表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/313

57. アルフレッドとローゼリーア

 広間に戻ってみると、新しい訪問者たちのまわりには大きな人垣ができていて賑やかだった。王族の席に第一王子様の姿がない所を見ると人垣の中にいるのだろう。


 彼らの相手は第一王子様に任せているらしいアルフレッド様の席の隣にはローゼリーア様の姿があり、仲良く話をしている様子が微笑ましい――ときおり人垣の方を気にしながら何か一生懸命に話しかけるローゼリーア様に身体ごと向き合って、頷きながら話しているアルフレッド様の表情が少し沈んでいるように見えることを覗けば、だけど。


 もしかしてアルフレッド様も踊り子さんの方に行きたいのかな。


 わたしたちが戻ってきたことに気がつくと、アルフレッド様は即座に表情を切り替えてにこやかな笑みを浮かべた。


「お話は終わったようですね――お役に立てたならよかった」


 イザムが小さく頷いて、近づいてきた給仕からまたグラスを二つ受け取る。

 中身を消し去ってさっきみたいにピンク色の液体で満たすと、それを見た王女様が目を丸くした。


 アルフレッド様とグラスを交互に見つめる様子がとてもかわいらしい。


 イザムが突然くくっと笑った。


 その偽物じゃない笑いに驚いたのはわたしだけじゃなくて、隣のアルフレッド様も驚いた顔をしている。わたしたちの様子に気がついたイザムが、笑いを引っ込めた。


「さっきのアイリーンと同じ反応だったから、おかしくて」


 そっぽを向いて説明した。


「中身は何ですか? とてもいい香りがしますね」


 アルフレッド様が話題をそらしてくれた。


「果物のジュースです。わたしたち、アルコールは飲まないので。よかったら、お試しになりますか――あ、ダメなのかな。イザム、これってお勧めしても大丈夫?」


 横を向いたままでイザムが肩をすくめた。

 お好きにどうぞってことか。


「ありがとうございます。こんな機会はめったにないのでいただきます」


 毒味とかしなくてもいいのか、と聞く間もなく、アルフレッド様が一つのグラスを手に取って口もとに運んだ。イザムが止めなかったから、たぶん大丈夫だと思うけど。


 一口飲んで目を見開く。


「とても甘いですね。それに香り高い」

「大人の男性には甘すぎませんでしたか」


 そう聞けば、少しだけ眉を寄せた。


「確かにこれはどちらかと言えばローゼリーア向けかもしれませんね。けれど、異世界の物に触れる機会はめったにありませんし、食べ物や飲み物はなかなか入ってきませんからとてもいい経験になります。果物のジュース、とおっしゃいましたが、魔導士様はあちらから植物をもたらすことがおできになるのですか?」


 質問されたイザムが少しだけ首を傾げた。


「どうかな……試したことがない。むこうの植物についてはむこうで調べればいいと思ってたし。いや、持ち込むのはたぶん難しいんじゃないかな。枯れているならともかく、生きたままは……いや、種だけならもしかして……いやでもそれも生か……でも種は内部構造がわからないからな……同種の種を分解しても別個体である種の内部までを理解したとは言えないし……そもそも異世界に植物を持ち込もうって考えは自然破壊にならないのか……それにかけ合わせたとして何が起こるかわからないし……しかし向こうから農業を志す人間が来たとしたら同系列の動植物が存在する可能性もあるか……いや、既にあるのか? 確か前にそんな話を……」


 あ~、狂・科学者モードに入っちゃった。


 ブツブツ呟き続ける様子にアルフレッド様が呆気に取られてる。


「すみません。こうなると夢中ですから、しばらくは何も聞こえないかと」


 苦笑して謝れば、王子様は快く笑顔をみせて首を横に振った。


「ローゼリーア、飲んでみるかい? とても美味しいよ」


 さっきのグラスを渡された王女様が一口飲んで、また目を丸くしてアルフレッド様を見つめた。


 すごくかわいい。


 その様子にアルフレッド様の目元がやわらかくなった。

 この小さい妹をすごく大事にしてるんだな、って思う。


 王女様から顔を上げたアルフレッド様が、まだなにか呟き続けているイザムに目をやった。


「あなたが隣にいてもこんな感じなのですか?」

「はい。何か知りたいことがある時は昔からこうです――ご存知だったのでは?」


 夫となる人の性癖が気にならないのか、と聞かれた覚えがある。


「いえ。魔導士様のことは殆ど存じ上げておりませんよ?」


 不思議そうに聞かれた。


 あれ?


