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48. つながる記憶

 懐かしそうに遠い目をして笑う。


「けっこう長い間探したんだよ。でも、当然だけど魔法使いなんて見つからなかった――だから僕はここで魔導士なんてジョブを選んだのかもしれない。

 とにかく、最終的に僕らは魔法使い探しをあきらめて、自分たちで何とかすることにしたんだ」


 ニヤリと笑ったイザムがわたしの眦に触れた。


「覚えてない? 愛梨が『魔法のスティックだよ』って言って、黒いマジックを見つけてきた。それで僕の顔を真っ黒にして――大笑いして。で、僕にマジックを渡して――」


 それなら覚えてる。

 笑いがこみ上げてきた。


「覚えてるよ。マジックが油性で、お母さんにしこたま叱られたやつ」

「あのあと、近所の友達も巻き込んで何回かやったのも覚えてる? 違う意味で変な目で見られたけど、ぜんぜん怖くなくて、僕はみんなと同じで、すごく楽しかった」

「あれは確かに楽しかった。不細工な勇、初めて見たし。すごくおかしくて。だけど、そんな始まりだったんだ……」

「うん。それがカエルの話。……僕は男なんだから王子様のはずなのに、なぜか気分はお姫様で、愛梨が勇者だっていう結末」

「は~」


 なんだかいろいろつながってびっくりだ。わたし、小さいなりにいろいろがんばったんだな。無茶苦茶だけど。


「続きも聞く?」


 まだあるのか。


「あるなら聞くよ。わたしの記憶は随分いい加減だってわかったし」


 がんばりはしたものの、かなり適当に生きてきたらしい幼少期の自分に向き合うのは、大きくなった自分の義務だと思う。


 大きく息を吸って頷くと、イザムもいたってまじめな顔で話し出した。


「そんなわけで、うちの両親はどこのどんな神様よりも愛梨を崇めてるし、将来は僕を婿入りさせるか愛梨を嫁にもらうって決めてる。僕は僕でその頃から愛梨が大好きで――愛梨はカエルでもぜんぜん問題ないくらい自分のことが好きなんだ、ってのも、すごく嬉しかった。ほら、僕は見た目で寄ってこられることが多いから、そうじゃない人間もいるっていうのが小さいうちに分かったことにはすごく助けられたんだよ。

 だけど、この前は――あれは仕方ないと思うけど、キスしたら突きくらったし、さっきは恋愛感情はないって言われたし。ついでに「カエルにキスなんかしたくない」発言もあって、今後カエルになったら、キスしてもらえる代わりに壁に投げつけられる疑惑も生じてビクビクって感じで、実際のところどうですかって話なんだけど」


 前半でやや現実味が増したけど、最後で帳消しだ。

 なんだ。そういう話か。

 けたけた笑い出したわたしを見てイザムが表情を崩した。


「他はともかく、カエルにキスするのは確かに嫌なので、魔導士様にはカエルにはならないように今後十分気をつけて欲しいです」


 緩やかに包み込むイザムの腕の中が意外に居心地よくて、のんびりと言えば。


「その『他』のところも、けっこう重要なんだけど?」


 そんな返事が返ってきた。


「最大の懸念はカエルにキスしなきゃならないのかどうか、だったよ。

 好き、とかホントもうびっくりさせないで。おじさんとおばさんが感謝してくれてるのは嬉しいけど、腕の傷のことなら、ほとんどわからないくらいだし、そんなちっちゃな時の話、気にすることないのに。とりあえず婿取りも嫁入りも予定はないし、本当に、気にしなくていいよ」


 そう答えたら、なぜか悲しそうな顔をされた――気にしなくていいって言ったのに。 


「……それって、つまりダメだってこと?」

「何が?」

「俺、キスしていいかって聞いたんだけど」


 そういえば、そんなことを聞かれたような気がする。そして今度は『俺』だ。その質問、まだ有効だったのか。


「今はカエルになってるようには見えないよ? それに、そういうのはわたし相手じゃなくて、ちゃんと好きな子ができてからにしなよ」

「俺がさっき好きだって肯定したの、忘れた?」


 そんなことを言われても。


「子ども心の『好き』なら欠片も疑ってないけど、わたしに対して恋愛感情があるとは思えないよ。

 彼女が欲しいなら、あっちの残念な外見を元に戻せばいいじゃない。見た目で釣りたくないっていうのはわかるけど、見た目も含めて勇は勇でしょ?

