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58. 宴、後半

 残りの短い休憩の間も、イザムはグラスの中身をグレープジュースに変えてくれたり、色だけを変えてみせたりして、わたしたちと小さな王女様を楽しませてくれた。


 普段なら積極的に人と関わろうとすることがほとんどないのに。これは前回剣士のゲーロで怖がらせたお詫びだろうか。


 やがて貴族たちが席に戻り、王女様も王妃様の隣の席に戻って、最後に第一王子様と王様も席に着いた。続きの演目を始める前にまた髭のお偉いさんが出てきて、二人の名前を、男性の方が「タイガ」で女性の方は「ヴェッラ」だと紹介した。


「少なくとも女の子の方は本名じゃないね……」

「そうだな」


 二人を見たまま小声で話していると、ス〇フキン君――じゃない、タイガさん、がこっちを向いた。やっぱりかわいい顔をしているな、と思った途端にイザムに手を握られて、とりあえず目が合わないように視線はそらす。別に何かしようとしている感じはなかったけど。


 タイガさんが小さくお辞儀をして、イザムも小さくお辞儀を返したのがわかった。わたしもそれに倣う。ヴェッラさんもそれに気づいて、微笑みを浮かべて頭を下げたけれど、その視線はすぐに移動した――第一王子様の方に。


 脈ありなのだろうか。


 続いて始まった後半も、とても素敵だった――素敵だなんて言葉では全く追いつかないけれど。そして選曲がすごく親しみやすかった――心に沁みとおるような音色で奏でられる曲はジブ〇のメドレー。陶然として聞き入りたいところだったけど、ヴェッラさんの踊りがまた素敵で、指先まで美しくて目を離せない、耳も目も幸せいっぱいだ。


 ……だけど、うっとりしていられたのは前半だけだった。曲のスピードがどんどん速くなっていき、踊りも激しさを増して、このままどこまで行ってしまうのかと思い始めたころ、これ大丈夫なのっていうスピードのボカロに突入した――隣のイザムのテンションがガンガン上がっていくのが感じられる。


 ――大丈夫かな、これ? そう思いながらそーっと隣を窺えば。一心不乱に踊りを見つめ、指先がリズムを取っている。あ~、これ、語りたいモード突入中。

 でも絶対わたしじゃ相手にならない。現実に帰ってから、同好会の皆さんと語ってもらうしかない。


 そっとため息を吐いて視線を踊りに戻した。

 わたしにはチャームに気をつけろってあれだけ言ったくせに、自分はしっかり夢中っていうのはどうなのか。せっかくだし、わたしもちゃんと集中してもいいかなあ……。


 信じられないほど速いヴェッラさんのステップ。軸のぶれないターンとわざと崩したターンの危うさ。その合間合間にちらりちらりと注ぐ視線に、その都度どきりとさせられる。


 ……こんな速度の曲、サックスで吹けるのか、と感心する。ところどころ指の動きが見えないくらい早い。捻り上げるような音やかすれた音、息を吹き込む一瞬の空白と揺れる身体。二人ともすごく……はあ……かっこいい。


 雪崩のように終演を迎えた直後、二人が頽れるようにその場に膝をついたのは何の不思議もないことだった。


 大きく肩で息を吐いている二人に駆け寄った人物は二人――ヴェッラさんには、第一王子が。そしてタイガさんに、イザムが。


 踊り子さんを優しく助け起こして席の方にエスコートしようとする王子様。


 イザムの方はと言えば、膝をついたままのタイガさんに何か凄い勢いで話し始めてから、相手が息も絶え絶えな状態でいることに気がついて、その場で体力を回復させる魔術を使った。


 白い光がぱっと輝いてから数秒間、何が起こったのか全く分からないという顔をして、自分と周囲とイザムを見ていたタイガさんは、やおら立ち上がって、ヴェッラさんの方に手を伸ばそうとしたけれど、ヴェッラさんを支えて席に向かおうとしている王子様と、微笑みを返しているヴェッラさんを見てその手を引っ込めた。


 イザムがタイガさんに何か言うと、小さく首を横に振って少しだけ俯いた。


 並んで王様の前に進み出る第一王子とヴェッラさんはともかく、その後ろに続く男子二人という組み合わせに、ちょっと、いや、だいぶやっちゃった感があるな~と思っていたら、そう感じたのはわたしだけではなかったようで。


