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46. カエルとはなんのこと

 マッチ棒に集中していたせいで何か聞き逃したのかもしれない。


「ごめん、聞いてなかった。何の話だっけ?」

「いや、なんていうかその、俺に対する感情ってどうなってるのかなって思って……」


 そんな妙な顔で見なくても。


「感情って、友情……あ、でもちゃんと異性だって気づいてるよ? まあ、気づいたのはついこの間だったけど」

「ついこの前?」

「ん。キスされた後で気がついて、かなりびっくりした」


 本当にこの間のことだった。性別が違うってことは知っていたけれど、自分に対してあんな力があるってことは知らなかった。だからびっくりしたし、怖いと思った。


「そんなに最近!? フェストとマーメのときに、ちょっと嫉妬したのかと思ってたのに」


 情けない顔をしてから小さく「脈アリかと思った」って呟く。それからまたわたしの顔に視線を戻す。


 そんな、まじまじと見られても。それに、なんだそのコメントは。


「それね、王子様にも言われた。でも、違うんじゃないかって思う。あの時わたし、フェストに関しては、婚約者にするのに適役がいるんなら、わたしじゃなくてその人に頼んだ方がいいのにって思ったし、マーメは、あんな小さい子にメイドコスさせるとか、さすがにダメだと思ってがっかりして――」


 何か言いかけたイザムを手で制する。


「マーメのことはさ、イザムはそんなことするようなやつじゃないって思ったんだけど、わたしにフィギュアの格好させたときもすごく喜んでたし、確証はなかったし、あのフェストの後だったしで、けっこう混乱してたんだと思う。それについては、今はすぐに聞けばよかったって思ってるし、次があったらちゃんと聞くよ」


 イザムが頷いたのを確認して続けた。


「あんなふうに王子様のチャームにひっかかったのは不覚だったし、動揺してたのも確かだと思う。それに、イザムがわたしのことを、チャームを解くためにキスしてもいいかなって思うくらいには、好ましく思ってくれてることもわかった。

 だけどさ、わたしあの時、わたしじゃなくてもいいなら、婚約者としての立場は他の人と交換したらいいのに、ってそう思ったんだよ? ――そんなふうに思うのって、嫉妬してるとは言わないと思う」


 次のマッチ棒が刺さった粘土をもらおうと手の平を上にして伸ばしたら、なぜかイザムがその手を握った。


「イザム、手じゃなくてマッチを……」

「あのさ、その、なんて言ったらいいかわからないから、そのまま聞くけど、その動揺してたってやつは恋愛感情じゃないの?」


 軽く手を握ったまま机を回って隣に歩いてくる。

 その表情はいたって真面目で、怒ったり機嫌を損ねているわけではないのはわかるけど、何を感じているのかはわからなかった。


「ん~。動揺してたのは確かだよ? でもわたし、イザムのこと独り占めしたいとか、自分のことを見て欲しいとかって思ったことがない。

 むしろ、あんまり見ないで欲しいような気がするときはある……っていうか、今も? 別に変わった格好をしてるわけじゃないんだし、そんなに見ないでくれる? なんか居心地が悪いっていうか……」


「居心地が悪い……」


 そんな顔をされても、困る。

 わたしは正直に話したんだから、見るのをやめて欲しい。手も返して欲しいし、マッチは欲しい。


「あのさ、その粘土マッチをこっちに……」


 握られていない方の手を机の上の粘土に伸ばす。


「キスしてもいい?」


 突然の質問に、伸ばしかけた手が止まった。

 握られた手は優しく包まれたままで、表情はやわらかいままだ。

 そしていまの質問は脈絡がない。

 っていうか、聞き間違い? わたし、耳がおかしい?


