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39. ネクストミッションに向けて

 間を一日空けてわたしたちはまた異世界に向かった。


 イザムは昨日も来たらしく、王都に置いてきたフェストとマーメが領地の館に移されていた。

 どちらもここでは基本的に動物の型で過ごす。

 フェストは子ぎつねたちと一緒に地下で、マーメは本人の希望通りわたしの部屋にいることになったそうで、一日来なかった間に部屋の隅にポールが取り付けられて、マーメの居場所になる段がついた猫タワーができていた。

 あの対応とその後の帰りの馬車の状態から、『アイリーンは怖くない。逆に怖がりだから一緒にいてあげた方がいい』と判断されたらしく、既にかなり懐かれていた。――もちろん柔らかくて真っ白いもふもふなのでわたしも大歓迎だ。


 マーメはわたしの使い魔になって「ベル」と呼ばれることになった。それは略称で、本当の名前は別につけたのだけれど、そちらは簡単には呼ばないものらしい。

 フェストの方は子どもが大きくなったら親子ともども山に帰す方向で、名前はつけないことになった。


 どうしてマーメは名前をつけてもいいのかとイザムに聞いたら、フェストは夫を亡くしたために子育てが大変で、一時保護して欲しいだけ。

 それと違ってマーメの方は、色が珍しいために狩りや仲間外れの対象になるから、できるだけ長期間の保護が――わたしたちがここにいる間の保護が欲しいと言っていて、それなら名前をつけて使い魔にした方が安心なのだと説明された。

 魔物もいろいろ大変らしい。

 ちなみにイアゴの名前も愛称らしく、使い魔の契約書に書いた名前は別にあるそうだ。


 ネコとキツネなのだからそんな気はするけれど、どちらもシルバーのことが苦手で、ホランドのことはシルバーほど怖くないようだけれど、仲良くなれるかどうかは微妙に見える。当面は室内関係のことをホランドからベルに教えてもらうけれど、最終的に一緒にやるかホランドの仕事をベルに引き継ぐかどうかは様子を見ながら考えることになりそうだ。


 ベルは猛禽類のイアゴのことも苦手なのかと思ったら、そっちは平気だった。怖くないのかと聞いてみたら、室内で会うぶんには怖くない、と言われた。

 それもなるほどもっともで、人型の時のイアゴはかわいいし、室内ではあまり鷲にはならない。ごくまれに鷲になっても、その時はピョンピョンと飛び歩くように移動するだけで、嘴と鉤爪はとがっていても、それほど威圧的ではない。


 ちなみにベルはクロちゃんを見ると前足がうずくらしい。

 それを聞いたシルバーが「俺の牙と同じだな」と言って、その途端にベルは首と尻尾の毛を逆立たせ、猫タワーの一番上に駆けあがった。

 シルバーの牙がうずくのはクロちゃんではなくベルに対してらしい。ギリギリ獲物サイズになるみたいだ。


 念のためにイザムがみんなに仲良くするようにと命令していた。

 そうしておけば万が一にも不幸な事故は起きないらしいので、わたしもベルには使い魔同士の喧嘩はご法度だと話した。


 ……なんていうか、イザムはやんちゃな子供たちをどうにかしつけようとするお父さんのようで、ちょっと、微笑ましかった。


 みんながそれなりに落ちついてから、わたしはいつものようにイザムの部屋で今後についての話し合いをした。

 間に一日開けたせいか、現実ではないせいか、それとももふもふできる使い魔が増えて気分が上向いたせいか、前回来た時の気まずさも不安もほとんどなく、穏やかに過ごせたのが何より。


 わたしたちの次のミッションは、千年に一度やって来ると言う災厄の情報を集めることと、今現在の勇者の行方をさぐること、それからこの前イザムが引き受けた王女様のおねだりを叶えることの三つで、差し迫っているのは三つ目だ。


 お城で不機嫌なイザムを見た時はいったいどんな無理難題を吹っ掛けられたのかと思ったけれど、それはイザム本人も言った通り、たいしたものではなかった。


 誕生日のお祝いパーティーでイザムの笑顔に引っ掛かった王女様は、「今度お茶会を開くので来て欲しいです」と、かわいらしくおねだりしたのだそうだ。


「こっちでは普通に顔を出していても、そんなふうに簡単に声をかけてくるやつは多くないんだけどさ……ま、小さいし警戒心も薄いのかもな~」


 指先でくるくると小さな竜巻を作りながらイザムが苦笑した。


「かわいらしいね。わたしなんか速攻で現実に帰りたくなったのに……あまりにも胡散うさんくさかったのかな……」

「胡散くさいって……」


 わたしのコメントにはちょっと不服そう。でも王女様の申し出に対して警戒する様子はない。

 王女様からの好意は嫌じゃないってことだ。


「王女様にはモテたってことで、喜んでおいたらいいんじゃない?」

「どうせならもうちょっと年上にモテたいんだけど」


 ちょっと首を傾げて笑顔を作り、かわいらしい振りをしてこっちを見てるけど、それはどういう意味だ。


「……その偽笑顔に引っかかって欲しいならフェストのお姉さんがいるじゃない。言っとくけど、わたしは引っかからないよ? イザムの偽笑顔はすぐわかる」


 思いきり突っぱねるほどではないけれど、こういうのは対応に困る。

 ……そしてやっぱりちょっと居心地が悪いような――アニメキャラと同一視されていた時とはまた違う感じで観察されてるような気がするし。

 

