59. アルフレッド様の想い人
ヴェッラさんの相手は引き続き第一王子様だった。
二人とも笑顔を絶やさないし、楽しそうで、王様と王妃様もにこやかに話しながらそれを見ている。
一番最初にアルフレッド様がわたしに近づこうとした時のように、今回は第一王子様を彼女に近づけたいらしい――本当はわたしの時と同様にアルフレッド様の方を近づけたかったのかもしれない(アルフレッド様自身、将来の王妃になるよりも自分の方が身分的に気楽だから、選ぶなら自分の方がいいとも言っていたしね)。
だけど、イザムの不興を買っていて、いつゲーロにされるかもわからず、大魔導士の下に隷属させる可能性も(イザムは断ったって言ったけど)あったアルフレッド様を彼女の相手に考えることはできなかった、そんなところか。
なんだかなぁって思うけど、その辺りは王室故の事情なのかもしれない。
イザムは違うって言っていたけど、やっぱり王子様ってこの世界では結婚相手に困る職業なのだろうか。
アルフレッド様自身がお相手に訪問者を望んでいて、ヴェッラさんとおつきあいしたいと思っているなら、申し訳なかったと思うところだけど、アルフレッド様は第一王子とヴェッラさんのことなど少しも気にしていないように見えた。
それにやっぱり他に好きな人がいるって認めたからには、アルフレッド様にはそちらの方を頑張って欲しいと思う。
そんなわけで残りのペアがわたしとアルフレッド様。正しく言わせてもらえば、ヴェッラさんの席はちょうどアルフレッド様と第一王子様の中間点にあるので、アルフレッド様だって彼女に話しかけようと思えばできるんだけど、この状態でそうされるとわたしが一人になる。
必然的にアルフレッド様がわたしと話すことになるのだけれど、それを望まないイザムがローゼリーア様を投入したので、ここだけはペアじゃなくて三人だ。
王子様にはいろいろ押し付けた感じで申し訳ないけれど、初めて会う者同士ではない分、気心が知れているのは助かるし、話しやすい。
それにお料理も美味しくて、かなり楽しめた。
違う世界から来ているという理由から、多少のことではマナー違反にはならない、とイザムには言われているけれど、シュヴァルツさんに頼んで引き続き特訓してもらったおかげで、こちらのマナーもほぼ覚えた。
テーブルマナーでの緊張があまりないだけでも心持ちが随分違って、安心して参加できる。やっといてよかった。
正式な晩餐では使用人が参加する人たち全員それぞれに皿に盛りつけられた料理を運んでくるし、きちんと晩餐用の部屋を使うそうだ。
今回は会場が広間である上に略式で、料理の大皿が載ったワゴンを押した使用人がテーブルの間を歩き回り、わたしたちは食べたいと思うものを取り分けてもらう形になっている。
こんな略式の食事会の場合の指示の出し方、断り方、そんなところまでしっかり教えておいてくれたシュヴァルツさんに感謝だ。
そのあたりはわたしだけじゃなくて、隣にいるヴェッラさんもわたしの真似ができて助かっているみたいだった。
目の中に感謝をこめた笑顔を向けてくれたところから、やっぱりいい人だと推測する。
笑顔を返せば、『王子様と食事なんて現実では絶対ないもんね』、っていうお互いの心の声が聞こえた気がした。歳も近いのかもしれない。
わたしたち三人の話題は、さっき見せてもらった二人の踊りや演奏と、王室の人たちにも馴染みのある踊りや音楽、楽器の違いについてや、テーブルの上の料理の材料や調理方法、お互いの食べ物の好みやこれまでに食べたことのある料理や食材、珍しい料理についてなどで、話題が2Dに偏り過ぎている隣の男子たちや、なんとなくだけどロマンチックな雰囲気のある反対側に比べると、実に健全――。
ドラゴンが淡白で美味しいらしいって話をした時以外は、話も弾んだ。
アルフレッド様とローゼリーア様がそれを聞いて顔を見合わせ、ゆっくりとイザムに驚愕の目を向けた。その動きがぴったりシンクロしていて、ふふふと笑っていると、ローゼリーア様がそっと席を立ってわたしの隣まで来た。
眉を寄せて小声で言う。
「おねえさま、まどうし様とのけっこんはおやめになった方がいいかもしれません。そのうちおさらにのせられてお食事にされてしまいます」
と、心配そうな声。なんてかわいらしい。
「大丈夫ですよ。夕ご飯にするつもりならもうとっくにされていますから」
笑って返せば、ローゼリーア様はタイガさんと話し込んでいるイザムをじっと見つめる。
「お顔にだまされてはいけないのですって。どんなにすてきに見えても、男のかたには『ほんしょう』というものがあるのだと、まどうし様があのけんし様をゲーロになさったあとでお母さまにおしえていただきました。
おねえさまもじゅうぶんお気をつけになってくださいね」
至極真面目な顔で忠告されてしまった。
隣でアルフレッド様が酷くショックを受けた顔をしている。
もうかわいいやらおかしいやらで吹きださずにいるのが大変で、テーブルの隅をつかんでプルプル震えてしまう。
