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31. 王子様の懸念

「貴女も、嫉妬ですか?」


 思いがけない言葉が返ってきた。


「嫉妬……わたしがですか? どうでしょう。客観視できる王子様からはどう見えます?」


 そう聞くと、くるりと体を返して腰で手すりに寄りかかった王子様が笑った。


「そうですね。チャンスでしょうか? この機会に貴女の関心を得ることが可能なら」


 そう言う意味で聞いたわけじゃないんだけど、さらりと言ってくれる。


 まさか本気には取らないけど、銀のマントがよく似合う金髪の王子様からそんな言葉をかけてもらえたことは、一応光栄に思っとこ。


「ありがとうございます」

「……お礼ですか。つまり私は貴女の大切な存在にはなれそうにないということですね」


 何を言うかと思えば。

 そんなのは当たり前だ。


「王子様のお相手は、相応しい教養のある聡明で美しい方がなるものでしょう?」


 そういうのは、わたしの柄じゃない。こんな格好をしてこんなところにいるのも柄じゃないんだけど。


「自分はふさわしくないと? あなたは賢くて、美しいのに」


 王子様だけあって、さらりと簡単に誉めてくれるなあ。


「ありがとうございます。でもそう見えるのは、わたしのことを知らないせいです」

「社交辞令と取っているのですか。そして本当の自分にはそれだけの価値はないと? 寛容で、穏やかで、一緒にいて楽しい女性なら誰でも伴侶にしたいと思うものでしょう?」


 王子様はちょっとだけ真面目な顔をした。


「私をかすがいにしてこちらの世界に来ることもできる。貴女には可能です」


 それは、どういう意味か。つまりこの王子様を伴侶にしてこっちの世界に残れってっこと――まさかね。


 さっき会ったばかりの人間に本気で言っているとは思えないし、話半分に聞いておくけれど、まじめに答えるなら、そもそもわたしはこの世界に居つくタイプじゃない。わたしの暮らしは現実むこうにある。


 王子様はそんなことはご存じないけれど、この世界に来たのは勇に誘われたからで、わたしは勇がイザムとしてここにいる間だけのおまけの存在だ。そんなわたしを相手にすることに意味はない。

 首を振ってお断りの意を示した。


「正直ですね。それに純心だ。とても好ましい」


 王子様は微笑んで手すりから身を起こすと、静かにわたしの手をとった。


「それだけ気持ちがはっきりしているなら、互いに嫉妬で争ったりせずに、仲直りするべきだと思いますが」

「嫉妬するような間柄までは遠そうだ、と申し上げたら?」


 実際、わたしとイザムの間にあるのは幼いころから続くゆる~い友情だけだし。そう思いながらとられた手を返してもらう。また庭の方を向いた。


「それなら私のところに来ればいい」


 あっさり話題を戻してなんでもないことのように笑う。

 憎めない人だな。


「けっこうがんばりますね、王子様。……何度おっしゃられてもわたしには無理ですが」


 イザムが『結婚して異世界に居つくように勧められるのが面倒だ』みたいな話をしていたのは、こういうことだろうか。


「それは残念……。まあ、それは別として、嫉妬するような間柄だとは思いますよ? 少なくとも向こうにとっての貴女が簡単に手放せるような相手ではないのはわかります」


 そう言われたので庭ではなく自分自身を見下ろしてみたけれど、特に価値があるようには見えない。魔法もろくに使えないし。


「貴女は不思議な人ですね。彼に対してさほど執着がないようにさえ見えます。貴女の方には手を出せばどうなるか、誰の目にも明らかな対策がなされているのに、ご自分の価値にも無頓着だ。

 髪や靴に並んだ小さな石は全て魔石でしょう? それも恐ろしく高品質で手に入れるのが難しいものばかりだ。それだけのものを手に入れられる者が背後にいる、迂闊に近づけばこのようになることを覚悟しろ、と明確に語っている。

 誰だって命は惜しい。王子という身分がある私でも、おいそれと手は出せない。

 それに、私に向けたあの視線からするとそれをあなたにつけさせたのは大魔導士様ではなく、彼なのでしょう? 

 さすが大魔導士の弟子になるだけのことはある」


 最後の方は苦笑しながら教えてくれた。


 それは知らなかった。


「その対策は、ここに連れてきた責任感からだけではない、と思えるほどのものだと?」

「そうでないにしては、ずいぶんと厳重ですから。まあ、もちろん、貴女の方に彼を選ぶつもりがないのなら、私の方は今すぐにでもお付き合いをお願いしたいのですが」


 白い手袋をはめた両手を体の前に出してお手上げの格好。そのまま片目をつむってみせる。『お付き合いをお願いしたい』と言いながら『お手上げ』、それがおかしくて思わず笑いが漏れた。


 笑っていたら、王子様がふ、と息を吐いた。


「重ね重ね残念です。貴女は婚約者と見つめ合うこともできないほど純心でいながら、相手の性癖にも寛容だ。強大な力のある魔導士の孫娘でもあり、この世界の出身ではない。

 私にとってはこの上ない相手です」


 その言葉がどこか引っかかって、笑いが止まった。


「その上、勘もいいようだ」


 どういう意味かと問いかけようと思ったときには、わたしは王子様の腕の中だった――正確には、バルコニーの手すりに両手をついて庭の方を向いていたわたしを後ろからすっぽりと腕の中に包むようにして、王子様が自分の両手を手すりに乗せていた。


