45. ゲーロの王子?様
「害にしかならないような者であっても留まって欲しいということですか?」
「……害ではなく、利となるやもしれません。訪問者はわたくしたちとは違います。現にあなた達も、わたくしたちの持ち得ない力を保有しているのでしょう?」
そう言われてわたしたちは互いに顔を見合わせた。
たとえそうでも、わたしならあんな人を伴侶にするなんて嫌だ。そう思っていたら、考えが顔に出たらしく、王妃様が声の調子をゆるめた。
「それに、あの者には既に想う女性がいるようなので、ローゼリーアの身が危険ということはないと考えております」
「「えっ!?」」
イザムと声がそろった。
なにそれ!? だ。
わざわざお城まで王女様の顔を見に来て、ろくに人物確認もせずに人違い。スーパーで総菜でも選ぶかのように無遠慮な視線を注いで、それなりに気に入ったような発言をし、味見でもするかのように触っておいて、他に好きな人がいるとかって、どれだけ最低なんだ。
やっぱり踏み潰した方がいいんじゃないかな、とドレスの裾を摘まんで、たいして上げられない脚を確認しながら考えていると、王妃様が言葉を続けた。
「わたくしは先程侍従からことの次第を報告されて中庭に行ったのですが、お二人は既に席を外された後でした。そこにはアルフレッドが、その……それになりかけている男性と二人でおりまして」
王子様の持っている小さな籠を目線で示す。
「男性が涙ながらに話したところによると、彼はこの国に来る前に五つの国に行ったことがあるそうです。そして二つ目の国にとても気だてのよい商家のお嬢さんがいて、一緒になりたいと思ったのだとか。
しかしお嬢さんの方は、災厄の訪れが近づいているこの時期、訪問者は望めばどのような女性でも手に入れられることを気にして、どんなに口説いても承知してくれなかった。
それでもお店の旦那様の護衛として働きながら毎日のようにプロポーズを重ねていたら、お嬢さんも徐々に絆されて、せめてこの世界をよく見て知って、自分が手にすることのできる最上の人を知って欲しい、その上で考えが変わらないのなら、とおっしゃったそうなのです。
そこで身分もあり、美しい王女様を見ても心変わりしないことを示そうと、そういう目的で旅をしていた、とその者は言いました」
王妃様がどうしようもないといった様子でため息を吐く。
王子様も目を伏せたままだ。
「三つ目の国には王子しかおらず、四つ目の国の王女様はかわいらしい方だったけれど、まだ十二歳。早くお嬢さんのところに戻りたいが、とても相手にはならないとがっかりし、五つ目の国では療養中で会わせてもらえず、後で戻ってくると言い置いて先にこの国に来たところにアイリーン様を見て、これならと思ったと。
魅力的な女性を前に、つい魔が差して無遠慮に触れたことは確かに悪かったが、魔導士様の婚約者とは知らなかったし、けして奪おうとしたわけではない、元の姿に戻ることがかなわなくても、できることなら商家のお嬢さんの元に帰りたい。地面に這い蹲ってそう嘆いておりました。
……十二歳の王女様が対象外なのですから、ローゼリーアなど見向きもされないと思いますし、そこまで想う方がいらっしゃるのであれば、この世界のために役立っていただけると思うのです」
王妃様はそこまで話して、もう一度深く頭を下げた。
「魔導士様、どうかお情けをおかけくださいませ」
「私からもお願いいたします。どの口が、と思われるかもしれませんが、想う人と結ばれることができる者ならば、添い遂げさせてやりたいのです」
王子様の口調には、自分の境遇に対するやるせない想いが染みているような気がした。
イザムがその心を測るように眉を寄せる。
「アイリーン次第だな。俺の意趣返しはだいたい済んでいるし、実際に被害を受けたのはアイリーンだ」
「わたしの分なら、もうお返ししたよ」
そう言って拳を見せれば、なんだか凶器を見るような目。
まあ、その感想は間違っていないんだけどさ。
「それもそうか」
その答えに、王妃様と王子様も安堵の表情を浮かべる。
「そのままお嬢さんとやらのところに連れて行って、事情を話して置いてくるといい。二人の気持ちが本物なら戻れるだろ」
え? 戻してあげないの?
にやりと笑ったイザムを見ながらそう思ったのはわたしだけではないようで、王妃様と王子様の顎が落ちた。
王子様の手元にある小さな籠に、「向こうの世界から来たんだ。どうすれば戻れるか、わかってるよな? せいぜいがんばれ」と語りかける、イザムのその笑顔が真っ黒い。
「それって無理じゃ……」
思わず呟いて、心の底からお嬢さんに同情した。
「愛の力だろ? アイリーンにできるんだから、そのお嬢さんにだってできるんじゃないか?」
イザムは完全に悪い魔法使いの顔になっていた。
「……わたし、ゲーロにキスしたことなんてないよ?」
突然身に覚えのないことを言われて慌てて小声で否定する。
なんの話だ。
「知ってるけど?」
当然って感じで言われたけど、じゃあなんだ、さっきの言葉は?
「だいたい人間の俺がダメだったのにそいつが好きな人にキスしてもらえるとか、ありえない」
不満でいっぱいの呟き声。
なんだそれ。
~~~~~~
その日領地の館に帰ると、腹立たしい気持ちが落ち着かない、というイザムにどうしてもとせがまれて、しばらく膝に乗せられた。小さい子どもじゃあるまいし、かなり恥ずかしかった。
イザムはあの剣士をゲーロにしたことで怒りが半減し、その後のハグで動揺もずいぶん落ちついたようだったけれど、お城から戻ったときはまだうっすらと冷気を含んだ怒気が感じられて、いつも冷静で何事にも動じないシュヴァルツさんが、迎えに出た時に一瞬身を固くしてわたしを凝視した。
わたしのせいじゃありません~!
