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55. わたしたちの宴の始まり

「……心臓発作であの世行きって? ちょこっと怖い思いをするだけだって言わなかった?」


 そんな恐ろしい物をつけさせられてるなんて聞いてないよ。


「大丈夫。今のはちょっと大げさに言っただけ。普通の人は心臓発作になんかならない。ちょっと毎晩怖い夢を見るとか、しばらくは得体のしれない気配に悩まされるとか、その程度」


 慌てて言い直してるけど、その前に小さく「あ、やべ」って言ったの、聞こえたよ。


 疑いの目つきで睨む。


「そういえばあいつ、チャームにかかりたいようなことを言ってたな」


 話をそらされた。


 だけどそれはわたしも気になったところだし、このおっかないアクセサリーは外してもらえそうなので、とりあえず話に乗る。


「『かかれるならかかった方がいい』って言ってたよね。女の子の方がすごく美人だったとか? でも王子様、他に好きな人がいるって言ってたのに」


 眉を寄せて訝しんでいると、イザムがにやりと悪い顔をした。


「前回恐ろしい魔導士の怒りも買ったことだし、想い人に完膚なきまでに振られでもしたかな」

「まさか」


 とてもそんなふうには思えない。


「なんだよ。その『まさか』ってのは」

「吹っ切れてる感じじゃなかったから。あの様子ならまだうじうじ悩んでるんじゃないの? それにアルフレッド様ってなんだかんだ言ってても、振られてないんじゃないかなって気がするんだよね。

 まあ、相手が誰なのかはわからないから確かじゃないけど。……それにもう一つ」

「なんだよ?」

「あの人たぶん、冷酷非道の魔導士様が本当はいいやつだってわかってるよ」


 きっとそうだと思う。さっきアクセサリーのことを頼みに来た時も、多少緊張はしていただろうとは思うけど、ちゃんと話を聞いてもらえる、ってわかっていたと思う。


 そう思うとなんだか嬉しくてニコニコしていたら、隣の魔導士が不機嫌になっていた。

 ふと横を見たら顔が怖い。


「……なんで不機嫌?」


 眉を寄せて聞けば、


「あいつが来て、そんなに嬉しかったのかと思って……それにあいつに対する『わかってる感』が腹立つ」


 って、むすっとした顔に思わず笑ってしまった。


「何で笑うんだよ?」


 文句を言われてまたおかしくなったけど、息を吸い直して答えた。


「イザムがいいやつだってわかってくれる人ができたんだよ? もちろん嬉しいに決まってるじゃん。

 イザムとしては怖がられていた方がよかったのかもしれないけど、それだけじゃない、ってちゃんとわかってくれる人ができたのはすごく嬉しい。イザムだってそうでしょ? 例えば、わたしのこと嫌な奴だって思ってる人がいて――」


 さっと気色ばんだイザムに『違うよ』って手を振って続けた。


「例えば、だよ。そういう人が、『あいつ本当はいいやつなんだな』って思ってくれたら、嬉しくない? わたしは嬉しい」


 笑顔で言いきれば、イザムの眦も優しくなった。

 でしょ?


 仲良く広間に着くと、さっき挨拶した時とは違って真ん中が広く開けてあって、通路となる一カ所を避けてぐるりと円テーブルが空間を囲み、テーブルのまわりにも間を埋めるように椅子が並んでいた。

 中央に置かれた大きめの王族用のテーブル席の左隣に、それより少し小さいわたしたちのテーブル席が設けてある。居並ぶ貴族の人たちを退けてここに座らせるなんて、かなり高待遇だ。


 王様と第一王子様の席は空いていたけれど、王妃様とローゼリーア王女様、アルフレッド様は既に席に着いていて、他のテーブルや椅子もあらかた埋まっていた。


 ちなみにわたしたちから一番近いところにアルフレッド様の席があった。王族の中では一番わたしたちに慣れているということもあるだろうけれど、やっぱり信頼関係が築けているということでもあると思う――たぶん。


 そしてわたしたちのテーブルに空いた椅子が二つあるのは、後で吟遊詩人と踊り子だという二人が座るためだろう。


 ちょっと考えてから、イザムはわたしをアルフレッド様の右に位置する席に座らせた。

 わたしと王子様の間に入ろうとするだろうと思っていたので驚いたら、そう思ったのはわたしだけではなかったみたいで、王子様の顔にも一瞬驚いた表情が浮かんだ――けれど、即座に消えた。


