52. ちょこっと怖い春の装い
「もうしばらく静かにしてるかと思ったのに半年持たなかったか……結構図太いな、あいつら」
机の向こうでひらひらと封書を振りながらイザムがつぶやいた。
わたしはベルとクロちゃんと一緒にいつもの定位置、暖炉の前だ。
シルバーがいた時と同じようにいつも敷物の上に座っちゃうから、ソファは壁際に置き直された。イザムはたまに寝転がって本を読んでいたりするけれど、わたしは最初にコスプレ魔法を使われた時以来使っていない。
「ふ~ん。あっちから人間が来たのか……俺たちが旅に出ないから、とりあえず情報交換のために引き合わせようってことだね。男と女、一人ずつ。それってカップルじゃないのか? あとはあの剣士についての報告……おお、人間に戻ったか。思ったよりずっと早かったな。……お嬢さんキスしたのか~。婿入りが決まった、と。感謝されてる? 怖がらせたつもりだったのに」
って、封も開けずに中身を読んでる。
「アイリーン、読む? 俺たちと同じくらいの歳の男女の訪問者が来てるらしいんだ。雪が解けたら王城に会いに来ないかって話なんだけど行きたい?」
「今回のは断れるの?」
確か最初の招待状はほぼ強制だったはずだ。
「ゲーロ効果で文面的にだいぶへりくだってるから、無視してもいいかな」
また悪い顔になってる。
「無視したら突撃されたりしない?」
王妃様が言っていた、「この世界の住人にはない特性」とやらがその二人にもあるなら、厄介なことになるかもしれない。
「入って来られたら会ってみるのもいいかもね?」
楽しむような言い方だけど。
「でもシルバーたちが攻撃されるかも」
前回のことがあるから、王城に行くのは気が進まないけど、シルバーやイアゴが怪我をするのは嫌だ。
「来たばっかりの初心者だよ? あの二人なら問題ない。クロだって余裕で撃退するよ」
最後に聞き捨てならない台詞が聞こえたような――いや、空耳だな、きっと。
ふわふわのかわいいクロちゃんを膝にのせて封を開けると、流れるような文字ではあるものの、『御足労いただくのは大変心苦しいのですが、新しい訪問者を迎え、この度春を寿ぐ宴を開く次第となり、どうか是非足をお運びくださいますようお願いいたします』という内容。読めない署名は王様のものなのかどうかわからないけど、とりあえずこれを書いた人の心痛が文面に見えるようだ。
……どう見ても嘆願書だ。無視しちゃいけないやつだと思う。
後半は確かにあの剣士の話だった。剣士は王宮の使者と共に商家のお嬢さんのところに帰されたようだ。
『既に想う人がありながらさらに美しい娘を探した傲慢さを魔導士に咎められ、真実の愛がなければ元の姿に戻らない呪いをかけられてしまった(流れを都合よく解釈した様子)』
使者が商家でそう説明したことや、それを聞いたお嬢さんがショックでしばらく寝込んだこと、剣士を送り出さずに結婚していればと深く後悔し、今からでも添い遂げたいと決め、(ゲーロと添い遂げる覚悟を決めたって、そのお嬢さん本当にすごいと思う)結婚式の誓いのキスで元に戻って(キスしたのもすごいと思う)大騒ぎのハッピーエンドだったことが書かれていた。
その後は、剣士を殺さずに送り返すことを決めた寛容なイザムと、若者の心の真実を試し、絆を深める魔術を弟子に教えた師匠の大魔導士の(それもイザムだけど)叡智を称える誉め言葉のオンパレード+そんな大魔導士の孫(設定)であるわたしへの非礼に対する謝罪の言葉が連なっていた。
その後半部分がやたら長くて、読み終わるころには、まあ、もういいか……みたいな気持ちになって、ただでさえ気乗りがしなかったのに王城に行くのが更に面倒になったのは、仕方ないと思う。
現実からの訪問者二人については、詳しいことはなにも書かれておらず、若い男女の二人組であることと、この世界に来るようになってからまだ日が浅い、ってことしかわからなかった。
そんな彼らから何の情報が得られるのか。
それでも、とにかく会ってみるしかなさそうだ。
いい人たちだといいんだけど。
~~~~~~
雪が消え、陽気で言えば関東の三月初旬程度に温かくなったころ、わたしたちは三度王城へ向かった。剣士をゲーロに変えてから半年に満たない。
