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5. 異世界の実感

 そこからはイザムに前を歩かせた。脚はともかく、下着を見られるってわかっていて戦えるわけがない。「経験値が得られない……」とか、「僕の至福の時間が……」とか、本当にどうでもいいし、無理だから。


「とにかく、慣れるまではさっきのパターンでもう少し練習しよう」


 そんなことを言われても、こんな格好で動きたくはない。


 だけど、なぜか戦闘イベントが発生するたびに、わたしの身体は自分の意思を無視して勝手に動き、的確に相手を倒していった。

 イザムが緑の光で相手の情報を教えてくれると、それに合わせるように勝手に身体が動く。相手の弱点がわかるときはそこを攻め、わからない場合は毛皮を残すのに最適な場所を探す。


 どういうことだ。


 イザムに聞いたら、「パーティだから、役割分担」と、いう返事。


 ますますどういうことだ。


 パーティってことは仲間ってことだと思うけど、仲間になると勝手に攻撃するってことなのか? 自分の意志はナシで?


 イザムの言った通り、わたしたちが今いるあたりには強い敵は出ないらしく、HPが10前後の小柄な動物ばかりで、一応気を付けるようにと言われていたような魔法を使ってくることもない。歩いて行くうちにキツネを小さくしたようなフェストのほかに、大きいウサギっぽいセッシャと、リスっぽいココスという動物に会った。

 それらを次々狩っていく。

 生き物を殺すことにもっと抵抗を感じるかと思ったけれど、ここの動物はほとんど血を流さないうえにイザムがあっという間に毛皮に加工してアイテムボックスに放り込んでしまうせいで実感がわかない。

 十回ほど戦った後で、イザムが言った。


「次からは攻撃を受ける。念のため魔法で防御をかけるから、一度防御してから攻撃ね」


 次に出てきたのはセッシャだった。言われた通りに腰を下げて体の前に腕を構える。イザムの杖から出てきたのは白い光で、これまでの緑の光のようにセッシャには飛んで行かずにわたしとセッシャの間で一瞬光って消えた。これが防御の魔法なのか。


 今回は相手の情報は聞こえなかった。

 けれど見た目は今まで戦ったセッシャと変わりないので似たような相手だと想定する。


 相手がこちらに気がついたのがわかっても、わたしからは攻撃しない。

 ファッ、と威嚇するような音をたてて、セッシャが飛びかかって来る。その攻撃を左腕で受けると、かすかに衝撃を感じた。

 距離が近いので即座に右腕で中段突きをお見舞いする。それであっさりと決着はついた。刃物を使うまでもない。


 後ろに控えていたイザムが、「ほう」と感心したような息を吐いた。


「いいね。すごくいい。設定を変えるよ。今までは僕がパーティのリーダーで指示を出す立場にしてあったけど、できるだけアイリーンとの間に上下関係は作りたくないし、パーティ内自由行動にする。ちなみに僕は次は見学するよ。怪我した時は治してあげるけど、死なれると大変だから体力には気をつけて」


 ポン、と肩を叩かれた。


 死なれると(・・・・・)大変・・って、なにそれ。わたし例えゲームでもこんなところ(つまりオープニング)で死にたくないんですけど。


 急に深刻さを増した言葉と全然深刻そうじゃないイザムがちょっと胡散臭い。

 鼻の上にしわを寄せたわたしを見てイザムはちょっと笑った。


「気は抜かずに、がんばって」


 確かにスーパー〇リオを初めてプレイしたときは最初のクリ〇ーが意外と強敵だったし、今でもぼんやりしているとヤツにはやられてしまうわたしだから、出だしはいつだって油断大敵だ。


 だけど、リーダーとか指示を出すとかっていつの間にそんなことに? 今までと、今と、何が変わったのか全然わからな――


 サワッ。


 鳥肌が立って、聞こうと思っていた質問が引っ込んだ。何かがさっきまでと全然違う。どうしたらいい? 何をする?


 何が違うのかはすぐに分かった。

 さっきまでは攻撃するか防御するか、即座に体が選択していた。自分がどう行動するかに迷いなんて一切なかったのに、今は違う。


 この先にいるのは何? 今までと同じ敵? 遭ったとことがある? どう対処する?