 さすがに王子様だけあって表情を取り繕うのも早いな。

 

 席に着いたわたしの耳と首からイザムが耳飾りと首飾りを外して何処かへと消し去り、代わりに何処からともなく魔石のラインストーンを取り出して髪に挿す。


 見せつけるようにゆっくりと、さっきまでとは違う耳飾りをつけなおすイザムに、アルフレッド様が小さく感謝の言葉を口にした。

 二つ席を空けた奥の席に座っていた王妃様も微笑んでゆっくりと頷いて、わたしたちからは一番遠くの席に座った王女様に何か話しかけ、王女様も頷いた。


 広間の人たちも一様にその顔に安堵の表情を浮かべる。胸を押さえてほっと溜息をついているご婦人もいる。


 イザムはそんな周囲の様子にご満悦で、上機嫌でわたしの左の席に腰を下ろしたけれど、あのドラゴンの鱗にいったいどれだけ恐ろしい魔術が付加されていたのかが、かなり気になる。


 じきにその場にいた全員が着席し、その後で王様が中央の席にやって来た。


 第一王子様はいないまま、王様がその場に立ち上がると、広間が静まり返った。

 大臣なのか宰相なのかわからないけれど、ふさふさと顎髭を蓄えた裕福そうな男性が進み出て、皆にこれから異界からの客人を広間に招くこと、その二人が歌と踊りを披露することを告げ、その後は各々存分に食事や歓談を楽しむようにと言葉を加えて退席した。


 その言葉を聞いて、王様がゆっくりと頷く。


 飲み物の入ったグラスを乗せたトレーを持って、お仕着せを身に着けた給仕たちがテーブルの間を歩きまわり、フルートグラスによく似た細いグラスを渡していく。


 中身は……うっすらと黄色く泡立っていて、王女様が手を出さなかったことからしてもこれはアルコールじゃないかと思う。

 

 うむむ、と思いながら給仕たちを見ていると、イザムがすいと手を伸ばして二つ受け取り、一度テーブルに置いた。


「イッツ・ショー・ターイム♪」


 囁く楽しそうな声が聞こえて、グラスの表面にふわりと手がかかる。一瞬で中身が消え、もう一度ふわりと手が動くと、空の空間はどちらもピンクがかった炭酸の液体で満たされていた。


 おお~、と思いながらテーブルの下で小さく拍手の真似をすれば、片目をつむって一つを渡してくれた。


「また今度やって」


 小声で頼んでみる。


「こんなのでよかったらいくらでも」


 笑顔で言ってくれた。


 言われてみれば、大魔導士なんだからマジックなんて朝飯前なのかもしれないけど、地面がぐらついて耳が聞こえなくなるような雷を落とされたり、人が目の前でカエルに変わったりするよりずっと楽しいし、嬉しい。


 皆にグラスがいきわたるのを確認して、王様が静かにグラスを掲げ、目を閉じた。

 皆も同じようにグラスを掲げたので、わたしたちも同じように掲げる。ここでの乾杯は王様が皆の視線を受けながら静かに春の訪れに感謝し、祈りを捧げる時間を持つらしい。


 なんだか厳粛な気持ちになった。


 やがて王様は目を開いて、一同をぐるりと見回した。

 微笑みを浮かべてゆっくりとグラスに口をつける動きを真似て皆も一斉にグラスを口もとに運べば、誰からともなく祝いの言葉や喜びの声がわきあがる。


 イザムがグラスに満たしたのが、泡の弾ける桃の果汁だと気がついて、また嬉しくなった。


 小学生の頃、遊んでいるわたしたちにおばさんがいつもコップに半分こして注いでくれた桃の炭酸飲料水のことを思い出す。隣に目を向ければ、同じことを考えているのか優しい顔で、わたしは声に出さずに「ありがとう」と口だけ動かした。


 人々の喜びの中、第一王子様が開いた通路を抜けて中央に歩いてきた。後ろに碧のとんがり帽子をかぶった男性と、裾を引く真っ赤なヴェールを被った女性がついて来ているのがわかった。

 皆の視線がその二人に集中し、囁く声が交わされる。近くの人からは容姿がわかるらしく、「かわいらしい」「若い」「美しい」など、好意的なものばかりだ。


 自分が初めてここに来た時は緊張していて何もわからなかったけれど、あの時もこんなふうに好意的に見てもらえたのだろうか。

 中にはわたしとイザムの方へと控えめに視線を往復させて見比べている人たちもいた。

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