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53. 春の宴へ

 宴は夕方からで、初めて王城に行ったときと同じようにわたしたちは遅れて到着したけれど、今回はゲーロ効果のためかほとんど待たされることがなかったせいでほぼ時間通りに扉をくぐることになった。


「もっとゆっくり来るんだったかな?」


 笑っているイザムが、ちょっと悪い顔になっている。口調もやわらかいよそ行きだ。

 何か良からぬことができないかと考えているみたいだけど、三度目の正直ということで、何事もなく帰りたい。

 いつものように先に降りてから伸ばしてくれた手を握って、歩きながら小声で話しかけた。


「どんな人たちだろうね。もう来てるかな」

「時期も時期だったし、来て早々引き止められて王城に居候してるんじゃないか? 冬の旅はきついし、訪問者はもてはやされる時期だし。

 この呼び出しだって、僕たちに情報を与えるためっていうよりは、彼らがこの世界で過ごしやすいように僕たちから情報を与えて欲しいってことだろ。超低姿勢だったし」


 なるほど。あの文面にはそういう理由があったのか。ゲーロの後だからだとばかり思っていたら、紹介する体をとって実は頼みごとで、しかも呼びつけているせいもあったらしい。


「男女一人ずつってことは、わたしたちみたいに元の居場所が一緒なのかな。それともこっちに来てから出会った? 歳が近いってことは友達になれるかもしれないよね?」


 わたしにとってはあのゲーロ剣士に次いで二回目に出会う現実からの人間だ。

 あの人よりはきちんとした人たちだといいなって思うし、少なくともいきなりこっちの人を見下した態度をとったり、他人の身体に触ったりするようなタイプじゃないことを祈る。


「なんだかんだでアイリーンは前向きだよね。年齢は設定で変えられるからあてにならないよ――それから、仲良くなろうとするのはいいけど、ここでの僕が婚約者だってこと忘れないでよ?」


 そういえば、そういう設定だった。

 冬の間にすっかり忘れてたよ。危ない危ない。


 内心が顔に出たらしい。イザムが呆れ顔になった。


「アクセサリーのこともそうだけど、イザムは慎重だね。でも来たばっかりってことは現実の常識で動いてるんだし、大丈夫なんじゃない?」

「うちの使い魔が攻撃されるかも、って心配してたんじゃないの? どんな特性を設定して来てるかわからないんだから、僕たちだって警戒はするべきだよ。ここには危機感の薄い王子サマもいることだし」


 あくまでも警戒心は解くべきじゃないってことか。


「そんなに目の敵にしなくても、アルフレッド様、いい人だよ? 前にも言ったけど、わたしに対する恋心は最初からゼロだし」

「『既に想い人がありながら、さらに美しい娘を探した傲慢さ』に対して、王室は呪いをかける権利があると認めたんだよ。忘れた? 僕にはあいつをゲーロにする権利があると思わない?」


 曲解してるし。いや、最初に曲げたのは向こうの方か。


 ちょっと呆れて、首を振った。


 もう入り口まですぐだというのに、イザムが立ち止まってわたしの表情を窺うようにこっちを見た。


「何? 王子様のラブな相手が見つかるといいね?」


 そのままじっと見てる。なんだろう。


「何よ? なんで見てるの?」


 何かついているのか? そう思って自分の身体を見下ろしてみたけど、特におかしなところは見当たらない。


「いや、たいして嫌がらないな、って思ってただけ」


 イザムがちょっと拍子抜けした、というように肩をすくめる。


「何を? ゲーロ?」

「そう、あいつをゲーロにするって言ったらもうちょっと嫌がるかと思ったのに」

「やめた方がいいと思ってるよ?」

「……その程度なら、見逃すか」


 まだ張り合う気でいたのか。

 王子様には興味ないって言ったのに。


「そうそう、その程度その程度。行きましょうか? 恐怖の魔導士様?」

「仰せのままに、美しい婚約者様」


 おふざけで言った言葉に、すごく優しい顔でそう返して再び歩きだしたイザムは、なぜかずいぶん嬉しそうだ。


 すでに到着していた人たちの声がしていた広間が、わたしたちの登場で一気に静かになる。進行方向の人垣が割れるのは前と同じだけど、じろじろ見る人も小声で何か話す人もいない。


 なんか、アレだね。――これって、ゲーロのせいだよね。絶対。


 今回もわたしはイザムに手を引かれるまま、やや作った笑みを浮かべて、一番奥の一段高くなっているところに座っている人たちの所へ向かった。


 豪華な冠を記憶通りのたっぷりした黒髪の頭に乗せて、今日は金の衣装の王様と、一回り小さな冠を金の髪に乗せた、銀糸で刺繍が施された緑のドレスを着た優しそうな王妃様。

 横には父親似の第一王子と母親似のアルフレッド様、そしてアルフレッド様の手を握った王女様。


 みんなそれぞれ複雑な感情を精一杯隠して礼儀正しい微笑みで迎えてくれた(王女様だけはちょっと引きつっていた……ゲーロにされた剣士の話がよっぽどショックだったに違いない)。


