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41. 災厄とは

 一番ふさわしい言葉は――『友人』だ。

 ただ、ここでの返答にはふさわしくない。

 一つ首を振って、ここにふさわしい答えに切り替える。


「選択肢など、ありません」

「では強制されたものだと?」

「いいえ。強制なんて。そんな人じゃありません――それがいいと自分で判断しました」


 強制などされていないし、正直にそういう設定にしたいと言われたし、少なくともわたしは嫌がってはいない。

 だけど今度は不思議そうな顔をされた。

 当人同士が納得しているのだから、わたしたちのことはそれでいいんだけど。


「そんな顔をなさらなくとも――アルフレッド様の方はどうなのですか?」

「どう――とは?」

「好きな方がいらっしゃるのでしょう? どんな方なのですか?」


 そう聞いたら、王子様の眉が一瞬跳ねた。


「どうしてそう思ったのか、聞いてもいいですか?」

「どうして――? そうですね、いろいろですけれど――この前お話したときに、『夫になる人の性癖に興味がないのですか?』とお聞きになりましたし、変わった性癖があるにもかかわらず婚姻に反対しない親族に驚いていたこともです。どなたかとの結婚を考えたことがあるのでしょう? 『やはり(・・・)私のような男は好きではありませんか?』ともおっしゃっていましたので、あまりうまくいっていないのかな、とも思いました。

 それにわたしがあなたに靡かないことを『残念だ』と言いながらも、あなた自身はそれほど残念そうには見えませんでしたし――どれもわたしに対する言葉だと取ることはできたのですが、何よりわたしが『失恋した気分だ』と言ったとき『失恋したのは自分の方』と――あのとき、ちゃんと寂しそうでしたから」


 お茶を口に運びながらそっとカップの縁ごしに覗けば、その顔に自嘲するような笑みが浮かんだ。

 それも一瞬で消えたけど。


「ずいぶんと――よく見ていらっしゃいますね」


 す、と目を細めた彼からは王妃様によく似た穏やかで優しそうな外見が消え、人の力量を見定めようとする、おそらく冷静沈着な一面が伺えた。


「ということは当たりですね? 相手の方とはきちんとお話しされたのですか。失恋したつもりになって会話を疎かにしては伝わるものも伝わりませんよ」


 人のことに首を突っ込むくらいなら自分のことに集中してくれ。

 そう思って言ってみたけれど、軽く肩をすくめただけでいなされてしまった。


「さてさて、困りましたね。そんなふうに私のことを分析なさったということは、これからどんなに熱心に私が貴女を口説こうとしても信用していただけそうにない」


 表情には穏やかな微笑みが戻っている。


「口説こうとするのをやめていただけるのがお互いに一番いいと思うのですが?」


 遊んでいるようなものとは言え、他に想う人がいると認めたうえで、まだ茶番を続ける気があるのか、とちょっと呆れた。


「兄としてはそういうわけにもいかないのですよ。ほら、妹も頑張っていますし」


 ちょっと不機嫌そうな声で言われて見やれば、王女様がイザムの手を取ってお花のような笑顔を見せ、二人で散策に行こうと誘っている。

 そんな彼女はとてもかわいらしいけれど、やっぱり結婚相手としては見れないんじゃないかな、って思う。だって、五歳だし。


 イザムもまったく警戒していないしね。


「断るのがかわいそうだと思うのなら、我々も一緒に行きましょう。きちんと紳士的なエスコートをしますよ」


 王子様が立ち上がる。


「ローゼリーア。あまり迷惑をかけて嫌われてしまっては元も子もないぞ?」


 アルフレッド様がそう王女様に声をかけると、王妃様も「そうですよ」とやんわり宥めた。


 王子様がわたしの手を取って促すと、王女様とそのお友達はイザムのまわりに集まった。王女様と同じくらいの歳の子から十歳くらいの子まで、にぎやかな集団に囲まれて少し困っているイザムをほほえましく見ていると、その集団の中では年かさの男の子が一人、わたしたちの方へ歩いてこようとして王子様の顔を見て足を止め、軽く首を振られて集団に戻って行った。


「アルフレッド様は子どもがお好きではないのですか?」


 たぶんあの子はわたしたちと一緒に歩こうとして止められたんだと思う。何が問題だったのかわからなくて聞いてみた。


「子どもは好きですよ」


 にこ、と王子様が笑う。


 ? 