「魔導士様は男性も好まれるわけではないですよね?」


 わたしだけに聞こえるように少しだけ体を寄せて、右側からアルフレッド様が囁いた。

 その顔がわずかにひきつっている。


 ……スミマセン。でもそれは誤解です。


「今のところそのようなお話は聞いておりません」


 小声でささやき返しているところに、タイガさんを王様の前に残したイザムが戻ってきて、わたしたちを見て眉を寄せた。


「近い。離れろ」


 不機嫌な顔で、「まったく、ほんのちょっと目を離したと思ったらこうだ……」って呟いてるけど、原因はイザムだ。まったく、って言いたいのはこっちだ。


 演者の二人は王様の前でもう一度礼を取り、王様がねぎらいの言葉をかけると、広間はまた一気に喧騒の渦に包まれた。


 皆が立ち上がり、称賛の言葉が振りそそぐ中、椅子の配置が修正され、食事――といっても広間でそのまま食べるので正式な晩餐ではないのだけれど――のセッティングがされた。


 さっきまでは踊りを見るために円卓の片側に寄るように座っていたけれど、均等な間隔でテーブルを囲む。

 アルフレッド様が席の割り振りについて短く確認してくれた。


 王室ではヴェッラさんを王子様sの近くに座らせる配置にしたいらしい。

 王室のテーブルの近くにヴェッラさんを、その左隣にタイガさんを座らせたいそうだ。

 その場合わたしとイザムは男女男女の並びになるように座るのが普通だけれど、さっきの様子から見る限り、イザムの方がタイガさんと話したがっているようだし、同性同士の方が話しやすいこともあるだろうから、男男、女女の並びの方がいいか、そうするとさっきと同じようにわたしとアルフレッド様の席が近くなる。だから前もってそれでいいかと確認したかったらしい。


 いいかもなにも、通常なら席の位置までそんなに細かく配慮してもらえないんじゃないかと思うし、わたしはアニメやボカロについては語る内容をほぼ持ち合わせていないので願ったりかなったりだ――けれど、イザムは一つ条件を出した。


「あの妹をお前の隣に座らせておくこと」


 さっきは楽しかったし、わたしに異論はないけれど、イザムが口にするには意外な条件だった。


 アルフレッド様は即座に了承したけれど、その条件を聞いたほんの一瞬の間、王子様が目を見開いて苦い笑みを浮かべたことに、わたしは気がついた。

 イザムがその表情を見逃さなかったことにも。


 王族の円テーブルは、時計回りに王様、第一王子様、アルフレッド様、ローゼリーア様、王妃様と並ぶように調整され、その左側にあるわたしたちの小ぶりの円テーブルでは、イザムから順にわたし、ヴェッラさん、タイガさんと並び、位置関係はヴェッラさんの席の近くに第一王子様とアルフレッド様の席で、イザムの席から一番遠くに王様と王妃様の席となった。


 席の準備が整うと、第一王子様にエスコートされたヴェッラさんと、その後ろからさほど離れずにタイガさんがやって来て、王子様がわたしたちを引き合わせてくれた。


 イザムのことは、一年ほど前からこの国にいる力のある魔導士、わたしのことは、イザムの師匠で非常に力のある魔導士の孫で、イザムの婚約者であると紹介した。


 ヴェッラさんは「先月この世界に来たばかりなので勝手がわからないから、ぜひいろいろ教えて欲しい」とにこやかに言い、タイガさんも「自分たちのように外から来た人に会えて嬉しい」と飾らない言葉で喜んでくれた。


 演じているときの鬼気迫るような迫力はすっかり消え去っていて、どちらもいい人っぽくてほっとした。


 皆が席に着くとそれぞれのグラスに飲み物が満たされた。

 今回はアルフレッド様が指示を出しておいてくれたらしく、わたしたちのテーブルにはアルコールの入らない透明な炭酸のジュースと白く濁った果物のジュースの入ったガラスのピッチャーを持った給仕がやって来て、どちらがいいかと聞いてくれた。


 王様が再び乾杯の祈りを捧げ、その後は食べ物が運ばれ、楽隊が奏でる穏やかな音楽も流れ出し、人々のおしゃべりで賑やかな時間になった。


 いろいろ聞きたいことや話したいことはあれど、この場で聞いてもいいのか、話してもいいのかといった問題もある。

 とりあえず控え目にしておいた方がいいのかな、と思ったのに、イザムはその辺は全部すっ飛ばした。タイガさんとボカロの話や、映画やアニメの主題歌の話がしたいらしく、アレンジするときに難しいのはどんなところだとか、楽器はいつから弾いているのかとか、他の楽器も弾けるのか、歌は歌えるか、普段は何を聞いているのかといったわりと普通の質問が始まって、次第にアニメは好きか、漫画の方がいいのか、小説か、その場合曲にも思い入れができるか、押しのキャラがいるのか、それはどの程度かなど、次から次へと遠慮もへったくれもない――ついでに警戒心もまったくないといった勢いで話していく。

 最初は困っていた感じのタイガさんが、次第に緊張を解いて話し出すと、どんどん二人で盛り上がり、周りが会話に入る余裕はゼロだ。


 呆気に取られているヴェッラさんに小声で謝ると、「同類……ですね」と苦笑された。

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