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44. 放浪者とは

 そのままどのくらいそうしていたのか、呼吸で動く胸とその鼓動だけを感じていると、イザムがそっと腕を動かしてわたしの髪に触れた。もう一方の手が静かにわたしを抱きしめる。額の高さに顎が当たって、イザムの身体に張り詰めていた緊張が少しだけ緩んだ。


「……あんなことをした俺は――あんなことができる俺は、怖いだろ? あんなのを見せるつもりはなかった。……カッとなって、相手のこの先の人生を思いやることもせずに奪って、力があるのを、優位に立っているのをいいことに、後始末もあいつに押し付けて――」


 話すうちにまた身体が硬くなってきて、背中の手にも力が入ってきた。


「やったことに後悔はないけど、俺はこんな――こんなやり方でしか守れない。戦えない」


 顔をあげて目を合わせようとしたら、髪の毛に触れていた方の手がそれを止めた。

 仕方ないのでそのまま答える。


「じゅうぶん過ぎるくらい守ってもらってる。それに、戦うのはわたしの仕事。ちょっと体勢は悪かったけど、わたしの上段突き、なかなかのものだったと思わない?」


 明るく言えば、頬が当たったままの胸が軽く震えて、イザムが少しだけ笑ってくれたのがわかった。

 さっきよりは力も抜けたみたい。


「……あれは、いい顔してたな」

「呆然としてたね。あれでもかなり加減はしたんだよ? まあ鼻はさ、折れるし腫れるし血も出るから派手だけど」

「……加減なんてしなくてもいいのに」

「相手が死んでも?」


 そう言って軽くイザムの胸を押せば、腕が緩んだ。今度こそ、と見上げれば、こっちの真意を測るような顔で見下ろしている。


「上段突きっていうのはね、本来人中っていう急所を狙う技で、まともに入れば痛みでのた打ち回るなんてもんじゃないんだよ。それこそ死ぬこともあるくらいに。イザムは知らなかったと思うけど、わたしには――それができる」


 この機会に、わたしに何ができるのかということを、ちゃんと伝えておこう。


「ね、イザム。わたしを見て? ――ちゃんと、落ちついて見てみて?」


 二歩離れてから、胸の前で両手を上に向けて開いた。


「イザムの目に何が見えてるのか、わたしにはわからないけど、わたしは守られるのが仕事のお姫様じゃないの。仲間だって言ったよね。

 そしてこの世界でわたしにとって怖いのは物理攻撃じゃない。

 確かにあの人は剣を持っていたけど、あの人よりわたしの方がたぶんずっと速かった。狩りの練習をしていて思ったんだけど、この世界って自分に合った特性が現実よりずっと出しやすいし伸びやすいんだと思う。わたし、結構素早いよ?

 そしてわたしにとっては、あの人の剣より王子様のチャームの方がよっぽど対処に困る。だけど今日のアルフレッド王子様は、わたしに魔法を使おうなんてかけらも思っていなかった。それはイザムのおかげなの。イザムはちゃんと守ってくれてる」


 大丈夫なんだよ、っていう気持ちを込めて、笑顔でゆっくり頷いてみせた。


「だけど俺がここに連れてきたせいで――」

「無理やり連れてこられたわけじゃない。それを決めたのはわたし。ここにいる選択をしたのもわたしだよ。あの痴漢が乱入して来るまではここは安全な場所だったし、あの人がバカなのはイザムのせいじゃない」

「でも――」


 片手をあげて言葉を遮った。


「次からはわたしが、イザムにあんなことさせない。必要なら、ちゃんと自分でやるから――自分を責めないで」


 決意を込めてじっと見つめれば、まいったなっていう小さな笑み。


「させろよ……婚約者だろ?」


 諦めたように首を振って笑みを浮かべたイザムは、さっきわたしが空けた二歩の距離を一歩で詰めて、目の前に立った。


 右手を伸ばしてわたしの頬を撫でる。そのままその手を顎まで滑らせた。

 後頭部に触れた左手に、なんだかデジャヴ? と思ったときには目の前にイザムの端麗な顔が近づいていた。


 ハッとすると同時に反射的にイザムの唇に両手を当てて拒否したのは、考えての行動じゃなかったし、仕方なかったと思う。


「させろよ……婚約者だろ?」


 さっきと全く同じだけど、ニュアンスが全く違う言葉に、自分がイザムの意図を誤解したわけではないのがわかって、後ずさろうとしたらまたしても顎の手が外れ、背中に回されて引き寄せられた。


