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40. お茶会

 今回はお茶会なので遅れずに到着し、案内された中庭(中庭だって言われたけど、本当に中庭だろうかと思うほど広い)で、まず王妃様と王子様、王女様に招待のお礼を兼ねて挨拶をする。


 招待を受けたのはイザムなので今回も基本的にわたしは黙ったままだけれど、ただ導かれるままに進み出てイザムが話すのを待っていただけの前回とは違い、自分の立ち位置や表情にも気をつけた。


「いつでも誰かが見ていると思って、指先まで気を抜かずに、背筋を伸ばして、骨盤の向きを意識して、微笑みを絶やさないことです」


 シュヴァルツさんが教えてくれたことは、異世界でさえも例外のない万国共通の「美しさ」らしかった。

 空手の道場で黙想するときのように背筋を伸ばし、自分の重心を意識する。

 イザム自身が少し崩れた印象を与えるため、一緒にいるわたしまで姿勢を崩すと途端に全体が安っぽくなるから気をつけるように、と何度も繰り返し教えてくれたのだから、姿勢一つくらいは通してがんばりたい。表情も身体も動かしていいのだから空手の黙想よりも楽だし。


「本日はお招き頂きありがとう存じます」


 挨拶の言葉を述べるイザムの横で丁寧に膝を折り、タイトなドレスの許す範囲で礼をして、背筋を伸ばして笑みを浮かべれば、前回とは違い、王妃様もにっこりと微笑んでくれた。

 アルフレッド王子様の方にはちらりと短い視線を送るにとどめたけれど、そちらも優しい顔をしていた。

 なんとなくだけど、イザムまでちょっと誇らしげな顔をしたような気がする。


 うすい水色のドレスを着た王女様が、膝を折って視線の高さを揃えたイザムに嬉しそうに話しかける後ろで、王妃様が笑みを崩し、わたしに対して少しだけ申し訳なさそうな顔を向けた。


「小さいとはいえ娘のわがままを聞いていただいたこと、感謝しています。無理な願いを重ねるつもりはありませんが、今日は楽しく過ごさせてやって下さいませ」

「こちらこそ、先日のお誕生日のお祝いではお暇乞いもせずに失礼いたしました。かわいらしいお姫様の目にとまったこと、わたくしたちも微笑ましく話しておりました」


 微笑んだままそう話し、イザムと目を合わせて頷きあえば、王妃様の顔に笑みが戻る。


「母上、アイリーン様は私がお相手させていただきます」


 本質をきっちり隠した穏やかな笑みを浮かべて王子様が言えば、「くれぐれも失礼のないようにするのですよ」と、王妃様は釘を刺してくれた。


 そのままわたしが王子様の伸ばした手を取れば、イザムもちら、とこっちを見て眉を上げた後で小さな王女様に手を差し伸べる。


 一応、気をつけろってことなのだろう――心配しなくても大丈夫だと思うけど。

 この前のチャームのことがあったせいで心配してくれているのはわかるけど、この人は『命は惜しい』ってはっきり言っていたし、そういう意味では指一本触られてないっていうのも本当だ。


 すぐ近くのテーブルに誘われた。イザムの方は王女様と王妃様と一緒らしい。


「ローゼリーアが無理を言わないように、母上が取り計らってくれますから大丈夫ですよ。貴女が一緒だと一人前に嫉妬するようですので、テーブルは別ですが」


 小声で説明してくれた王子様にお礼を述べて座れば、すぐにお茶が運ばれてくる。

 隣に座った王子様はにこやかに話しかけてきた。優しそうな見た目は相変わらずで、今日は白のシャツに銀のジャケットだ。さすがにこういった服を着慣れているようでどこにも違和感がない。


「雰囲気が変わりましたね。ちょっと近づきがたい感じになりました」


 そう言われて驚いた。


「近づきがたい感じですか? マナーを勉強したので、むしろ受け入れやすい感じになったのではないかと思っていましたが」


 近づきがたい、と言われるとは心外だ。


「王子の(・・・)相手としては受け入れやすい感じになりましたよ。母も嬉しそうな顔をしていたでしょう? ですが私にとっては――そうですね、手を出しにくくなったというか、敬意を払うべき存在に近づいたと言いますか……」

「どちらにせよ、わたしには王子様のお相手は務まりませんので、せめて失礼のないようにしたいと思ったのですけれど」


 そのまま説明したら、苦笑いが返って来た。

 不思議な王子様だな。そういう見方もあるのか。


「この前、最後に見たあなたはとてもかわいらしかったのに、まじめにお話をしなければならないような気がしてしまう。実に残念だ」


 ごく短い間しか目を合わせてないのに、そこを狙って片目をつむってみせる。その素早さに驚くとともに、この人はこういった会話に慣れてるんだなあ、とまた思う。


「それでしたらとても喜ばしいことです。今日は教えていただきたいことがあるので」


 話題を変えてそう切り出せば、王子様は仕方ない、というように肩をすくめた。椅子の背に寄りかかるように少しだけ姿勢を崩し、軽く両腕を広げる。


「なんなりと。伺いましょう」

「この場で尋ねても構わないのであれば、祖父の協力が欲しいという災厄に関することを伺っても?」


 声を押さえて聞いてみると、笑みが返ってきた。


「たいして詳しくはないのですが、できる範囲でよければ、お答えしますよ」

「ありがとうございます。ご存知のようにわたしはこの世界に慣れていないので」


 前置きをしてから、災厄がどのようなものであるのか、またその災厄を迎え撃つとされているメインの人物は既に現れているのかと聞いてみた。


「そうですね……前回の災厄について、記述による記録は殆ど残っていません。何しろ千年近く前ですし。今回の災厄は、今のところ立ち向かうのは困難……と私には思えます。あなたの御祖父様は強力な力を持つと言われていますが、高齢とのことですし、そちらの魔導士様と、あなたが来てくださっているけれど……どなたもまだこの国に定住したとは言えないうえに、この世界を訪れている訪問者自体が少ないようです。

