度も言うけど、怪我はさせたくないと思ってるし、怖い思いもさせたくない。でも僕のジョブは魔導士で、先頭に立つには向かないんだ――体力ないから。だけど僕はどんなときもアイリーンを支える。それが僕の存在理由だ。僕が足手まといになったときは見捨ててくれてかまわないから、敏捷性を活かしてさっさと逃げて――」
「ちょっと! それってあんまりだよ」
つらつらといろいろ言われていることに、ただこくこくと頷いていたけれど、自分はどんなときも支えるって言ったその口で、自分のことは見捨てて構わないなんて、それは聞き捨てならない。
「ああ、えっと、僕は体力が限界に近づくと自動で現実の本体に戻る設定にしてあるから、そういう時は囮にして逃げてくれてかまわないんだ。なにしろ僕、本当に体力ないからね」
へら、と笑う顔に力が抜けた。
なにそのチート設定。
「イザムが本体に戻るかどうかは別としても、仲間を見捨てて逃げるって、わたしそんな手段で生き延びたくないんですけど」
「アイリーンはあいかわらず正義感に溢れすぎ。そう言うと思ったから先に言ったんだ。心置きなく逃げてよね。ちなみにこれ、支援ジョブ特有の高位魔法だからアイリーンには使えない。危ないときは自力で何とかしてください」
あきれたような笑い付きで自力解決をお願いされた。
「何それ、ずるくない? わたしにできてイザムにできないなんかすごいこと、ないの?」
「あるかもしれないけど、僕にはわからないよ。頑張って究極のアビリティまで到達してみたら? 僕はほぼ毎日ここに通って今のレベルになるまで二年かかった。ちなみにもうすぐ三年になる」
毎日で二年!? 無理無理。
わたしの心の声が聞こえたらしく、イザムがにっこり笑う。
「ほら、あそこが始まりの村だ。僕が最初に異世界に来た時にお世話になったところだよ」
杖で行く先を指し示す。いつの間にか小道の隣には小川が流れていて、流れの先に集落が見えていた。