心の中で叫ぶと、その内心は読んでくれたように頷いてはくれた。
でも頷いてくれはしたんだけど、「お疲れさまでした。お茶を準備しますが本日は珍しい茶葉が手に入りまして、準備に手間取っておりますのでお時間をいただきます」と、そう言われたのが解せなかった。
だけど、イザムはその言葉に満足そうに頷いて、「カラメルのマカロンもつけてくれ」って一言追加した。
一礼して静かに下がったシュヴァルツさんがお茶のワゴンと一緒にイザムの部屋に来たのはなんと一時間半後で。その頃にはどうにか膝からおろしてもらえたけど、なんていうか、不機嫌なイザムを押し付けられた感が……半端なかった。
とりあえずイザムは機嫌を直してくれたみたいだったし、お茶は美味しかったしマカロンは幸せだったから、いいんだけど。
その後もなぜかわたしは自室に解放してもらえず、イザムに魔法の練習を見てもらうことになった。無言でいるのもなんなのでアルフレッド様との会話についても説明し、ついでに王子様の恋心についても話してみる。
「王子様の好きな人って誰かな~。恋は落ちるものってはっきり言ってたし、きっと大好きなんだと思うんだよね。イザムはわたしがここに来る前の王室事情を何か聞いてない?」
机の反対側で、イザムが粘土に一列になるようにマッチ棒を刺しながら眉を寄せて考える。
ちなみにこれはわたしの魔法の練習に使うもので、このマッチ棒に思い通りに火をつけていくのが練習なのだけれど、あっちについたりこっちについたりしてなかなか難しいのだ。
「俺はあんまり興味がなかったし、人付き合いも殆どしてなかったし……王女サマはまだちっちゃいだろ? ここにいるのはかなりの老人って噂のせいもあって、王室の恋愛事情なんてお前が来るまでまず関係なかったんだ。実際、あの王子サマがこんなに積極的にアイリーンに近づこうとすることも予想外だったし……。
今日の話だって、あいつがダメなら第一王子でもいいっていう意味に取れるだろ?
あれだけの魔石をつけていて、保護者公認の婚約者だってことにしたのに、横取りしようとされるとは思ってなかった……しかも第一王子ってことは仮にも未来の国の最高権力者だ。どうしてそこまでしようとする? アイリーンの相手が俺だとダメなのか?」
わたしは先にもらってあった練習材料の、右から二番目のマッチ棒の先端に意識を集め、白い部分が黒く焦げてポッと火がつくところを想像しながらじっと睨みつけた。
燃えろ、燃えろ。
わたしには魔法の才能は殆どないらしく、なかなか火がつかない。
イザムが次の粘土にマッチ棒を刺しながら喋る。
「それに各国に一人以上で最低七人、意見交換も大切とか言っておいて、戦いはまるで個人戦みたいな言い方だ。しかも簡単に勝利できることもあり、苦戦することもあるなんて、わけがわからない」
ポッと音がして火がともった……むうう、三番目のマッチ棒。
「そういうことを調べたり相談したりするための旅なのかもね。向こうの住人とこっちの住人で協力するんだって王妃様も言ってたし、それぞれに別の世界の住人がパートナーとして必要なのかも」
気を取りなおしてもう一度二番目を狙う。今度は一番目が燃えた。
むむう。
「それはあり得るな。だけど、あの剣士のパートナーが商家の娘でもいいなら基準は何だ? 何の思惑もなくある日出会っただけの商家の娘が戦闘向きとは思えない」
やっと二番目に火がついた。ふう。四番目を狙う前に大きく深呼吸だ。
「イザムは王女様から何か気になる情報とか、聞いてないの?」
視線はマッチ棒に固定したままで聞く。
「五歳だぞ? 好きな食べ物や生き物、本や趣味の話で終わったよ。あとは始終好みの異性のタイプだ」
首を振りながら苦笑する。
「あんなに小さいのに、けっこう本気でお前と張り合う気だったぞ。五歳は異性じゃないって言ったら、『やきもちをやかせられたら認めてくれますか?』ってプリプリ怒って。あんまりバカバカしいから抱っこして、たとえこんなふうに抱き上げても競争相手にもならないって言ってやった」
ああ、あのかわいいため息の時か。
「そんな話してたの? やきもちとは難易度高かったね~王女サマ。わたしの場合はまず誰かに恋愛感情を……いや、興味を持つところから始めないと……わたしのレベルの低さを甘く見ちゃいけないぞ……ああ、もう! 今度は五番目に火がついたし。今度こそ四番目に……燃えろ燃えろ~」
次はちゃんと四番目に火がついて、次は六番目を飛ばして七番目を狙う。これも無事点火して、八番目を飛ばして九番目。これは失敗。十番目に火がついた。机の上に身を乗り出すようにしてマッチ棒を見つめる。
次は今度こそ九番目、それから八番、六番……十本全部点火して、次のマッチが刺さった粘土をもらおうと体を起こしたら、いつの間にか無言になったイザムがテーブルの反対側から変な顔をしてじっとこっちを見ていた。