 段の下まで進むと、イザムが歩みを止めてわたしの手を離す。けれど挨拶と招待へのお礼を口にする前に王様が先に口を開いた。


「度重なるご厚意に深謝している。愚息については日々精進のうえ恩を返すよう言い含めてあるゆえ、当面は御寛恕願う」


 ちょっとわかりにくい感謝と謝罪の言葉をいただいた。謝罪の言葉? に合わせてアルフレッド様がす、と頭を低くする。その表情が硬い。

 王女様がアルフレッド様を見上げて顔をゆがませた。


 王様が言葉を続ける。


「無事災厄が去りし後まで愚息の身が啻に在りし折は、いや疾う疾うに御尊師の輔翼にでも」


 今の、どういう意味だろう? 


「僅々にて要用にないと存じます」


 イザムが身を低くしたので、わたしもそれに倣っておく。

 王様だけじゃなくてイザムの言葉も意味がわからなかったけど。まあいいか。後で聞こう。


「重ねて感謝する」


 何のやり取りがあったのかちっともわからなかったけど、お礼を言われたってことは上手くまとまったってことだと思う。 

 王様も王妃様もほっとした顔をしてるし、それを見た王女様の表情も明るくなった。


 王様はひとつ息をして続けた。


「彼の者たちは宴の中頃に加わるとのことであった。それまでどうかごゆるりと過ごされるよう……」


 そこで言葉を切り、隣の第一王子様に目を向けた。

 足を踏み出しかける――その王子様をイザムの言葉が制した。


「こちらの城には素晴らしい図書室があると伺っております。差し支えなければしばしそちらを拝見させていただきたく存じます。蔵書に詳しい側仕えを(・・・・)、しばし拝借させていただけますでしょうか」


 表情はにこやかで言葉使いは丁寧だけれど、一部何やら力がこもった言い方に、王室の面々はなぜかほっとした表情になった。


「御随意になさるがよい」


 すぐに従僕(顔から血の気が引いていた)が一人呼ばれて、緊張した様子で図書室に案内してくれた。


 明かりは灯っていても誰もいない図書室はなかなかに広い部屋だった。

 しっかり磨かれたレール梯子付きの本棚がマホガニーの光沢を放っていて、ずらりと並んだ背表紙はそれだけで圧巻だった。


 ……はたしてわたしが読めるような本があるだろうか。


 本の並びを従僕に尋ねたイザムは、時間まで来なくていいから、と言ってさっさと下がらせようとした。


 相手には目もくれずに並んだ本の背表紙ばかり見ているイザムの背後で、今にも倒れてしまいそうな顔色をしていた彼は、小さな声で「宴の前に軽食をお持ちします」と言うと、まるでライオンの牙を逃れようとする小動物ででもあるかのように足音を忍ばせて、ゴキブリ並みの速さで出て行った。


 一貫してわたしの方は一度も見なかった。

 その徹底ぶりは、目を合わせたら危険――メデューサだとでも思われているかのようだ。


 そんなに緊張しなくてもわたし自身は無害なのに。


「ねえ、本のことで頭をいっぱいにする前にさっき何の話をしていたのかと、どこであんな言葉を覚えたのかを教えて欲しいんだけど?」


 梯子を半分登ったイザムに声をかける。読み始めてから邪魔するのは悪いので、答えて欲しければ今がチャンスだ。


「王様? あれなら『いろいろありがとう、アホ息子「その二」のことは目をつぶっておいてね』って言われたんだよ。それから、『災厄のことが終わっても役立たずだったら魔導士の爺のところに送り込むから好きなようにしてくれていい、なんなら今すぐでもいいよ』って」


 え、そんな話だったの?


「『こっちでは受け入れるつもりは微塵もないから、寄越すなよ』って返しといた。あと、今度は「その一」に接待させるつもりみたいだったから断った。――言葉使いは芥川龍之介、太宰治、泉鏡花、菊池寛……王様の言葉があんな感じだったから合わせてみたんだ。

 登校拒否が長かったし、けっこういろいろ読んでるんだよ。

 今だって学校以外はほとんど家から出てないって知ってるだろ?

 使い方があってるかどうかは怪しいけど、そこはほら、僕たちは訪問者だから。とりあえず通じたみたいでよかったけど」


 なるほど。


 アルフレッド様、丁稚奉公に出されるくらい追い詰められてたのか。

 それで王女様があんな顔を。


 そしてあの小難しい言い回しはそんなところからだったのか……。今度帰ったらわたしも国語の教科書、ちゃんと読んでみよ。


 納得して顔を上げた時にはイザムはもう二冊目の本を選び始めていた。

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