 それに、異世界ここでならちょっと羽目をはずしてもいいんじゃないかとか、そういう適当なノリで考えているんなら、わたしは絶対イヤ」


 腕の中から抜け出して振りかえる。


「万一ここでカエルになったら、仕方ないからちゃんと戻してあげる。だけどわたしは、イザムに恋愛は求めてないから、傷のことも心配しなくていいよ」 


 安心してくれ、というつもりで言ったのに、今度はちょっと情けない顔になった。


「カエルにならないとダメか……」

「いや、カエルになるなって話でしょ?」


 また話がかみ合っていない。

 ため息を吐かれてしまった。

 心配いらないって言ったのに、何でため息かな。


「気をつけるよ……まあ、俺以外に人間をカエルにできるやつがいるって話は聞いてないから、俺がカエルになる可能性はかなり低いし……はぁ」


 なんだかものすごく気落ちした様子で言われたけど、カエルになりたかったとか……ないよね?


 イザムはもう一度長めに息を吐くと、「まあ、いいか」と言ってかぶりを振って話を続けた。


「旅に出るのはおもしろそうだけど、僕らにとってのメリットはなさそうだよな。僕たちは出会いを求めていないし、アイリーンを連れ歩いたらかえって変な虫がつきそうだし。どうもあの変態王子の話が気に入らない。釈然としない」


 机に戻って再び粘土マッチに向き合ったわたしの向かい側に座って、イザムが紙に小さな魔法陣を描きながら、今後の展開について考え――何が気に入らないのか、描いてはくしゃくしゃと丸めて床に放り投げてる。またしても不機嫌だ。そして『僕』に戻ってる。


「まあ、今回のゲーロの件では大魔導士だけでなく、僕自身も悪名が高くなるだろうし、アイリーンに虫がつかないようにこれからも頑張るけど」

「虫……あれはかなりえげつない虫よけスプレーだったね。王妃様と一緒に来た時の王子様、真っ青になってた」


 目の前で人がカエルになったのだ、ショックは大きかっただろう。


「愚か者の成れの果てを目の前で見せられて効果抜群だろ? これであの痴漢ヤローが破局すれば将来的な恋愛への脅し効果も倍増だと思うんだけど、なにしろ相手がアルフレッドだと腐っても鯛……じゃなくて、変態でも王子様だし」


 イザムは自分がやったことにショックを受けていたことなど忘れたように、前半だけは明るく言った。


「その変態でも王子様発言、相手がわたしならありえないけど。確かに悪い人じゃないとは思ったけど、変人だし、初対面の人間にあんな魔法を使うような人だよ? それはそうと、王子様ってこっちでは女の子に人気があるの? 異世界だけに物語的な感じとか?」


 現実世界の王子様たちはパパラッチに追いかけられたり、公務だ外交だと始終ニュースに登場したりして、すごく大変そうだ。正直、気の毒なほどに。

 この世界では王族は追いかけられたりなんていうことはないのだろうか――まあ、たとえそんなことはなかったとしても、王室とか身分がどうとかいうような人たちの中で過ごすなんてわたしはごめんだけど。


「この世界は政治的にはかなり安定していて平和だから。王族は一般人よりも強めの魔力があったり、武術に秀でていたりすることがあって、それぞれの国を安定して治めることが求められるけど――凶作や不漁の時はいくらか魔法で助けることだってできるんだから、大きな失策も内乱も起こりにくい。

 主な敵もドラゴンと災厄の二つで共通しているから、国と国は協力しあうことはあってもいがみあうことはほとんどない。ここでは国境を越えた行き来自体が少ないし、国境線は明確だ。僕は戦争の話は聞いたことがないよ。それに見た目もそこそこだろ? 地位と安定を望むならいい結婚相手だと思う」


