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37. 閑話 毛皮の勝利(シルバー)

「なあ、シルバー。あいつは目が悪いんじゃないかと思うんだけど、どう思う?」


 ある日、俺の眷属の狼たちと狩りの練習に励むアイリーンを遠目で見ていた主が俺に聞いた。


「そのようには見えないが? 小刀投げはなかなかだ」

「そうだよなあ……」


 自分で目が悪いのではないかと言っておいて、そうではないという俺の意見に賛成する。

 主は何を考えているのだろう。


「大抵の人間は俺の顔を見ると、ぼーっとして見とれるとか、赤くなるとか、にやけるとかするんだよ。で、惚れるやつだっているし、ものすごい執着を持つやつだっている。ちょっと笑いかければすぐに好きになる。

 俺の顔、人よりかなりいいんじゃないかって思ってたんだけど、間違ってるか?」


 納得がいかない、と言った様子で問いかけてくる。

 足元で遊んでいた子狼たちが、主が不機嫌になってきたのを感じ取って距離をとった。


「なのに笑顔を見せれば作り笑いが怖いとか言われるし……あいつは何が不満なんだと思う? 実は思っていたほどかっこよくないのか、この顔? いや、そんなはずないよな……」


 主が何を言いたいのかいまいちよくわからないが、相手に自分が寄せるほどの関心を抱いてもらえないことが不満なのか。


 主は普段からあまり笑わない。

 顔の表面だけが笑顔でも、中身が笑っていないことは多い。もっともあの人間の雌がきてからは、ときどきちゃんと笑っている。

 あの雌は、それを見分けているだけだ。


 確かに主の顔つきは非常に整っているし、他の人間に対して大きな影響を及ぼすようだ。だが以前はそのことが大層気にいらない様子だったのに、更に上を求めるような発言をするとは、やはりひどく矛盾している。


「……変人耐性はあるって言ってたから、俺の趣味のせいでひいてるわけじゃないと思うんだ。あいつのことを隅から隅まで解剖してみたいって気持ちはあるけど、そんな話をしたことはないから、そのせいで怖がられたってわけでもないと思うんだよな~」


 他に思い当たることはないかと眉を寄せて空を仰ぐ主だが、確かにその趣味は変わっている。紙に描いただけの、あるいは小さな人形でしかない同種の雌にうっとりして何時間でも眺めるさまは理解不能だし、もう一つの趣味についてはひたすら恐ろしい。


 主は生き物の内部構造を知りたがる。食べるためではなく、単に「知る」ために刃物を使っているときの主は正直俺でも震えが走るほどの狂人で、あの金属のテーブルに意識のあるまま乗せられる以上の恐怖など世の中にはないと思う。


「だけどあいつ、お前には歓声上げて見とれてたろ? ちょっとしか笑ってないのにすげー勢いで喜んでたし……何が違うんだ?」


 そんなことを聞かれても困る。


 確かに彼女は主よりも俺を好む。クロのことも、同性でいながらとても好んでいるようだ。俺たちに話しかける時には語尾が上がって目が優しくなるから間違いない。

 ときどきでかい尻尾付きのクッションと同一視されているような気もするが、俺には巨大な牙と爪があるのだからやはり気のせいだと思う。

 クロのことも、ぬいぐるみか小物の飾りと間違えているような気もするが……そっちは気のせいではないだろう。


 大きさが関係ないなら、俺たちの共通点と言えば。


「……毛だな」

「……毛深いのが好きなのか? まあ、前に俺の腹の毛を見てたことがあったけど……」


 正直に思ったところを口にすると主はがっくりと肩を落とした。


 毛が足りない、と力を落とす今の主には、突然現れたと思ったらあっという間に我々の縄張りを制し、魔術で俺の自由を奪って散々に中身を(・・・・)確認した、冷酷非情で強大な力を持つ大魔導士の姿はどこにも見あたらない。


 だが主の興味関心が他に向いている間は少なくとも次の生物解体&修復作業が行われることはないだろう。たとえ自分や仲間たちでなくとも、何かがあの金属の台に乗せられているのは、想像するだけで文字通り身の毛がよだつ。


 仲間たちと駆け回る雌の人間を見ながら、俺はできるだけ長々とこの時間が続いてくれるように祈った。

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