30. 猫耳少女登場!
そんなことを言われても困る。確かに少しだけなら仲良くなれたかもしれないけれど、少しだし、仲良くなろうと思っていたわけじゃない。少なくともわたしは、自分から仲良くなろうとはしなかった。
「それで怒ってるの?」
「他に何がある?」
聞き返されたところを見ると、それだけなのか。
「本当にそれだけ?」
「だから他に何が――」
「ちゃんと確認しておきたいだけだよ。王様や王女様にひどいことを言われたわけじゃないのね?」
「違うよ」
即答したところをみると本当らしい。
「じゃあ、ラブラブなふりでもしようか」
「は?」
あ、話に付いてきていないな。
「いや、あの王子様にいろいろ聞いてね、わたしたち、ちっとも仲良しに見えてないみたいだから、帰る前にもう少し頑張った方がいいかなって思ったんだけど」
イザムの壊れかけの作り笑顔がむっとした顔になった。
「だからそれができてないって話を今してるんだよ。だいたいなんで俺といる時よりもあいつといる時の方が楽しそうなんだ? 何を話しこんでたんだよ」
そんなこと言われても。
別にとりわけ楽しそうにしていたわけではない。
「それはイザムとあのセクシーボディーのお姉さんがいちゃこらしてたせいでしょ? そもそもあのお姉さんがいなかったら王子様に『変人との婚約は望んでいなかったんじゃないか』なんて探られずに済んだのに……」
イザムのせいだ。
「別にいちゃこらなんてしてない。だけどお前、そんな話題に笑顔で答えてたのか?」
「いい人みたいだったし会話は普通に楽しかったよ? 第三者の視点を教えてもらった。あと、イザムの評判が悪いってこともわかった……大魔導士のお祖父ちゃんが孫娘の相手としてよく許したなって思われる程度には。こっちでも変人って思われてるの? 驚かないけど」
相手の性癖が気にならないのか、なんて、いきなり聞かれるとは思わなかった。
「なんだよそれ。何のことだよ。いい加減な噂を吹き込まれやがって……」
そこではっとしたようにこっちを見た。上から下までじろじろ見る。
「まさかチャームかけられたりしてないだろうな?」
そう聞いた声が少しだけ焦ってるような。
「目は合わせてないはずだけど、それってかけられたかどうか、自分でわかるものなの?」
何をされた覚えもないけど、知らないうちにかけることもできるのかな。
「チャームがかかると、本来の意思とは関係なく、かけた相手のことを好ましく感じるようになるんだ。俺がいない間にあいつに対する好感度が上がってるし……ちょっとこっち見て。ちゃんと、俺の目を見て」
そう言われて目を合わせてみたけど、すごく真剣に見つめられていて、気恥ずかしい。三秒も持たずに視線を外した。
考えてみれば、わざわざ意識して誰かと目を合わせたりしたことって殆どなかったかも。
「あの王子様、波風を立てるつもりはないって言ってたよ?」
「いいから見て」
ちらり。……やっぱ無理。
「好感度だってたいして上がってないよ」
「ちゃんと見て」
ちらり。……無理無理。
「やっぱり、もういい。チャームとか、全然かかってないし。ちょっと、肩をつかまないで。それに顔をのぞき込もうとしないで」
イザムが顔を近づけてくるので、その反対側に首を振って避ける。
一定時間以上目を合わせる、っていうのもかなり罰ゲーム的な行動だと思う。しかもこんなにたくさんの人がいるところでなんて、勘弁してほしい。
「……アイリーン、それは俺を見るのが嫌だってことか?」
不機嫌な声にイザムを見れば、ジト目になっていた。
「違う、そうじゃない。だけど……むしろ、なんでイザムが平気なのかわからない」
「何がだよ?」
ラブラブなフリどころかますます険悪な雰囲気になってるような気がする。
だけどこの状態にどうやって収拾をつけたらいいのかな。
「あの~、そちらのご主人様、ちょこっとお借りしてもいいですかぁ?」