「僕だってあの子はさすがに対象外だけど、顔で一国の王女様に見初められるってすごくない?」


 困惑気味のわたしの内面には気づかず、イザムは軽く笑いながら言った。

 いつもならそういうことには嫌な顔をするのに普通だ。小さな王女様は言葉通り完全に対象外だからだと思う。


 本当かなって思うけど、王女様は最初、「あの人のお嫁さんなりたい!」と父親に(つまり国王だ)頼んだそうで。

 王様はかわいい娘の誕生日のおねだりなので、一応イザムを呼びつけてその意思があるか確認したそうだ(王女様が結婚できるようになるまであと十年はかかりそうなのに)。


 それが王子様がイザムを呼びに来た理由。

 他にも二つ目的があって、一つはイザムとわたしの仲が実際どうなのかを、作り笑顔だったわたしの口から確認するというもの。もう一つがバカバカしいホクロのことだ。

 そのために王子様はあの場に残ってわたしと話をしようとしたらしい。


 王様からの申し出を一蹴するのは、それが異世界の人間だとしてもちょっと不敬だけれど、王女様の年齢が若すぎることと、イザム自身が婚約したてだということ、その上、その相手がかなり恐ろしいと噂の、しかも師匠で大魔導士の孫娘とくれば、イザムからの婚約破棄などできるわけもない。

 いい笑顔で「下手をすれば国ごと滅亡させられる可能性もありますよ」と、辞退の理由を並べ立てて逃げきったそうだ。


「ホント助かったよ。完璧な言い訳だった。おかげでさして抵抗もされなかったし」


 嬉しそうに言う。

 役立たずだな、って思っていたので、役に立てたならよかった。


 ただ、がっかりした王女様が、だったらせめて、とその場でイザムをお茶会に招待したそうで、さすがにそちらまで断るのは忍びなく、受けることになったらしい。

 

 それも不思議なところで――結婚を前提とした申し込みを断られたのに、また会いたいっていうお誘いがくるっていうのは、どういうことだろう。

 招待されたのはイザムなのでお茶会には一人でも行けないことはないのだけれど、突然のお誘いだったので王女様がどういうつもりで招待したのかが明白ではない。 


 年齢のこともあるし、たんにアイドルに対する憧れのような、見るだけ見てキャーキャーしたいだけなのかもしれないけれど、当日更に無理なお願いをされるのも面倒な上に、不仲を疑われるのは避けたいので、イザムとしては一応の盾代わりにわたしも同伴したいらしい。


「まあ、若干五歳の王女様のことだから、ただ単に顔を見たいってだけだと思うけど、誰かがその状況を利用しないとは限らないし」


 だとしたらわたしにできるのは、ちゃんとこっちの世界の常識を知って、今度こそ、その場と婚約者イザムにふさわしいふるまいをすることだと思う。


 だけど、そもそもお茶会がどんなものなのかもわからない。普通のお茶よりちょっと高尚なイメージがある。


「マナーを学びたいんだけど」


 そう言ったら、イザムが不思議そうに言った。


「僕たちはもともとがこっちの人間じゃないんだし、みんなそれは知ってるんだから、頑張ってまで合わせる必要はないよ? 訪問者はこっちの人間にはない特性を持ってるケースが多いけど、そうでなくとも存在自体に価値があるみたいだし」


 確かにそうなのかもしれない。でも、わたしの特性なんてたかが知れている。自分にちゃんとした価値があって、それを知ったうえでどう振る舞うかと、自分にたいした価値がないと知っていてあるように振る舞うのでは気持ちが全然違う。

 この前みたいに自分を役立たずだと思うのも嫌だ。


「イザムはこっちの人間にはない特性ってのがしっかりあるからそう言えるんだよ。大魔導士でしょ? でもわたしにはこれといって特技なんてないし、できることからやらないと」

「たぶんこれから見つかるし、伸びてきてからでもいいんじゃない? 僕だってここに来てすぐに魔法ができるようになったわけじゃない。興味を持ってコツコツやってたら勝手にこうなっただけだよ。