 なに、このデジャヴだらけの動き。


 息をのむと同時にわたしが拳を作ったのが見えたらしく、イザムはそこで動きを止めた。

 暫し睨み合っていると、さっき入ってきた扉から控えめなノックの音が響いた。


「くそ」


 小さなつぶやきが聞こえたけど、聞かなかったことにする。

 元気になったみたいだし、それでいいや。


 扉が開くと、そこには王妃様と顔面蒼白のアルフレッド王子が憔悴した様子で立っていた。

 王子様の手元には小さな籠。


「ああ、終わったのか」


 わたしを引き寄せて、当たり前のことみたいに話すイザムは、口調も違う。さっきまでの動揺は欠片も見せない。


「そろそろお暇しようと思っていたところです。それの管理はお任せしますので、お好きにどうぞ」


 その言葉を言いきらないうちに、王妃様が、ばっ、とその場に跪いた。すぐに王子様も続く。


「無礼を働いたことは心よりお詫び申し上げます。わたくしたちのことはいかようにしていただいても構いません。どうかこの者を、もとの姿に戻してやってくださいませ」


 驚いた。あんな礼儀知らずのろくでなしを、自分たちを犠牲にしても助けたいと思うなんて。

 王妃様も王子様も、俯いて平伏したままだ。


「どうして?」


 口をついて出たわたしの疑問に、王妃様が答えた。


「あのような者でも、災厄を祓う手立てになりうるからです。災厄とはそれほどに危険なもので、滅びの危機なのです。あの者はこの世界との結びつきを自ら求めてこの国に来ました。この地に留まり災厄を祓う意思があるのなら、協力するのは王家の者だけでなく、この世界に生まれた者の務めです」 


 きっぱりと言いきりはしたものの、けしてそれを心から望んでいるわけではないことがわかる、苦しい口調だった。


「この者がこの城に来たのは、この世界に留まることを望んだ上で、自分の立ち位置を確認するためです。権力がある身分の高い女性を自分の相手と考えるなら、通常は王女が最適です。各国を回り、どのような人物がいるのか見て回る訪問者がいることに不思議はありません。

 この者はアルフレッドと一緒にいたアイリーン様を見て妹のローゼリーアだと早合点したのです。それについては大変申し訳ないことをいたしました」

 

 へえ、ローゼリーア様と勘違いされたのか……でもだったらますます、嫌な相手じゃないのかな。一国の王女様に、痴漢だよ? ありえないと思う。


「あのような輩は、人に戻すよりはこのままにしておいたほうが良いと思われませんか?」


 イザムも問いかけた。


「そういうわけにはいかないのです。そもそもこの世界にいられる訪問者の数は限られていると言われています。あのままの形でここにいさせれば、それだけ災厄を祓える可能性が減ります」

「だが人に戻せば、あれが王女様を気に入って、娶りたいと言い出す可能性もある。それでもいいのですか? 王子はそれが至極お嫌だったようですよ?」


 最後の一言に短く息をのんだ王妃様だったが、顔をあげて小さく首を振った。


「アルフレッドがどう感じようと、わたしくしたちに選択肢はありません。ローゼリーアをお気に召したのであれば、幸せになれるよう、精一杯助けるだけです」

「嫌なら踏み潰してしまえばいい。今なら容易いでしょう」


 イザムが片方の眉をあげてそそのかしたけれど、王妃様はゆっくりと首を振った。


「それもままなりません。この世界に留まってもよいと考える訪問者は、決して多くないのです。この者の存在を消したとしても新しく訪問者がやって来る保証はありませんし、新しい訪問者がこの者と同じようにこの世界に留まる選択をするかどうかも保証されません。

 訪問者を失うリスクは大き過ぎて、災厄の訪れの近いこの世界では許されないことなのです」


 受け入れるしかない現状――結婚相手なんて、親としては最大の悩みだろうに、できる対処はないと言う。


 それは、なんでなの?

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