49. 閑話 盗みの練習 前編
せっかくの異世界だというのに、どうやらわたしは魔法が得意じゃないらしい。それでも痛いのは嫌なので、がんばって一応簡単な治癒魔法はできるようになった。けれど、そもそも怪我をするようなことがまずないので使う機会がない。それにちょっと痛い目に遭うとすぐに後ろから治癒魔法が飛んでくるし。
火や水、風を使う魔法はまだまだで、火がつきやすい素材に火をつけたり、コップ一杯分の水を出現させたり、うちわ代わりにもならない風を送る程度だ。
がんばっても割に合わない成長速度の魔法は、それが得意なイザムに任せて、自分ができる分野を伸ばそう。
そう考えたわたしは、自分のジョブ――シーフの技を磨くことにした。
館のみんな(といってもマーメのベルとホランドとイアゴにイザムくらい。ごくまれにシルバーも宝探しに参加してくれた)に練習台になってもらって、最初はじっとしている状態で、ポケットの中の小物や身に着けたアクセサリーを掠め取ったりすり替えたりした。
これがマジックみたいでけっこう面白い。
みんなも結構楽しんで、飴玉やきれいな小石などをポケットの中に入れておいてくれたりして、気分は怪盗なんとやら、だ。
異世界の特性に加えて空手のおかげか瞬発力はある方なので、こっちは上達も早くて、飴玉や小石の時期はあっという間に終わってしまった。
時にはボタンをいくつか外して内ポケットを探る必要があったせいで、服の構造にも詳しくなった。
次はアクセサリーなどの貴金属を狙った。こんな技をいつ使うかなんてことは別として、服装の仕組みがわかってしまえば対象人物が動いているときの方がずっと盗りやすい。ねらい目は袖口のカフスボタン。なくなっていることに気づかれても、落としたかな? なんて思ってくれそうだ。
露出している女性のイヤリングやネックレスも盗りやすいけれど、そっちは見た目が変わるので結構ばれやすい。ばれにくいのは懐中時計と中身が多くない時の財布だ。
指輪やバングルタイプのブレスレットを盗るには身体に触れて相手の気をそらす必要があるし、そうなれば顔を覚えられてしまう可能性が高いため、短時間の拝借ならともかく、泥棒してしまうには不向き――まあ、でも、盗れるってだけですごいと思うし、わたしはお宝目当てのシーフじゃないからそもそも盗らないけど。
みんなそれぞれわたしが練習がてら狙っていることを知っているので、ネックレスのように盗りやすい物から内ポケットのお財布まで、いろいろ身に着けて練習させてくれた。
ちなみに一番ザルなのがマーメのベルとイザムで、この二人に関してはすぐにほぼ取り放題になった。頑張れば下着まで身ぐるみ剥げそうなほど、警戒心が薄い。
「他の人にはもっと警戒しますけどぉ、アイリーン様は飼い主ですしぃ~警戒心よりは甘えたい気持ちが勝ってしまって、身体が吸い寄せられるんですぅ~」
ベルは早々に諦めて猫型に戻ると、スリスリと脚に身体をこすりつけてきた。耳のまわりや喉を撫でてやると嬉しそうにゴロゴロと音をたてる。まったく警戒心がない。言葉の通りだ。
そしてイザムの方はといえば、「そもそも自分の家で相手がアイリーンだし。後で戻って来るってわかってるものにたいして警戒はしない。むしろシーフ相手に盗られたことに気づいたら、こっちを誉めて欲しいくらいだよ」と、ニコニコしながら言う始末。
ちなみに『大事なものはたとえ身に着けていても盗られないようにしてあるから問題ない』のだそうだ。
いつか見つけて盗んでこっそり隠してやろうと思っている……見つけられていないけど。
一番の強敵は王都の執事、シュヴァルツさんだった。研鑽を重ねて眼鏡や懐中時計はなんとか盗れるようになった(でもすぐに返すように言われるから本当にその時だけ盗れるって感じ)。
けれど、どう頑張っても館の鍵が取れない。
本当に持っているのかと聞くとすぐに取り出して目の前にぶら下げて見せてくれるのに、どこにしまってあるのかさえわからない。
悔しくてじと目で見ると、「これを盗られては使い魔失格です。命に関わりますのでそう簡単には渡せません」と、ちょっと得意そうに言われてしまった。
表面に見える冷たい表情の奥で、実は苦笑しているのがわかった。
そういうことなら、盗れなくてもしかたない。っていうか、むしろ盗れちゃダメなやつだ。
ときどきは街に出て、誰が何を持っているのか服の上から観察したり、実際に貴金属や原石を見て価値を推測したりして過ごすのも楽しかった。
鑑定はホランドの趣味だそうで、イザムが出られない時はシュヴァルツさんかホランドのどちらかがつきあってくれた。