 他の国にどれだけ放浪者、失礼、訪問者がいるのかまだはっきりしておりませんが、各国に最低一人、できれば数人いてもらいたいのです。災厄を迎え撃つにも、もう少し人数が増えないことには立ち向かえそうにありません」


 そう言って首を横に振る。


「私も兄も妹も、災厄の件が落ち着くまではこのまま身動きが取れないので、早く解決してもらった方が助かるのですが」


 そう言いながらじっと視線をわたしに当てているのがわかって、少し居心地が悪い。


「身動きが取れないと言うのは?」

「協力が得られるのであれば応える。そのために身を開けておく必要があるのです。まあ、妹はまだ幼いのでそこまで重く考える必要はないと思っていますが。けれどああやって将来の伴侶を考える程度には成長しているようだ」


 そうやって少し硬い視線を送る先では、若干五歳の王女様が一生懸命イザムに話しかけている。ひたむきな瞳で、一心に見つめており、イザムも時折微笑んで答えを返しているところを見るときちんと会話になっているようだ。


「定住すること――それが重要なのですか? 伴侶ということは、結婚相手として? 失礼かもしれませんが、王女様はあんなに小さいのに……」


 わたしが五歳の時は、結婚とか、それこそおとぎ話の中に出てくるようなもので、全く考えたことがなかったような気がする。

 王女様がイザムを見上げる様子はかわいいけれど、設定とはいえ一応婚約者をやらせてもらっている立場のわたしから見ても、邪魔をしたほうがいいかな、なんて考えは頭をよぎりもしない。


 早すぎでしょう。絶対に。


「彼は貴女を伴侶とすることに一切の迷いはないのですか?」


 イザムがまた王女様に小さい子相手のゆる~い笑顔を見せた時、王子様に突然そう聞かれて、答えに窮した。


 イザムがわたしをこの世界に呼んだ理由は、まずは災厄を祓う意思がある、と周りに思わせることだ。婚約者の設定は後付けだけど、それはこっちの住人との婚姻を避けるため。こちらでの恋愛や結婚といった、移住・定住を考えるような繋がりを持ちたくない、と言っていた。

 つまり婚約者だというのは単に都合がいいからで、わたしはイザムがこの世界で妙齢の女性から言い寄られることを防ぐための盾だ。


 迷いどころか伴侶にするつもりも、最初からあるわけがない。

 『一切の迷いがない』のではなくて、『一切考慮していない』んだよね。


 だけど単に『移住』という点では――。

 王女様と話しているイザムを見やる。

 イザムが「向こうの現実を捨ててこの世界で暮らす」ことに惹かれているのは確かで、それは自分でも認めていたし、そこに迷いが一切ないのかと聞かれると、正直なところはわからない。

 ――王子様にはそんなことは教えないけれど。


 わたしの無言を何ととったのか、王子様はもう一つ質問した。


「貴女はどうなのですか? 彼以外は伴侶として認めないと、心から思っているのですか?」


 つい眉が寄りそうになって、慌てて戻した。


 それはありえない。

 だってそもそもの常識が違う。

 わたしたちは十六歳で、結婚なんてまったく現実的ではなくて、未来のことだ。


 この世界での結婚観に照らし合わせればわたしたちの年齢は適齢期として全く問題ないのかもしれないけれど、向こうの現実では違う。

  わたしたちは今高校生で、結婚などまったく考えられない。住まいや収入のことだってある。家庭を持って生きられる状態にない。


 年齢のことだけじゃない。気持ちのこともそうだ。

 本来のわたしにとってのあいつは、幼馴染で同級生。

 嫉妬するような間柄には遠い、と王子様に言ったのは本当だ。

 わたしたちは恋愛関係にはないし、あったこともない。正直に答えるならば、伴侶として考えたことだって、お互いに一度もないはずだ。それとも保育園時代にはあったりしたのだろうか――つまりはその程度。

 しかもわたしなんて、恋愛関係どころかそういう意味で異性であることを認識したのもついこの間――あのキスのせいだ。

 ――それも王子様に話すつもりなど、やっぱり全くないけれど。


「伴侶として――ですか」


 あらためて、考えてみる。

 現実むこうではともかく、この世界での伴侶としてならどうだろう。

 住まいがあって、食べ物に困らないだけの力がある。もちろん見た目はいい――笑顔で王女様が釣られるくらいだし。伴侶になりたいと思う人がいてもおかしくないのかもしれない。


 わたしは別として。


「それ以外に、選択肢があるのですか?」


 意外そうに眉をあげて王子様が聞いた。

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