4. 初・バトル
わたしは夕食の後、親に一言「勇のうちにゲームをしに行く」と言って出かけたはずだ。
いつものボサボサ頭じゃなくて、ごく普通状態の勇に迎えられて勇の部屋に行くと、机の上にはパソコンと帰りに買ったあのフィギュアがあった。
モニターの前に二人で座って、そこに映った魔法陣のような模様――オープニング画面のようなものだと思う――を見た。
勇がわたしの肩に手をまわし、「じゃあ、行くよ。僕は向こうでは大魔導士イザム。愛梨は駆け出しのシーフで、アイリーンだ」そう言って画面に触れた――そして気がついたらこの状態だった。
コントローラーを手にしているわけでもなく、画面を見ているわけでもなく、バーチャルリアリティーのゴーグルをつけている状態でもない。それなのにまるでゲームの世界に飛び込んだように、ここにいた。
「ああ、ここはね、異世界なんだ。僕たちはまったく違う世界に転送されたんだよ。これから冒険の旅に出るんだ」
は? 寝言? わたしたち、中二じゃなくて高一だけど?
わたしの心の声が聞こえたらしく、イザムはコホンと一つ咳払いをして大魔導士らしく威厳を持った声で言い直した。
「我々は、この世界の救世主として送り込まれた。その使命を果たすため、いざ、旅出とう」
いやいやいやいや、そんな芝居がかった言い方をしてみたところで、言ってる内容変わってないよ?
無言のままで温度の低いじと目で見ていると、イザムは芝居がかった仕草のまま、手にした杖で林の先に進むようにとわたしを促した。
示された方には小道のようなものが続いている。
「わたしが……先に行くの?」
「だって僕のは支援ジョブだし」
ニコニコ。
「わたしのは違うの? そしてなんでそんなに嬉しそうなの?」
「いやぁ、今までずっと一人でやって来たから、仲間がいるのが嬉しくて……後方支援ジョブでよかった」
妙に実感がこもった言い方がなんだか気になる。
「なんか……企んでる?」
「そんなことない、ないないないよ! さあ、行こう。初期装備はダガーにしといたけど、アイリーンはシーフだから素手だってそれなりに戦えるんだよ。回復アイテムだってちゃんとあるし、僕は呪文も使えるし」
そう言われて目をやれば、腰のベルトに小さなウエストポーチみたいな袋がついている。アイテムボックス、ってやつらしい。
開けて中を見てみると、見た目は小さいのに中身は底知れずのドラ〇もんのポケットみたいな便利グッズだった。回復アイテムらしい小ビン複数のほかに、どうやって詰めてあるのか剣や盾、杖やハンマーや手裏剣、鞭まで入っているのがわかる。
いったいどういう仕組みなのか気になるけど、でも今もっと気になるのは素手でも戦えるとか、回復が必要って台詞だ。
「それって、何か出るってことだよね? 何が出るの? わたし、何と戦うの?」
ゲーム世界だろうが異世界だろうが、既に入り込んでいるってことは、もう今この時点で危険があるってことなのか。
急にこの世界が真実味を帯びてきて、眉を寄せて今の自分にできそうなことを考える。
「大丈夫だって! ここには僕にもやっつけられるような弱い敵しか出ないし、万が一ちょっと強いのが出ても僕がいるから安心して戦って!」
ニコニコニコニコ。
「……だったら、わたしじゃなくて自分で戦っても変わらないんじゃないの?」
「いやいやいやいや、僕が前に出たら支援魔法も回復魔法もちゃんとはできないよ? それにせっかくほら、初めての仲間との行動だし、ちゃんと後方支援らしいことをやってみたいから!」
そう言ってわたしの背中を軽く押す。なんか、すごくわざとらしい。
一歩、二歩、三歩、くるり。
三歩進んだところで振り向くと、途端に、イザムの視線がわたしの腰のあたりから斜め上に向かった。絶対、見間違いなんかじゃない。
「ちょっと!? 後ろ歩くの禁止!」
「そんな! せっかくの太も……じゃなくて後方支援ジョブなのに」
「ダメ! 絶っっ対ダメ!」
その後、並んで歩き出してはみたものの、今度はちらりちらりと隣から見おろされる視線が向かう先が気になってしかたがない。わたしがイザムの方を見れば視線こそささっと反対側にそれるけど、頬が緩んでる。
よりによってこんなフィギュアを選んじゃったから……。
今更だけど、もっと露出の少ないやつを選ぶんだった、と後悔した。
セクシーカラーの黒のビスチェの胸もとにはしっかり立派な谷間ができていて、自分でさえも非常に気になるわけで。
後ろからジロジロ見られたくなくて隣に並んでみてもちっとも落ちつかない。
っていうか、どこにいようとこの格好というか体型そのものが問題だと思う。
後ろから好きなように観察されるのも嫌だけど、隣から見下ろされるのも嫌だ。
歩いているうちにイライラしてきて、この林どこまで続くのよ! と、行き場のない怒りのぶつけ先を探していると、サワッ、と鳥肌が立った。
足を止めると同時に、イザムが止まれ、というように目の前に手を伸ばした。仰ぎ見ればその顔はさっきまでとは全く違って真剣そのもの。
いつの間にかわたしの手には短剣が握られていて、体は自然と攻撃の構えをとっていた。
何かいる。
緑の光が音もなくイザムの杖の先から飛び出して前方の草むらに消えた。
頭の中に声が響く。
フェスト レベル:2 HP:12 MP:0 弱点:なし 属性:なし
それが草むらの中にいる生き物の正体だとわかる。
さわさわと草が揺れて、現れたのはこげ茶色の小さなキツネのような生き物だった。手触りのよさそうな柔らかそうな毛をしていて、目が金色に光っている。普通とは違うって感じられるのは尻尾が二本あることだ。フェストはわたしたちを見て一瞬足を止め、そして一気に飛びかかってきた。
その身体がわたしたちに届くはるか手前で、わたしの右手から放たれた短剣がその腹に突き刺さった。
ギャンッと大きな鳴き声が一度響いて、地面に身体が落ちる。
「一撃か。勘もいい。さすがだね」
ヒュウ、と口笛を吹いてイザムがフェストの死骸に歩み寄った。
「いいね。傷も少ないし、これならいい毛皮になる」
わたしは今何が起こったのかよくわからないままに、イザムを見ていた。自分の右手が短剣を放ち、生き物を屠ったのを覚えているけれど、そこに自分の意思決定がまったく感じられなかった。
「わたし……今、わたしがやったんだよね?」
「ああ、見事だよ。僕が初めてフェストと闘ったときはボロボロになった。魔力はあっても回復魔法以外の魔法は知らなかったし、攻撃力はからっきしだったから少しずつしか相手の体力を削れなくて、回復魔法を二回使ってようやく倒した。もちろん今なら余裕だけど、アイリーンのジョブがシーフでこの攻撃力なら、騎士とかだったらもっとすごいんだろうな~」
またジロジロ見る。だったらなんでその騎士とやらにしなかったのかと思う。
「でも、うん、見た目的に鎧はないな。しっかし、もうちょっとてこずってくれないとせっかくの太ももとパンチラを観戦する楽しみも何もな……いや、なんでもないです。ごめんなさい」
理由が判明した。
謝っても遅い。ちゃんと聞こえましたから。