反対隣に座っていたイザムが気付いてびっくりして、「アイリーン? なにか変な物でも食べたのか?」なんて聞くから、変な物を食べたのはイザムの方だと思ったらまたおかしくなって、咳払いをして無理やり笑いをごまかした。
食材について話していたのだとアルフレッド様が説明してくれたんだけど、その「食材」の意味には自分も含まれているのか、なんて考えてしまう。
入っていないといいな……。
危険はないと判断したらしく、男子たちがまたマニアックな会話に戻ると、アルフレッド様が「図書室にこれまでにこの世界を訪れた訪問者のレシピ本があるはずですよ」と教えてくれた。
目新しい食材に出会った冒険者たちの奮闘の記録は面白そうで、後で見せて欲しいと頼むと快諾してくれた。
図書室で思い出したので、ローゼリーア様に今日図書室で見た童話の話をして、勝手に見せてもらったことを謝ると、自分が読んでもらったときに感じたことを教えてくれた。ローゼリーア様は文字を習い始めたところらしい。
「すこしならよめるようになってきたのですが、まだまだむずかしいです」
小さくため息を吐いた。そんな様子もかわいらしい。
わたしの方も、音としては読めるけれど、それが何なのかがわからない言葉があって難しかった、と話すと、言葉の意味なら教えてあげるので、代わりに読み方を教わりたいから食事の後で図書室に行かないかと誘われた。
行きたいけれど、イザムの目の届かないところに行くのは難しい。
どう返事をしたものかと思っていると、「今日はもうベッドに行く時間になるから無理だよ」とアルフレッド様が代わりに断ってくれた。途端に悲しそうな顔になった妹を見て、「また今度遊びに来てもらったらいい。できるだけ近いうちに来てくれるように魔導士様に頼んでおこう」と、とりなす。
それを聞いたローゼリーア様は慌てて止めた。
「おにいさまはまどうし様にちかづいてはいけません。ゲーロにされてしまったらこまります」
かなり真剣に心配している。
「ゲーロになったら戻してくれるんだろう?」
そう言うアルフレッド様が、珍しく少し意地悪な顔になった。
「そうですけれど……なってしまったらもどしてさしあげますけれど……ゲーロにはならないでいただいたほうがいいのです。だからダメです」
そりゃあそうだろう。カエルにキスしたいわけがない。
必死に訴える妹を愛しそうに見つめている王子様……なんだろう、そのバックに心底嬉しそうな顔が見えるな。……ん? あれ?
はっとした。
『僕は女性を苛めるのが好きですから』そう言われたことを思い出す。
『恐怖や快感に身を震わせるのを見るのはこの上ない喜び』『いい表情ですね』『意識がはっきりしている方がずっと楽しい』脳裏によみがえる言葉たち。確かにそう言われた。
それに、わたしが自分から「殴るか蹴るかして欲しい」と訴えた時の何とも複雑な表情。「残念。耐えなくてもいいのに」口ではそう言いつつ見せた、嬉しそうな顔。
あれって。
その興味が真っ先に向かう先は、弱冠五歳の、しかも妹!? 変態って、Sなだけじゃなくて幼女趣味、しかも血縁者……ってこと?
それなら王様が異世界からやって来た得体のしれない娘の相手としてお勧めする――というか熨斗をつけて贈りたいと考えるのは当然だ。
そしていくらわたしに変人耐性があると言っても、それはさすがに無理。
暴力を振るうような人には見えないけど……愕然としながら顔の表面だけを取り繕って、目の前で一見微笑ましいやり取りを繰り広げる二人を見つめる。
これは、ローゼリーア様を引き離した方がいいのだろうか? と思いながらそっとあたりをうかがえば、二人を見ているのがわたしだけではないことに気がついた。
顔ではなんということのない穏やかな表情を見せながら、テーブルの上で固く結ばれた王様の拳。そして王妃様はといえば、少しだけ悲しそうに眉を寄せている。
困っている、というよりは哀れんでいるような表情を不思議に思っていると、王妃様はわたしの視線に気づいて、小さな微笑みの陰に哀しみを追いやった。そして小さく手を振って従僕に指示を出す。やがて音楽が変わった。
食事を終えていた人たちが立ち上がって踊り始めると、王妃様はローゼリーア様にもうすぐ寝る時間なのだからきちんと食事をとるようにと言った。
王女様がおとなしく従う。
邪魔をしてしまっただろうか――うむむ。
「――お食事が済んでいるなら、ダンスに誘っても? 次は踊ってくださいと言いましたよね」
テーブルの上で驚きに止まっていたわたしの手を、立ち上がったアルフレッド様の手が突然つかんだ。
いつの間にか手袋をしているところを見ると、食事は終えたらしい。
わたしの食欲などはどこかにすっ飛んでいたので、食事は済んでいたのだけれど――こんなふうにいきなり手を取られたことに驚いた。
その場にいたくないかのように――アルフレッド様が振りかえりもせずに歩きだす。