 内乱や戦争が絶えない国の王室なんて絶対恐ろしいだろうから、平和な国に来られてよかった――そして、だからこそ結婚相手としては優良、ということか。


 だったらモテるだろうに。恋愛関係にやる気のないわたしみたいなのは放っておいてほしい。


「好きな人がいるんだからさっさと結婚しちゃえばいいのに――アルフレッド様、災厄のことが落ち着くまでは無理って言ってた。ねえ、災厄に立ち向かうには訪問者がこっちの人と結婚しないといけない、とかそういう制約があったりするの?」

「いや、それは聞いたことがないな――定住はさせたいようだけど」

「確かに言ってたけど――その定住っていうのは? イザムみたいに家があるだけじゃダメなんでしょう?」

「こっちの世界に転移するためのアイテムを、こっちの世界にいる間に壊すんだよ。戻れなくなるだろ――普通は結婚して定住するから、結婚相手に壊してもらうんだ。だから、僕たち訪問者は転移やそれに関する物については話さない。アイリーンも話したらダメだよ? たとえ相手が僕でもね」


 口調は柔らかかったけど、目はものすごく真剣だった。


 いろいろわからないことは多いし、聞いてみたいこともあるんだけど――『転移に関することは誰にも話さない』うん、覚えた。


 それにしても、災厄とは、そこまでして備えなければならないものなのだろうか。別に結婚していようといまいと、戦う時は戦う、それでいいんじゃないのかな。戦いがあまりにも長びいて、わたしたちが今やっているような短期訪問じゃ間に合わなくて、長期出張みたいな状態になったり、命を落とす危険もあったりするのかな? 

 でも、王子様の口調では、そんなに大変じゃない人もいるみたいだったし。


「アイリーンは王子様に興味はないの?」


 災厄について考えていたら、あらためて聞かれて、びっくりした。


「ないよ? これっぽっちも」


 親指と人差し指で「ごく少量」の形を作ってみせる。王子様に興味なんて全くない。


「何で?」


 なぜか不思議そうに聞かれた。


「何でって? イザム、わたしのこと婚約者設定だって言わなかった? わたしが王子様に興味持ってどうするの?」

 

 その答えを聞いて、嬉しそうな顔になる。


「そっか、じゃあ、いいや」

「『じゃあ、いいや?』だって、そのための設定でしょ?」

「うん。だけど、女の子は王子様、好きだろ?」


 こっちでは珍しい、ちょっと自信のなさそうな顔になった。


「それって物語限定じゃないの? それに、ろくに知らない人だよ――顔ならイザムの方が整ってるし」

「勝ってるの、顔だけ? 負けてるよりいいけど、それって誉めてないよ?」

「中身の変人具合も勝ってると思うよ?」


 残念男子なのはダントツ一位だ。


「……それも誉めてない」


 子どもみたいに唇をとがらせる。張り合ってどうしようっていうのか。


「……そうだな、わたしからの好かれ度合いなら、勝ってるよ?」


 てっきり「そんなもんで勝っても嬉しくない」とか言われると思ってたのに、とりあえず言ってみた言葉にイザムはぱっと笑顔になった。しかもそれが、よく見るいつもの偽笑顔じゃなかった。


 ――なんか、びっくり。


「とにかく当面は旅には出ずに待機の方がいいと思う。領地内ならシルバーたちがいるし♪」


 機嫌が戻ったのは助かるけど……ずいぶん情緒不安定だな。

 もしかしたらあのロクデナシの剣士のことがまだ尾を引いているのかもしれない。


「そうだね。他の仲間と交流して情報交換をした方がいいって言われても、もともと積極的に災厄を倒そうとか思ってないしね」

「ん。僕がここにいることで、ドラゴンの出没回数は激減したんだし、王子様にはそれでよしとしてもらおう」


 ドラゴン、ね。


 ニコニコと話すイザムを見ていたら、おびき出された上におちょくられて鱗を取られ、挙句の果てに暴風で山の向こうへ飛ばされていった気の毒な姿が脳裏に浮かんだ。

 ドラゴンが寄り付かなくなるわけだ。

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