王都の屋敷までは何度か来ていたけれど、貴金属や美術品の観察をしながら下町や貴族街を散策できた秋とは違い、冬の間は空いている店も少なかったし、移動はもっぱら魔法陣だったので、久しぶりの馬車の移動がとても新鮮に感じられた。路肩の草花に癒される。
今日は宴なので基本的にフォーマルを基準にしたイザムの衣装は白のウィングカラーのシャツに銀のベストに上下黒のスーツ。ワインカラーの地に銀と黒の斜めストライプが入ったネクタイを結んで、靴もきちんと黒のフォーマルで、前のときのブーツみたいな遊び心はない。
現実世界からやってきましたよっていうことがわかるような、ちょっと大げさでふざけた飾りもまったくなしで、シュヴァルツさんに近い雰囲気がある。やや細身のジャケットもパンツもちょっと長めなのは、「短いと若造に見えるし、魔導士っぽくないから」なのだとか。
十六なのだから若くて当たり前だと思うけど、「同じ歳くらいって話だったから負けられないし……」って、鏡の前で一つに結んで左肩に垂らした髪の毛を整えながら呟く。なぜかイザムの中では歳が上に見える方が勝ちらしい。
そこはよくわからないけど、細い黒縁のスクエア眼鏡は冷酷そうで似合ってる。それに胸もとにもワインカラーのチーフを挿してあって、タイとチーフとわたしのドレスで色を揃えているのがポイントなのだとか。
わたしの装いはマダムの新作で、ワインレッドのノースリーブのタートルネックのワンピースにパールのストール、足もとはお揃いのワインカラーの細めのヒールだ。幅広のサシェでウエストを絞って、大きめのリボンに結んでふんわりと広げ、Aラインのスカートの後ろに垂らす、春らしいデザインで、かわいらしいスカート部分に対してストールから時折覗く肩の出たタートルネックと編みこんで全部上げたヘアスタイルが大人っぽく、甘くなりすぎない絶妙なバランス……というのは全部イザムの評価で。
わたしの評価は、腕も脚も動かしやすくて大歓迎!
……評価ポイントがおかしいってイザムに言われたけど、それはお互い様だと思う。
ローズピンクの石は長めのチェーンでタートルネックの下に落とし込んだ。
今更だけど、胸に谷間があるって、こういう時便利だよね……。
今回もあの魔石のラインストーンをアクセサリーにするのだろうと思っていたのに、自分の支度を終えたイザムが「これ、仕上がったからつけてあげる」と言って机の引き出しから取り出したのは、キラキラと赤黒く輝く、ドラゴンの鱗のイヤリングとお揃いのペンダントだった。
黒光りする金属で作ったループの台座にはめ込んで、同じ黒い金属製の蔦で固定してある。絡まり合う蔦の一部にドラゴンが模してあって、ちょっと……いや、かなり迫力がある。
「イアゴが獲って来ただろ? 冬の間に加工してたんだけど、かなり硬くて。これを合わせるドレスまでは手が回らなかったからマダムに頼んだ」って、そんなことをしていたとは知らなかったので驚いた。
いつものことながらイザムの服飾に関する情熱はとにかく凄い。それに手の込んだ細工のことだけじゃなくて、このアクセサリーが魔術具としてもなんだか危険だってことが、貴金属を色々見て一冬研鑽を積んだおかげで結構わかる。
作ったのがイザムなら、魔法を付加したのもイザムで間違いないはずだ。
「イザム、いろいろ考えてくれるのは嬉しいしすごく奇麗だと思うけど、これってなんか……呪いがかかってるんじゃないの? かなり怖い感じがするよ。つけても平気なもの?」
おそるおそる指先でつついてみる。
特に何も起こらない。
「大丈夫、大丈夫~。この前みたいにチャームかけたりするやつが出ないように、俺以外の奴がアイリーンにステータス異常を起こす魔法を使おうとしたらちょこっとだけ怖い思いをするようにしてあるだけだよ」
口調は軽いし、つけてくれる手元にためらいもないけど、この気配は「ちょこっと」じゃないんじゃないかって気がする。それに『俺以外』って。
「イザムはかけられるってこと?」
「それはほら、回復魔法や防御魔法だってステータスに変更を加えるわけだから。もちろん自分で使うのも大丈夫だよ」
なるほど、そういう理由か。
「まあまあ、気にしない気にしない♪」
確かに、イザムを止めようとしても無駄だってわかっている以上、わたしが気にしてもしかたないんだけど、念のために今日王子様に会ったら、何があっても魔法をかけないように言っとかないと。