「以前、夫となる人の性癖について気にしないのかと――そうお聞きになりませんでしたか? すみません、てっきりご存知だとばかり」

「ああ、あれは――」


 小声で確認してみたら王子様が言い淀んだ。目が泳いでいる。


 ちらりとイザムの方を見やって口もとを押え、王女様に聞こえないように小声で言った。


「すみません。あの時は人より動物を好むのかと邪推いたしました。どうかあのことはこの場限りお忘れください。こんな命でも惜しいですから。大変失礼いたしました」


 ああ、この人は最初からフェストとマーメが魔物だって、わかっていたんだ。


 だから勘違いしたのか。


「興味の対象が動物植物でも、夢中になればあの通りですから大差ないかと。植物に限らず、セッシャでもココスでも動くものは何でもとりあえず切断してばらばらにしますから始末に負えません。

 わたしの標本ができあがっていないのが自分で不思議なくらいです」


 首を振って正直な感想を言えば、王子様が、「まさか、そんな」と、笑って、わたしの表情を見て笑みを消した。「まさか、そんな……」と、もう一度呟いた言葉の響きがさっきとは違う。


 それからそっと王女様の方をむいて、「ローゼリーア、そろそろ御母上のところに戻った方がいいのではないか?」 と、王女様に席の移動を勧めた。


 あからさまに心配する様子が微笑ましくて頬が緩む。


「大丈夫ですよ。解剖したいと思っていたら王女様などあっという間に連れ帰っています。困ったことに、止めることのできる人などいないのですから」


 まったく、困ったものだ。


 だけど、やめさせることなんてできないってわたしは知ってる。


 いつから表立ってやらなくなったのかはわからないけれど、生き物を分解するのはものごころついたころからの、どうしてもやめられない趣味だ。無理やりやめさせたらきっと壊れてしまうに違いない。

 イザムの屋敷の開かない三階の扉たちのことをちら、と思う。

 ここでやることであっちでやらずに済んでいるのなら、歓迎するべきことかもしれない。

 だからわたしは止めないし、それでいいと思ってる。


「大魔導士様は、止めないのですか? 師匠なのに?」


 王子様が不思議そうに聞いた。


「……止めないでょう。彼自身が歩んできた道ですから」

「では、あなたは?」


 その質問におもわず笑った。まだぶつぶつと呟きながら考え事を続けるイザムを見てから首を振る。


 止めるなんてありえない。


「わたしも、止めません。彼が歩んでいく道ですから」


 そこははっきり肯定する。でも、一言追加させてもらう。


「ですから、あまり危険なことはなさらないでくださいね。とりなすにも限界はあります。無茶を重ねてはあっという間にゲーロですよ? ゲーロだけならともかく、あとで生きたままバラバラにされかねませんから」

「私が変身させられたら、元に戻してくださいね」


 結構真剣に忠告したのに、軽い調子で王子様が言う。


 まったく、この人は。


「そんなつもりもないのにそういうことを言うから危険なんです。それに戻そうなんて、そんなことをしたらゲーロどころかあっという間にメギマです。

 わたしはどちらも苦手ですから、謹んで遠慮させていただきます」


 笑いながら話していると、ローゼリーア様が空になったグラスをテーブルに置いて、


「おにいさまがゲーロになったら、わたくしがもどしてさしあげます」


 と、真面目な顔で言った。


「ありがとう、ローゼリーア。それなら私は大丈夫だね」


 アルフレッド様の声も目もとても優しい。


 わたしも妹が欲しかったな。


 弟妹のいる子たちは『一人っ子の方がいいよ』って言うけど、つい思ってしまう。

 弟のようでいて兄のようでもあるイザムがいなかったら、本当に寂しい子ども時代だったんじゃないかと思う。一人っ子が嫌だったわけじゃないけど、妹、欲しかったよ~。


「アイリーン? どうした?」


 過去を思い返していたら、急にイザムの声が思考に入ってきた。

 声のした方を向けば少し眉を寄せたしかめ面。


「え、あ、ごめん。ローゼリーア様がすごくかわいくて、妹もかわいいなって思ってぼーっとしてた」


 首を振って思考を呼び戻す。しまった。今わたし、素に戻ってた。


「ああ、そっか……それでそんな顔してたのか」


 そんな顔って言われたけど、ほっとしたような、悲しいような、なんだかよくわからない表情をしているのはイザムの方だ。


「ローゼリーア様が、アルフレッド様がゲーロになったら戻してあげるなんてかわいらしいことを言うから。わたしだったら、そんなこと言われたらもう嬉しくって舞い上がっちゃう。こっちのジュースもあげちゃっていい?」


 イザムが頷いたのでよそ行きの喋り方に戻す。


「よかったら、こちらもどうぞ?」


 もう一つのグラスも差し出すと、アルフレッド様が笑いながら感謝の言葉を口にして、受け取ってから王女様に渡してくれた。


 そしたら、「どうもありがとう、おねえさま」ってお礼の言葉と一緒におねえさま呼びしてくれた。


 こんなかわいい子に「おねえさま」って、きゃー。

 かわいいし嬉しい。

 どうにも止めようがなく、にやけてしまう。


 内心の悶えを外に出さないように堪えていたら、イザムが眉を片方上げた。


「アイリーンがゲーロになったら僕が戻してあげるけど? 僕にも何かくれる?」


 期待のこもった目で見られてテンションがガタガタと下がった。


「まず、ローゼリーア様とかわいらしさを競えると思わない方がいいよ。そして、それ以前にわたしをゲーロにしないで」


 そんなやり取りにアルフレッド様が笑い、ローゼリーア様も嬉しそうな顔になった。イザムも珍しく、「かわいらしさじゃ、君には敵わないな。それにお兄さんをゲーロにしても、すぐもとに戻されちゃうんじゃお手上げだ」と、笑みを浮かべて両手を挙げてみせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