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38. 毛フェチ疑惑

 次の日、念のためにイザムは転移の魔法を詠唱し――言葉を発することで魔法は効きやすくなるものがあるらしい――わたしたちは無事一緒に領地の屋敷に帰った。フェストとマーメはまだ王都の屋敷にいて、シルバーとクロちゃんとイアゴには、近いうちにもう二匹居候が増える話もして、今度は現実に帰る。


 今回異世界にいたのは二日間だったけど、なんだかいろいろありすぎて、現実の勇の部屋に戻ったときにはほっとする反面、何となく自分のなかで現実が霞んでいるような気がした。


「さっき来たばっかりなんだから、もっとゆっくりしていけばいいのに~」


 おばさんが言ってくれたけど、向こうにいたせいで、これでもかというほどゆっくりしたように感じている。

 勇の方は慣れたものだ。


「明日も学校あるんだし、愛梨は習い事もあるしさ」


 なんて簡単に言ってるけど、さっきまでいた世界と学校とのギャップがすごくて、わたしの方は現実世界の今日、学校で何をしていたか、すぐには思い出せなかった。


「あ~、うん、そうだね? じゃあ、またね」


 適当な返事をして勇の家を出れば、異世界を出たのは朝だったけど、こっちはまだ明るいとはいえ夕方の五時近かった。


 読みかけの本を閉じるように実際の生活に戻れたらいいのだろうけど、勇のようには慣れていないせいか、とても難しい。

 それでも自分の家に帰って自分の部屋に入り、自分のベッドにひっくり返れば、これが現実だっていう実感がわいてきて、異世界むこうで起こったことがみんな些細な事に思えてきた。