 ぞわり、と鳥肌が立った。王様たちのところから離れる時に感じた、あの嫌な感じと同じ。


「貴女のように純真な人が、恐怖や快感に身を震わせるのを見るのは、この上ない喜びでしょうね」


 なに、それ。

 身体には一切触れていない。でも、なんだか――。

 振り仰げば、きれいな碧の瞳には虚ろな喜びが映っていた。


 なんか、怖い。


「思った通り、いい表情かおですね」


 満足そうな顔。


 そこに上段突きを叩き込むか、と思って向き合って、構えを取ろうとしたのに、思うように身体が動かなかった。


 どういうこと――?


 正面の王子様が更に笑みを深める。


「ああ、やっぱり。そうではないかとは思っていました。ずっと誰とも目を合わせないようにしていましたね? それは貴女が誰かにチャームをかけたり、かけたと言いがかりをつけられる可能性を排除していただけではない。

 大魔導士の令孫とはいえ、この世界に来て日が浅い貴女自身は誰かにチャームをかけられる危険性があったからだ。

 ちゃんとわたしの目を見てもらえるように警戒心を解こうと頑張ってみましたが、なかなか難しかった。驚かせた方がむしろ簡単でしたね――」


 にこやかに説明されて初めて、自分がチャームをかけられたのだとわかった。


 確かに頭が少しぼうっとしているみたいで、そんなはずはないのに王子様がイザム並みのハンサムに――見える。腹立たしい言葉をかけられたと理解できるのに、もっと喋って欲しいような気がする。そして攻撃はできない。


「ど、うして、ですか? わたしに手を出すのは危険だって、先程ご自分でおっしゃったのに」


 会話はそれなりにできるようなので、罵ってやろうとしたら、そっちは舌が回らなかった。なんとも腹立たしい――のになぜか嬉しいような。


「私の方にも女性にチャームをかけて従わせる趣味はありません。意識がはっきりしている方がずっと楽しいですから。

 さっきのはチャームをかけるためにちょっと驚かせただけです。安心して大丈夫、何もしませんよ。このチャーム自体ごく軽いものですし。ただ気になることがあってはっきりさせておきかったので――邪魔が入る前に確認してしまいましょう。

 貴女は、何を隠し持っているのですか?」

「何も、隠してなんかいません」


 口が勝手に答えた。

 王子様が驚いた顔をした。


 じっと目を合わせたままでもう一度問われた。

 答えは同じ。


 さっきイザムが目を合わせようとしたときの十倍くらいは見つめ合ってる気がする……でも気恥ずかしくない。

 魔法のせいかむしろ心地いいような、このままずっと見つめ合っていたいような気さえする。


「チャームがかかっているのに嘘がつけるのですか? 正直に答えて」

「嘘なんかついていません」


 またすぐさま答えてしまう。

 王子様の表情が曇った。


 ということはチャームをかけられると、かけた相手の質問は拒否できないのか。

 でも、わたしが何も隠していないのは本当のことだから他の答えなんて出てくるわけがない。


「そんなはずはありません。貴女には気づかれないようにしていましたが、彼は最初からずいぶん気にしていました。左の胸のところです」

「『彼』って、誰のことですか?」


 質問もできるらしい。


「? 君の婚約者ですが」


 わたしの左の胸をイザムが気にしてた? 


 嫌な予感がした。


 ……気にしていたとしたら、そうだとは思いたくないけれどそこにあるものは一つしかない。


 顔に血が上った。耳まで真っ赤になったのがわかる。

 しゃがみ込んでしまいたかったけれど、至近距離にいる王子様が邪魔でできない。


「心当たりがありましたか」

「聞かないでください!」


 王子様がそれは何かと聞く前に、ギリギリ言えた。


「聞くな、と? それは随分な要求ですね。どうにかチャームがかかったようなのに」

「だって、聞かれたら答えてしまうじゃないですか。そんな、強制的に……」

「危険な物だったらどうするのですか? ここは王城です。力のある魔導士が頻繁に気を配る必要のあるものを持ち込まれては困ります」

「危険な物なんかじゃありません! お願いだから聞かないでください」


 質問には即答。チャーム効果、おそるべし。


「……強制ではありませんが、それを見せてもらうことはできますか? 取り外すとか?」


 ちょっと疑うような顔つきだけれど、「強制ではない」の一言を入れてくれて助かった。


「できません! っていうか取り外すとか、無理です。それにできればもう少し近くに……じゃなくて! 離れてください」


 距離が近すぎてドキドキする。


 したくないのにどうしてもドキドキするし、ものすごく認めたくないけどこの人に触ってみたいような気までする。信じられない。触ってみたい? ありえないし。


「チャームはかかっているのですよね? 絶対に危険なものではないと言えますか?」

「かかってます! 危険な物なんかじゃありません! あのバカ魔導士、あとで半殺しにしてやる!」

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