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51. めぐる季節

 現実世界が秋から冬へと移り変わり、受験シーズンに突入したころに、異世界でも冬がきびしくなった。

 現実世界の住人がどれだけここに訪れているのかはわからないけれど、自分たちを含め、ほぼ毎日誰かがこの世界を訪れているから、時間差が生じにくくなっているんだ、とイザムが教えてくれた。


 わたしはイザムと一緒にしかこの世界には来ないし、そもそもイザムがゲームだと言って連れてきたのだから、参加する時間設定はイザムの好きなようにすればいいと思っている。

 けれど異世界に戻って来る時にどこから始めたいかを選択できることに慣れたイザムは、時間がかかる実験の設定をして結果が出るころに戻って来るという時間短縮方法が使いにくくなったと不満顔だ。


 異世界に現実世界の住人が誰も訪れていない時間は、基本的に次に訪れた者の都合で「カット」できる。異世界の時間だけを先に進めることができるため、実験をする側としてはとても便利だったのに、このごろそれが難しくなっているのだそうだ。


 災厄の訪れが近くなって現実世界から来る人が増えている可能性もあるし、そういった人たちが頻繁に出入りしているのか、長期滞在しているのか――そのせいでこれまでは進めることができていた時間が「カット」できないのが不便なだけではなく、自分が戻ろうと思っていた時間が誰かに「カット」されてしまったりして、異世界時間が予想外に進んでしまうこともあるそうだ。

 ぼんやりとした調整はできるものの、そろそろだと思って戻って来たのに、咲くところが見たかった花が既にしぼんでしまっていたりしたこともあるらしい……見たかったものが本当に花なのか他のモノなのかはわからないけど、そこは聞かないことにした。


 とりあえず不満顔のイザムにそう説明はされたものの、なんだかややこしいので、やっぱり異世界でも現実でも同じようなペースで時間が進むのはわかりやすくていい、とわたしは思った。あっちが冬ならこっちも冬。それがわかりやすくていい。


 季節といえば、この国の領地の中ではほぼ最北端に位置するイザムの領地はかなり寒くて、雪も積もった。ここでこれだけ寒いならさらに北にある国々は氷に閉ざされているのではないかと思っていたら、なんとここでは基本的に一番寒いのはドラゴンが住む山岳地帯の奥地である「陸の中心」で、その周囲へと離れるほどに気温が高くなるのだそうだ。


 そう聞いてドラゴンのいるところが現実での北極みたいなものなのかと考えたら、それも違った。年月も季節も巡るし日も昇り、沈むのに、季節の巡り方が山岳地帯を中心にして「時計回りに円を描くように移り変わる」のだという。


 この世界の七つの国を時計に見立てれば、十二時の位置にある国が春なら三時あたりが夏で六時の国は秋。九時周辺が冬ってことだ。山岳地帯を挟んで対角線上にある国では季節が逆になっている。

 季節は約四カ月ずつで移り変わるため、どの国でも冬は来るし、それは山に近いほど厳しい。逆に海側では夏がかなり暑い。それぞれの国に固有の動植物はいるし、そういったものの持ち出しや持ち込みは厳しく制限されているけれど、主な食料はどの国でも採れる。

 海の向こうにあるという他の国ではどんな季節が巡っているのか、とても不思議だけど、どの国にいても同じように季節が順番に巡り、大きな差がないとくれば確かに国土争いをしてもあまり意味がない。戦争が起こりにくい理由の一つだ。


 異世界、と一括りにしても中身は様々なのだろうから、こんなふうに穏やかな世界に来られてよかった、とあらためて思った。


 そんな感じで、わたしの現実での季節が秋から冬に代わる間に、異世界での滞在国であるドッレビートでは季節が夏から冬に変わった。


 暖炉にはちゃんと熱を放つ炎が燃えあがり、その前に敷かれた敷物は毛足が長いものに換えられた。クロちゃんは温かいところが好きらしく、ふかふかした毛の中に転がる姿は最高にかわいい。

 最近ではベルもクロちゃんにちょっかいを出す気が失せたのか、イザムの部屋の敷物の上で一緒に丸くなっていることもあって、眼福。一緒に転がれば至福だ。


 ベルはちょくちょくイザムの部屋にやって来るようになったのだけれど、シルバーがあまり寄り付かなくなったのは残念だった。

 「冬毛」の彼には暖炉の火が暑すぎるのだそうだ。そしてその「冬毛」は、たまらなくゴージャスだった。


 白銀の毛は夏よりも長く、みっしりと詰まってふっかふか。毛足をかき分けても柔らかくて細かい毛が密集していて根元が見えない。身体も二割くらい大きくなったように見えて、小山のようだ。


 ふと気になって、人の形になったら体の大きさが変わるのかと聞いてみたら、「毛が伸びるだけだ」と言われた。


 銀髪のお兄さん長髪バージョンか。きっとそれもすごくかっこいいんだろうと思う――イザムが人型にはなるなって言ったし、本人? も服を着るのが面倒だからと狼のままでいるので、残念ながら見てないんだけど、機会があったら是非見たい。


 時々子狼たちと遊んでやっていて、一緒に雪の積もった庭で跳ねまわっているのが窓から見える。それが本当に楽しそうで、わたしも一緒に遊びたくなった。

 それでイザムに「防寒着が欲しいから買いに行きたい」って言ってみたんだけど、どうせなら防寒着も魔法で作らせて欲しいと言われた。


「外で遊ぶための服だし、冬だから肌が出ないようにしてもらいたいんだけど?」


 そう希望を言ったら意外にもすんなり引き受けてくれて、ふわふわの白いファー付きのフードがある、すっぽりかぶれるパーカーみたいな、てれっとしたピンクの上着と、お揃いの手袋、ぴったりしたレギンスの上に黒いショートパンツを重ねて、膝下までのロングブーツっていう組み合わせを考えてくれた。