 だったら一緒に散歩しそうなものだけれど。


「行きましょうか」


 王女様が言い出した散歩だったはずが、わたしたちの方が先行するかたちになって、誘われるままに歩きだした。

 王妃様は行かないらしく、室内に戻るようだ。侍従が何人かわたしたちに付き従い、少し距離を開けて後ろを歩いて来た。


 しばらくの間、わたしと王子様は背後から聞こえるかわいらしい声たちを聞きながら無言のままで歩いた。


 秋の午後の光は優しく、まだ冬を感じさせるほどではない。きちんと手入れされた庭園を、夏の名残の花たちが彩っている。

 小道を進んで行くと小さな橋が架かった小川がキラキラと光を反射して流れている場所に出た。その先にはきちんと刈りこまれた背の低い緑の生け垣がある。

 大人の身長では簡単にみきれてしまうその生垣は、子どもたちが遊べるような迷路になっているのだ、と王子様が教えてくれた。


 王女様がイザムを誘っている声が聞こえる。

 足を止めた王子様は、すぐ近くの高台を指さした。


「災厄についてもう少し話しましょうか」


 そこは迷路の中で子どもが迷った時に助け舟を出せるように作られた小さな丘で、ベンチがあった。そこならお互いを見失うこともない。


 並んで腰を下ろすと、王子様は少しだけ眉を寄せて慎重に話し出した。


「災厄を祓うとされる人物はそれぞれの国に一人以上必要なのです。海の向こうのことはわかりませんが、ここは七つの国から成っているので最低でも七人ですね。

 私たちこの世界の住人にとっては、定住先が決まった状態で各国にいるのが望ましい――国の力の均衡を保つために。

 今、この国には御祖父様とあなたと彼がいるとされているでしょう? このように一つの国に複数名がいる場合もありますが、訪問者は国境を越えて移動しますので全体数ははっきりしません。そして定住してくれるかどうかは運次第――各国二名以上が候補となって欲しいところですが、もっと多くてもいい。現に訪問者が三名もいるこの国でも定住者はゼロですから」


 ふむふむ。

 それが一つのパーティを組むなら結構な大所帯だし、そうまでして祓う必要がある災厄って、けっこう怖そう。


「戦いが必要になるのですか? その……祖父や魔導士様は剣や盾を使うような争いは得手ではないのです。わたし自身もとりわけ武芸に秀でているようなことはありません――あくまでも手助けになる、といった程度です。勇者と呼ばれる方がいるのなら、その方のお手伝いをする。そういった協力の仕方でよろしいのでしょうか?」


 わたしの知っているRPGなんかだと、主人公が戦って、それを支えるメンバーがいるんだけどな。


 王子様は困ったような顔をした。


「私には、それは出会った災厄による、としかお答えできません。それに、そこは私も知らないのです。

 この世界に住む私たちの共通理解は、国の数よりも多くの「訪問者」、つまりあなたたちのように他の世界からやって来る人間――が必要であることと、彼らに協力することで災厄が祓えること、そのための協力を惜しんではならないことの三つです」


 災厄、ねえ。それなんだよね。


「過去の災厄がどういったものなのか、まったく伝わっていないのですか?」


 今度はにこ、と優しく笑った。何か知っているのかな。


「記録はありませんが、災厄の厄介具合は対峙する人間による、と言われています。あっさり対処する方もいれば、最後まで苦戦する方もいる、と聞いています。

 災厄と呼ばれるものに対峙するのですから仕方のないことなのでしょうが……できればあまり傷つかない方法で済めば、と誰もが思っていますし、だから私たちこの世界の者も精一杯協力するのです」

「人によるのですか……」


 それで災厄の正体が伝わっていないのか。

 それに最後まで苦戦する人も……それで王子様はそんな優しい顔になったのか。


「ほとんど戦わずに済む可能性だってあるのですから、今の時点ではあまり悲観的にならなくてもいいと思いますよ。仲間同士で話し合っているうちに解決策がみつかることもあるでしょうし。この国にいて欲しいのはやまやまですが、あちらこちらの国を見て回ることで変わる気持ちもあるかもしれません。もちろんいつでもお手伝いする気持ちは私にもありますが――」


 王子様はそこで言葉を切って、自分の手を見つめた。今日も汚れ一つない白い手袋で覆われている。


「一つ聞いてもいいですか? 単なる興味として怒らずにそのまま答えていただきたいのですが」


 王子様が穏やかに切り出した。

 怒らずに、ということは怒られそうな質問がくるということで、わたしは少しだけ身構えた。


「何でしょう?」

「私と兄でしたら、貴女はどちらが好ましいと――伴侶にふさわしい、と思われますか?」


「はい?」


 おもわず素に戻って目を見開いたわたしに苦笑して、「感じたまま答えていただければ」と王子様は言葉を追加した。


 感じたままって言ったって、どう答えても不敬だと思う。

 それにもう一人の王子様のことは、何も知らない。好ましいも何もない。それに、人の好みなどそれぞれ違う。

 アルフレッド様の好きな女性は第一王子様――名前、知らない――を好いているのだろうか。


 そんなことを頭の中で考えていると、王子様は何やら説明を始めた。


「貴女があの魔導士様のことを好ましく思っているなら、外見的に競うなら兄より私の方が好ましいのではないかと思ったのです。それに私は第二王子で、身分も兄より気楽ですから伴侶としては悪くない。

 しかし、考え違いということもあります。『自分で判断した』とあれだけはっきり仰ったからには、貴女は彼を信頼しているのでしょう? だが貴女は先ほど『選択肢などない』とも仰った。選択肢がない中での婚約ならば、伴侶として心から望んでいるわけではないのでしょう? そう考えればまだ――」


 まてまて、まさかこれって純粋にわたしの好みを聞いてるの?

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