魔法と違って上達が格段に速いので、このままのスキルを持って現実に帰れたら、鑑定士としてオークションや博物館、美術館で活躍できそうだなって思った。
そうできないのが実に残念。
それから、シーフでも唯一得意だと言われている魔法、チャームの練習も……一応した。本来チャームは相手を魅了するための魔法なのだけれど、シーフは「ハートを盗む」という、チャームとしては反則的な使い方ができるそうなのだ。
普通の魔導士がかけるチャームには段階があって、相手の注意を惹きつける程度から、その人しか見えなくなるような狂信的な状態までと差があり、相性もあるけれど効果が高いほど難しいらしい。
でも、シーフの「ハートを盗む」にはゼロか百かしかない。一度魔法がかかれば、ほぼ百パーセント奴隷状態にできるもので、かかったことが周りにバレやすいという意味ではかなり使い勝手が悪い魔法と言える。
それでも窮地に陥ったときには役に立つ技なので覚えておくに越したことはない、とイザムに言われた。
ただ、その「かけかた」はなかなか厄介だった。
「自分を誰よりも魅力的だと相手に想わせるだけでなく、自分でもそのつもりになること。表情も身体も全部使って相手を魅了すること。その状態で相手と目を合わせ、相手の思考力を凌駕するだけの強さで自分の魅力をアピールすること」
いつものように机の向こうから説明してくれたイザムには悪いけど、その難易度の高さに最初から諦めたくなった。自分を魅力的に見せるって、何をしたらいいのかわからない。
「無理……」
情けない声が出た。
「慣れればたいして難しくない」
って、ケロリとして言われたけど、普通はそんな状態には慣れたりしない。
どういう生き方をしたら、そんな状態に慣れるんだ――。
半目で睨む。
「本当に難しくないって。見てて」
ベル(猫型)を呼んだイザムが、ベルをひょいと抱き上げて喉や首をぐりぐりと撫でながら、「お前はかわいいな~、いい子だな~、ほ~らこっち見てごらん」と言いながら、優しい表情で三秒ほど目を合わせた。
「ほら、かかった」
そう言って床に下ろすと、ベルはゴロゴロ喉を鳴らしながらイザムの脚に身体をこすりつけ、頭からゴンゴンぶつかっていったり、前脚で軽く引っ掻いたりしながら「ふぅ~にゃうぅ~あ」とわけのわからない鳴き声を発しながらイザムの足もとに転がった。
確かに、いつもより甘え方が凄い……でも、普段とたいして変わらないような。
「ちょっと呼んでみて?」
イザムに言われたので呼びかけてみる。
「ベル?」
反応がない。
同じようにイザムの脚にスリスリゴロゴロだ。いつもなら呼ばれた方に顔を向けるのに。そしてわたしとイザム両方に呼ばれたときは大抵、主人のわたしを優先させてくれるのに。
「な? かかってるだろ」
ベルを抱えて机の上に乗せると、パン! と目の前で両手を強く叩き合わせる。
ベルは一瞬動きを止めて首を傾げると、あたりを見回して目の前のイザムではなくその後ろにいるわたしを見てすとんと机から飛び降りて、いつものようにわたしの脚に身体を摺り寄せてきた。
びっくりだ。
「もともとこいつに俺に対する警戒心がないから、あっさりかかるんだけど。そういう意味ではイアゴがかかりやすいか……。
あいつに比べるとシルバーはかかりにくい。群れを守る雄の立場だから、同じ種族の雌以外にはつられにくいんだよ。そのかわりホランドなんかがかければイチコロだな。でもあいつは練習台にはするなよ。かかった時が面倒だ。
そうだな……シュヴァルツもかからないだろうから難易度高めの練習にはシルバーよりはシュヴァルツがいいか。だけどな~」
眉を寄せながら思案してくれてるのはありがたいけど、イアゴにもシルバーにもシュヴァルツさんにも自分の魅力をアピールなんて、できそうにない。
しかも、練習ってことは相手はこっちが何をしようとしているのか知っているんだし、そう考えただけで顔から火が出そうだ。
「やっぱ、無理」
想像しただけで荷が重い。
無理だ。
「まあ、どいつだろうが……かかったら俺が拳骨で目を覚まさせてやるし。飛ばれたら魔法で追い落としてやる」
ニコニコ提案しないで欲しい。
強制参加の罰ゲームみたいじゃないか。
「ダメダメ、そんなことさせられないよ! そもそもイアゴは子どもにしか見えないし。あんな子にせまるとか、絶対無理」
慌てて否定すれば、イザムはしばし思案した後でポンと手を打った。
「じゃあ、俺にかけて?」
超いい笑顔で勧められた。