 とても薄手なのに、見た目に反してとても暖かい。


 お城に行った時以外の服はこれまでずっと脚を出したデザインだったこともあり、脚が出ているのが好きなのかと思っていたのに、文句もなく全身を覆わせてくれたのが意外だった。


「出てるに越したことはないんだけど、狼たちと遊ぶなら防寒だけじゃなくて怪我にも気をつけないといけないから。

 俺からすれば一番重要なのは太ももでさ、だから本当はこの状態でレギンスなし、ってのがいいんだよ。ショートパンツで太腿を確保した状態での膝上までの超ロングブーツってのも捨てがたいなって思ったんだけど、外に出たいならひざが曲げやすくないとダメだろ? 動きやすい膝上ブーツってのが難しくて……膝下にしてみたんだ。暖かい素材とか、布地とか織り方とかは調べればわかるから盛り込んでみたし。

 でもそういうわけだから家の中ではレギンスはなしでお願いできないかな」


 着せられる側の事情も色々考慮しつつ、趣味も追及していたらしい。さすがと感心するべきかやっぱりと呆れるべきか。


 でも考えてみれば、最初からイザムはそうだった。


 自分が見た時の視点が第一のように振る舞っていても、疲れないようにとか、防御とか保護とかも、いつもちゃんと考えてくれていた。今回のパーカーや手袋に着いたファーだって、ないほうが簡単に違いないのに、わたしがふわふわもこもこしたものが好きだからって、わざわざつけてくれたんだと思う。


 それになによりここに来たばかりの時みたいに居心地が悪くなるほど脚や胸を見ているようなこともない。

 かわりになぜか顔を見ていることが増えたような気はするんだけど。


 とにかくいろいろ考えれば、スカートで下着が見えるわけじゃないんだし、ショートパンツから太ももが出ているくらいなら問題ない。

 防寒対策がばっちりなのはすごく嬉しかったし、感謝の気持ちを込めて家の中でのレギンスはなしにすることにしたら、笑顔になって、その後でついでのように聞かれた。


「ショートパンツかミニスカに、ニーハイソックスを合わせるのと、サイドかバックにひざ上十五センチのスリットの入ったロングスカートだったらどっちがいい? あ、靴はどっちもヒールで」


 って、今度は何だ? 趣味の話なら話す相手を間違えてる。


「何の話?」

「せっかくだから太ももを堪能できそうな服をいくつか準備したいなって思って……部長に削り出してもらいたいから、早めに希望を確認……」


 超いい笑顔になってる。


「……前にも言ったと思うけど、それ、わたしに着せるつもりなら自分も着てよ? ヒールも履いてね」


 成長してるのかと思ったら、気のせいだったようだ。


「そんな……ヒールとか、無理だし」


 呟いてるけど、踵の高い靴はわたしだって大変なのだ。

 人に履かせるなら、その大変さを知っておいて欲しい。


 とにかく防寒着をゲットしたわたしは、晴れた日を狙って子狼たちと遊ぶために外に出た。手始めに雪玉を投げたりしてみたけれど、やってみたらそもそもの体力が違い過ぎた。

 彼らの身体能力は高すぎて、わたしのなげる雪玉など避ける以前の話。ことごとく口でキャッチされ、遊び相手には不足だった。

 持久力もまったく比べ物にもならない。


 それでも遊んでもらえば嬉しいらしく、息があがってへたり込んだら、子狼たちが群がってきて、まるで子犬のように尻尾を振って続きをねだられたので、夏の間に狩ったフェストの尻尾を釣り糸の先につけた釣り竿を作って、狩りの練習をしてみた。


 こっちは結構長時間楽しめた。

 糸の先でピョンピョン跳ねたり、雪の上をスルスルと移動するフェストの尻尾は子狼たちに大人気だった。雪の中に埋めた獲物や雪の下で動く小動物の見つけっこもした。


 冬の間中そんなことばかりしていて、人には一切会わなかった――こんな季節に北の奥地までわざわざ訪れる人もいないし、いたとしても大抵はシルバーとイアゴが追い払う。彼らに対峙して通り抜けられないような人間なら、会う必要はない。

 それがイザムの持論だ。


 あの剣士をゲーロにしたのが相当効いたのか、王城からも何の連絡もなかった。


 イザムは嬉々として研究室に籠って、怪しげな魔術の実験をしたり、この世界の生態系へ戦いを挑んだりしているらしく、たまに疲れた顔をしていることはあっても大抵はご機嫌だった。

 そのあたりは語られると長いし怖いことになりそうなので詳しくは聞かなかったけど、わたしがいると食事やお風呂などの日常的な生活を忘れないから助かる、って言われた。

 現実に帰る期日についても、夢中になると『もうちょっとくらいいいかな』って思ってしまうことが多かったらしいけれど、『ちゃんと帰らないと』って思うようになったそうだ。


 ただひたすら遊びに来ているような日が多くて、こんなのでいいのかなって思ったりもしていたので、本来の目的通りの役に立っているようで何より。


 わたしは連日子狼たちとの遊びに精を出し、狩りのスキルがぐんと上達した。解体のスキルも(ちょっとだけ)上達した。


 そして太陽の日差しに雪が解け出して、生き物たちの気配が増え始めたころ、またしても立派な封書が届いた。

 裏には封蝋。そこに見覚えのある紋章。


 王家からの呼び出しだ。

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