 さっきと同じように前を見つめ、腰を低くして防御の態勢をとった。相手が何なのか確認してから攻撃を――。でも気配はあるのに何も出てこない。


 どうして? 前方の草むらには確かに何かいると思うのに。


 威嚇して追い出そうか。

 右手にダガーを構えて投げの体勢をとろうとしたとき、足が動かないことに気づいた。ハッとして下を見ると、足もとが蔦で覆われている。ゆっくりとした動きだけれど、蔦先がブーツに巻き付いていた。見た目は植物だけど、なんとなく蛇みたいで気持ち悪い。


 何これ? 何のトラップ? もしかしてこれが魔法――?


 目を見開いて見ているうちに蔦がレザーに覆われた右の足首を越えた。

 肌に触れたその途端。


「痛っ!?」


 鋭い痛みが足首から太ももまでビリビリと走った。

 こちらの行動を止めるのを目的とした蔦なのかと思っていたら、これ自体も攻撃の手段だったらしい。


 のんびり見ている場合じゃなかった。


 敵の正確な居場所はわからないけれど、気配は前方十メートルほど先の草むらだ。

 武器を手裏剣に持ち替えて、五枚一気に投げつけた。

 手ごたえはなかったけれど、それで敵の気配は消えた。

 そのまま少し待ってみたけれど、何も起こらない。蔦も成長を止めた。


 逃げたってこと……かな。


 何とも不完全な戦い。しかも足は蔦に搦めとられたまま。


「……これどうしよう?」


 戦闘は終わったようだけど、両足首のまわりでガッチリ固まった蔦をなんとかしないことには動けない。


 地道に切り落とすしかないか。


 わたしは武器をまたダガーに持ち替えて、前かがみになりながらプツリプツリと蔦を切っていった。右足にはさっき刺されたところから太ももまで痛々しいミミズ腫れができている。


「今の、何だったのかな。今まで出てきたやつとは違うみたい……あ!」


 初めての単独の戦闘に必死だったせいで自分が何を忘れていたのかを思い出した。

 パッと体を起こして上半身だけで振りかえる。


 大魔導士にまったくふさわしくないキラキラ笑顔を満面に浮かべて、超ご機嫌のイザムが後ろからわたしを見ていた。


「あんた……」

「いや~、いいね~女の子がいるって。あいつには逃げられちゃったけど、もう、ほんと楽しみ十倍って感じ。どうぞ、続けて? あ、手伝おうか? 僕としてはもうちょっとそのまま囚われの美少女みたいなシチュエーションを楽しませてもらいたいし、さっきの体勢もなかなか捨てがたいんだけど、できれば前からも見たいわけで……でもその赤く腫れた太ももは痛々しくてかわいそうだよね。

 ああ、でもそこに薬なんか塗らせてくれたらもう最高っていうか……」


 ニコニコニコニコ。


 こいつ、寝言も言えないように永遠の眠りにつかせてやろうか。

 何を期待しているのか知らないけど、わたしは鑑賞し放題のゲームの中のかわいらしいキャラとは違う。おとなしく遊ばれていると思うなら勘違いも甚だしい。


 ガッ!!


 両足はまだ囚われたままだったけれど、わたしのダガー、渾身の一投はイザムが右手に持っていた魔導士の杖の、ちょうどイザムの顔の高さに命中し、ササーッと音がしそうな勢いでイザムの顔から血の気が引いた。


「これ以上戯言たわごとを言うようなら次は本気で当てる。そして今すぐわたしの視界から、消えて」

「ごごごごごごめん! すぐ! すぐ治すからっ!」


 イザムが後ずさりしながらわたしに杖を向けると、白い光がホワンと飛んできて、ジンジンしていた脚から痛みと腫れがすっと消えた。後を追うように飛んできた小さなオレンジの光がブーツに絡みついていた蔦に触れると、ポッと小さな音をたてて燃え上がり、こちらも跡も残さずに消え去る。


 本当に魔法だ。


 さっきまでのステータス表示とか、あったのかどうかはっきりしない防御補助じゃない、ちゃんとした魔法だ。


 わたし、どうやら本当に不思議な世界に来たらしい――。



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