 うん。こっちが本当。

 わたしは時差ボケ状態の頭と身体をさらにスッキリさせるべく、空手着をつかんで道場に向かうことにした。


 ~~~~~~


 翌日の放課後、わたしは生物部に寄るという勇より一足先に、異世界研究同好会に顔を出した。クロちゃんに似合いそうなかわいい衣装のフィギュアを観察するために。


 衣装などわたしに作れるわけではないし、人型になった時のクロちゃんを知らないし、何よりクロちゃんが人の形になりたいと思うのかどうかだって知らない。でも想像するくらいなら構わないと思う。


 勇が持っているやつは(見たことがあるのは少しだけみたいだけど)みんな成人しているか、少なくともしっかり女性の体型をしているものばかりだ。

 シュヴァルツさんが見た感じ二十五歳~くらいだったから、クロちゃんだってわたしより歳上の可能性はあるけれど、メイドコスの白猫マーメのこともあるし、部長さんのコレクションを見せてもらったら、いつか何かの役に立つかもしれない。


 今日も先に来ていた部長さんに「フィギュアをいくつか見せて欲しい」とお願いすると、部長さんは快く承諾してくれた。


 かわいらしい服のフィギュアを選んでテーブルに並べていると、他の部員たちもやって来た。


 部長さんはこの前とは違うフィギュアを作っていたけれど、それがかなり細部まで作り込んであって、それをまた真剣な表情でさらに整えていく。


 両腕、腰が一部ずつある両脚、胴体、頭部、髪の毛、後付け用の服と……パーツごとにばらばらになっていると、なんていうか小さいとはいえ切断死体っぽい。それに真剣な表情で向き合っている部長さんはさながら快楽殺人者……なんて、失礼なことを考えてしまった。


 だけど本当にすごい集中力で、わたしがテーブルに並べたフィギュアをなんとなく見ているのに対し、部長さんは眉を寄せて骨格標本が載っている本を睨んだりしている。


 つい何をしているのかと聞いてしまった。


「大腿骨に対する脛骨の長さが納得いかなくてね。膝蓋骨周辺の形も気に入らないんだ。ここまで彫っちゃうともういまさらなんだけど、どう思う? そうだ、嫌じゃなかったら藤本さんの膝蓋骨の形、見せてもらえないかな? 自分のは見にくいし、やっぱり男の骨ってごつごつしてるんだよ。残念なことに」


 悔しそうに言われても、大腿骨っていうのが確か太ももの骨だってことしかわからない。


「シツガイコツって何ですか? それに骨に男女差があるんですか?」


 眉を寄せて聞けば、「ああ、ごめん膝蓋骨っていうのはひざの骨なんだけどね、男女差っていうことなら、腸骨と恥骨と座骨、これらは寛骨っていうんだけど、腰回りの骨で、差がかなりはっきりしているんだ。

 で、僕がさっき言ってたのは足の骨なんだけど、ほらここからここまでの」って、さっきの本に戻って太ももから足首までの骨を指さす。


「女の子の脚なんて迂闊にじろじろ見るわけにいかないし、本当に、できたらでいいんだけど、ひざの骨が見たいんだ。もちろんスカートもそのままでいいし、触ったりしない。でもちょっと曲げたり伸ばしたりしてもらえると助かるんだけど」


 部長さん、さっきは殺人者だなんて思ったけど、むしろ中身は外科医だったのかもしれない。


「いいですよ。フィギュアを見せてもらったお礼に」


 そんな話をしていると、「あ~、部長、佐野に怒られますよ」と、このあいだ勇の腕を捕まえた部員が言った。


「脚を見る目的で言ったらセクハラだけど、骨だからいいだろ。藤本さん、ちょうどいいから説明するよ。おい、ちょっとお前のひざ出して見せろ」


 部長さんが返せば、「え~、俺よりこいつの方が華奢っすよ?」と、彼は隣で読書中の男子の肩をつかんだ。

 つかまれた方が文句を言う。


「どんなに華奢だって言ったって、俺だって骨は男ですよ~、たぶん」

「たぶんって何だよ、いいから細いヤツはひざ出して、俺に見せろ」


 細いやつとは言いつつも、部長さんは明らかに全員の脚を見る構えだ。


「え~、部長、セクハラ~」

「パワハラだろ~?」


 なんだかワイワイ盛り上がりながら部員たちが次々とズボンをまくって膝を出した。


 部長さんが一人ずつ見ては、「却下」「ごつい」「すね毛が邪魔」「色黒過ぎ」ってコメントを入れている。


「部長、骨に肌の色は関係ないっしょ!」と誰かが言えば「すね毛も関係ないっすよね?」と、爆笑になった。


 部長さんがわたしを見て、「ね? ダメなんだよ」と笑う。


「部長、他人事みたいに言ってますけど、自分はどうなんですか?」と、一人が言えば「俺か~?」と言いながら部長さんも右足のズボンを腿までまくった。


 はたして、小柄な部長さんは他の部員たちよりも骨格が華奢だった。

 色白ですね毛も薄い。


「部長、美脚っすね」


 みんなに褒められ? た部長さんが、「俺が美脚でも俺が見えなきゃ意味ないだろ。それにこれだってやっぱり女の子の骨には見えないんだよ」と、しかめ面をしたとき、がらりとドアが開いて勇が入ってきた。


 ずらりと並んだ脚を見て、一瞬動きを止める。


「何を……やってるんだ?」


 直後、一緒に見学しているわたしに目を留めて頬をひきつらせた。


「佐野、お前の脚も出せ」


 誰かが言う。


「男の骨はもういいよ」


 また誰かが返した。


「それはセクハラだろ。そういう意味で頼んだんじゃないからダメだ。藤本さん、また今度。機会があったらでいいから。人が少ない時で」


 部長さんが、部員たちに聞こえるようにはっきり言った。


「え~、俺ら見られ損~?」

「むしろ金払えよ。藤本さんが見せられ損なの! 俺もだけど」


 文句を言い合いつつ、その声は明るい。


「了解です。また今度で」


 わたしも明るく答えた。紳士な部長さんでよかった。


 ~~~~~~


 その日の帰り道、勇は妙に口数が少なかった。


 部長さんのフィギュアや、クロちゃんやマーメに似合いそうな服の話にも乗ってこない。

 家が見えてから、唯一聞かれたことは、「あのさ、お前はすね毛はあった方がいいのか?」だった。


 意味がわからない。


「人それぞれでしょ?」

 

 そう返したら、聞き返された。


「俺だったら?」


 ……その質問はいったいなんなんだ。


「勇のすね毛がどうとか興味ないけど?」


 正直に答えたのになぜかため息を吐かれた。

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