 それにアイリーンの価値は、この世界で大きな力を持つ僕にとって誰よりも高いってことで既にじゅうぶんだし」


 なんか、その言葉は――言われるとちょっと落ちつかないな。


「それは嬉しいけど、そう思ってるのはイザムだけだから。だいたい、わたしが大魔導士の孫ってのも嘘だし。わたしはいつだって自分で自分にある程度の自信が持てるだけの裏付けは欲しいなって思うから、できることはやっておきたいの。

 それに合わせる必要がないって言っても、合わせられれば仲良くなれるかもしれないし、学べることだってあるはずでしょ?」


 仲良くなって話ができるようになれば、避けられることもある――この前ホクロを見せずに済んだように。わたしが『いい人』だと判断し、そう話したからこそ、あの王子様はあの時どうしても見せろとは言わなかったんだと思う。


「俺は興味のないところに労力を割かない主義だからよくわからないけど、アイリーンのそういうところは凄いなって思うよ」


 そう言って、またじっと見る――そうやって褒め言葉と一緒に見られると、嬉しいけど、やっぱり落ち着かないんだけど。


「そんなことないよ……」


 って、ちょっとした居心地の悪さを否定でごまかすと、そんなわたしの内面を知ってか知らずか、イザムはあっさりと会話を進めてくれた。


「じゃあ、やってみるとして、教わるならシュヴァルツがいいよ。あいつの趣味は人間観察だからいろいろ知ってるし。しばらくクロと交換するか、王都には代わりに誰か置くかしようかな。屋敷に置くならできるだけ慇懃無礼な、丁寧でいて実はどいつもこいつも帰りやがれ、みたいな対応がいいんだけど。

 シュヴァルツは適任なんだ。追い払うって意味ではシルバーもかなりいいんだけど、城からの連絡は大抵あっちに来るから、みんな追い返すってわけにはいかないし」


 うっそ。シルバーはともかくシュヴァルツさんってそんな性格なんだ。


 かくして二週間後のお茶会まで(異世界時差を利用した頭の休憩を入れて、現実では四週間が経った)クロちゃんと就業場所を交代したシュヴァルツさんの懇切丁寧な(慇懃無礼なんてことはなかった)指導をいただき、しとやかさもぽっと出の前回よりは様になってきたかな、と思えるようになった日差しが優しい秋の日、わたしたちは再び王城を訪れた。



 今日は参加人数も少なく、時間も日が陰らない時間を、ということで午後二時からのお茶会で、場所は中庭だった。

 王様と第一王子様は公務があるということで、王妃さまと変態王子と王女様、それから王女様と年齢の近い貴族のご子息ご息女が招かれている。

 わたしたちは年齢的にちょっと飛び出しているのだけれど、王子様がいることであまり浮かずにいられそうだ。


 前回とは違う、濃紺のマーメイドラインのドレスは正面から見れば肩も胸もしっかり覆われていてるし、腕も手首までレースの袖がある。裾も足首まであるけれど、そのぶん背中が半分くらいまで出ているのと、ぴったりした布地で身体のラインがはっきり出ているところが特徴で、きれいなんだけどやっぱり異世界補正が入っていなかったらとても着られない。


 そしてかなり動きにくい。全体的にかなりタイトだ。


「僕の目が一カ所に行かないデザインで、色も子どもたちは大抵ピンクや水色の薄い色だろうから、ちゃんと大人っぽく見えるように……」


 イザムがそういう希望でマダムに注文したもので、靴と髪はまたコスプレ魔法だ。ゆるく編みあげてピンで留めてある。アクセサリーは前回とはデザインの違う魔石のラインストーン。


 本当に、イザムはわたしの服飾に関して手を抜かないな、って感心してしまう。


 ちなみにローズピンクのネックレスはぴったりしたドレスの上にラインが出てしまうため太腿には止められず、長めのチェーンをつけてドレスの内側、胸もとに落としこんだ。


「この服、きれいだけど走れないし、攻撃に脚がほとんど使えないよ? 腕も半分しか上がらない」


 膝のすぐ上までぴったりとした生地で包まれているため、やっと履き慣れた高めのヒールを履いた足は精一杯持ち上げても十五センチくらいしか上がらない。ちなみに歩幅も四十センチがせいぜい。腕もぴったりしたレースで包まれているため、かなり動かしにくかった。


「まあ、行く先は昼間のお茶会だし――露出が少ない分しっかり凹凸を楽しませてもらおうと思って」


 今回はシンプルな黒シャツに黒スーツ、銀色のタイといういでたちのイザムが、今日もまたニコニコといい笑顔で左手を差し出したけど、その目的は聞くんじゃなかった。


 人を好き勝手に着飾って眺めるのが、そんなに好きなのか。


 ため息とともに、ぶれない幼馴染にちょっとだけ安堵しながら、わたしはその手に自分の右手を乗せた。

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