困っていたら横から甘ったるい声がして、小柄な女の子がわたしの肩を掴んでいるイザムの手にしがみついた。
ひらひらフリフリのメイドコス。頭には真っ白のブリム。ご丁寧に襟元には丸い銀の鈴までついたチョーカー。
白猫耳に長い白しっぽの色白赤眼の美少女だった。
中学生くらい……いや、認めたくないけど小学生かも……そしてこの格好は間違いなく現実の影響だ。そうなれば、誰がこの子をコーディネートしたかは一目瞭然。しかも上目遣いで「ご主人様」呼びされてるのは、目の前の残念魔導士しかいないわけで。
なんというか、一気にやる気がなくなった。
「はあ、どうぞ」
心情そのままのやる気のない返事をしてくるりと背を向けながら、イザムの手から逃れた。
「なっ、ちょっ! アイリーン!?」
声だけは焦ってるみたいだけど、勝手にしろ。
「好きなだけお貸しします。今後のことをしっかりお話してくださいね」
彼女が誰かなんてどうでもいいけど、メイド服のコーディネートができる程に親しくしていたのなら自分で何とかするべきだと思う。
「はあい♡ ありがとうございますぅ。ご主人様? いつかの続きをいたしましょ? ずっと楽しみにしていたんですよぉ~」
聞いただけで疲れるような舌足らずの喋り方。その声を背に、わたしは広間を横切って誰もいないバルコニーに出た。大きく深呼吸をして、さっき見た子のことを思い出す。
あれもイザムの趣味なのか。
確かに猫耳メイドコスも、非現実のこの世界だからこそできることだし、現実で異性に対して慎重だった反動なのかもしれないけど、さすがに小学生にコスプレさせるとか、ありえないと思う。
それに、こんなふうに次々と異性が登場してくるような状態でいながらわたしが婚約者とか、一体どういうつもりなのかと思う。
らしくないとは思うけど、まさかシルバーみたいにハーレムでもめざしていたのだろうか。
「もっとちゃんと、わかってるって思ってたのに……考え違いだったのかな。……どうしよう。さすがにここでは先に帰るってわけにも行かないし」
手すりに肘をついてぼんやりと暗い庭を眺める。やわらかい風が吹いて気持ちいい夜なのに、なんだか喪失感。
コンコン。
バルコニーと広間を隔てるガラス製の両開きの扉がノックされた。
まだちょっと一人でいたかったんだけど、もうあの子とのお話は終わったのか……と思いながら振り向くと。
「今度はちゃんとしたけんかですか?」
半分開いた扉から半身を覗かせたのはさっきも話したアルフレッド王子様だった。害意のない笑顔で問いかけてくる。
「あら、また見ていたんですか?」
つられて笑いながら肩をすくめると、王子様はするりと外に出てきた。わたしの隣まで来るとバルコニーの柵に両手をつく。並んで庭を見ることになった。
「席に戻ってみたら、ロゼリーアはご機嫌だったのに、すれ違ったときの魔導士様は至極不機嫌でしたから、私のことで嫉妬されたのかもしれないと思って、ちょっと期待しながら見ていました」
「嫉妬を期待した」なんてさらっと言えるあたり、こういう会話に慣れてるんだなって思う。
「嫉妬、ですか?」
「ええ。願望込みですが、あながち外れてもいないでしょう。先ほどはああ言いましたが、彼はずいぶん貴女にご執心のようですし」
ちらり、とこっちを見る。
「そう見えましたか?」
「実際そうでしょう?」
問い返されても、何と返事をしたものかわからない。嫌われてはいないし、それなりに気を使ってくれてるのもわかるけど。
ナイスバディのお姉さんや猫耳少女がいるのに、なんでこの人はイザムがわたしに執心だなんて思ったんだろう。
「わたしには何とも。好意は持ってくれているんじゃないかと思っていたんですが、責任感だけだったのかもしれません。またかわいらしいお嬢さんが登場しましたし、このぶんだとまだ出てくるかもしれません。わたしといる必要などないのではないのか、と思っていたところです」
つい、言い方少しがきつくなった。