「今、キスしていいかって聞いた?」


 オウム返しにイザムに聞けば、「うん」ってにこやかなまま返ってきた。


「何で?」

「今日できなかったから」

「何で?」


 どういう流れなのかよくわからないんだけど。


「『何で?』って? 今日、しようとしたとき止めただろ? カエルでもいいって言ったくせに人でダメなら、どこまでで殴られるのか確認しておいたほうが良さそうだから……この前も肘打ちされたし。まあ、あれはやり過ぎたせいってわかってるけど」


「……カエル?」


 雰囲気はやわらかいけど、何となく、視線に追いつめられているような気がして、落ち着かない。そしてカエルとは何のことだ。

 よくわからなくて眉を寄せれば、イザムも同じように眉を寄せた。


「……その顔は、やっぱり嫌だってこと?」

「……それは、わたしにキスしたいってこと?」


 そう聞いたらイザムの目が驚きに見開かれた。


「そうだよ?」

「そう……なの?」


 それは、びっくりだ。たぶんわたしの目も驚いてると思う。


「じゃあ、それは、わたしのことが好きってこと?」

「そうだよ?」


 当たり前みたいに、言われた。

 だけど、その「好き」って、たぶん違うと思う。


「そうだよ?」


 って、もう一度繰り返されたけど、違和感しかない。話が通じていないと思う。

 聞き間違い……じゃないか。


「……だって『カエル』になっても戻してくれるんだろ?」

「え?」


 またカエルが出てきたけど、なんのことだ?


「それってあの剣士さんの話?」

「え? ああ、アレ? アレはどうなるかな~」


 イザムは急に上機嫌になってニコニコし始めた。


「楽しそうに笑ってるけど、カエルだよ? かなりハードル高いと思う。たとえ中身が好きな人でも、見た目はちゃんとした生のカエルでしょ? それともアマガエルくらいにかわいいやつなの?」

「なまとか言うなよ……まあ、ぶっちゃけあれはガマ(・・)ガエルだけど。俺が解かなかった以上、魔法を解くのはそのお嬢さんとやらだろうから、どうなるかは本人たち次第。魔法が解けると同時に夢から覚めて幻滅する可能性もあるし」


 幻滅?


「なんで? 解けたら幸せになれるんじゃないの?」

「それはすんなりキスしてもらえた場合だろ。……壁にぶつけて潰される場合だってあるし」

「えっ!?」


 なにそれ、知らない。


 詳しく聞けば、カエルの王子様の童話には、カエルを嫌がったお姫様がベッドに入って来ようとしたカエルを壁に投げつけるというストーリーもあるそうで、どちらの場合でも王子様は人間に戻ってハッピーエンドなのだけれど、実際壁に投げつけられた場合、その先ラブラブのハッピーエンドになるかどうかは……確かに疑問。


 いや、カエル状態から人に戻してくれただけでも嬉しいってことになるの……かなあ。


「あいつもキスしてもらおうと必死だろうし、お嬢さんも大変だ」


 魔法をかけた直後はイザムも随分ショックを受けていたはずなのに、今はかなり楽しそうに話してる。


「……それは気の毒だね」


 ベッドにカエルとか、カエルにキスするとか、どっちにしろ大変だ。お嬢さんに同情する。


「やっぱり、知らなかったんだろ? ならキスする選択肢しかないし、俺よりカエルの方がマシだとか言うなよ。それはさすがにショック過ぎる」


 カエルになったこともないはずのイザムが、またわけのわからないことを言い出した。


「や、何のことかわかんないし。カエルがマシとか何のこと? ……そもそもカエルにキスとか、普通しないし」

「壁にぶつけるやつを知らなかったんだし、お前にとってのカエルを人間に戻す方法はキスすることだったんだろ? 俺はカエル以下ってこと?」


 だから、一体それは何のことだ。


「待って。これって何の話? 全然通じてないよ」

「カエルになっても戻してくれるって言ったろ? 壁にぶつけるんじゃなかったら、キスするつもりだってことだし、たとえカエルでもキスするのは嫌じゃないってことだろ?」


 あのさ、全然話が通じないんですけど?

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