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29. 王子様の疑問

 この人は本当に踊るつもりなのだろうか。

 訝しむ気持ちを察知したらしい王子様がにこ、と微笑んだ。


「とりあえず、踊りましょうか? あの様子ならきっと彼は本当にすぐ戻って来るでしょうし」

「わたしが踊りたくないと言ったら?」


 本意がわからずに聞いてみる。


「もちろん、踊る必要はありません。彼が戻ってくるまで、ここについてからずっとしている作り笑いの理由と一緒に、どうして私と踊りたくないのかも聞かせてもらいたいところです」


 揺らがない笑顔は、そっちこそ間違いなく作ったものだ。


「作り笑いの理由なら、こんな場所に来るのは初めてで緊張していたせいです。それに不機嫌な顔をしていたら招待してくださったあなた方に失礼だから――踊りたくない理由なら、あなたみたいな人が好きじゃないから、じゃないかしら」


 好きじゃないと感じる理由は、わたしに対する態度とイザムに対する態度が違ったからだけど、それは黙っていた。それにあの不快な視線の主がこの人っていう可能性もある。見た感じは優しそうな王子様だけど、違うのかもしれない。

 さっきのお姉さんには鳥肌が立つような怖さはなかった。他に誰かいるはずだ。


 即答すると、王子様はつかんだままだったわたしの手を離してから、少し面白そうに笑った。


「作り笑いの理由は婚約を喜んでいないからではないのですか? 私は婚約者の目の前で他の女性とべたべたする男は好きではありません。貴女はお怒りではないのですか? 先ほども言い争いをなさっていたようでしたが」


 言われて驚いた。

 そんなふうに見えていたとは――それは、失敗だった。

 それでこの人はさっきイザムに対して見下したような態度や言葉使いをしていたのか。


 確かに、あの女性は絡みつくようにイザムの腕を取ったし、イザム自身はたいして邪険にしてはいなかった。

 っていうか、けっこうしっかり観察されていた、ってことだよね、それ。


「わたしの婚約者が他の女性と親し気に振る舞っていたことで、不快な気持ちになる方が他にもいるとは思いませんでした。いつからご覧になっていたのかしら?」


 この王子様、どういうつもりでわたしたちを見ていたんだろう。


「そうですね、貴女が目の前に現れてからずっと見ていましたよ。私たちの席を離れ、遠ざかりながら、貴女は周囲を気にしていました。そこにあの女性が現れて、失礼な態度をとった。女性は自信満々で彼に寄り添い、彼は彼女のしたいようにさせていた。それから貴女が何か言うと彼女は引きつった笑みを浮かべて退散した。その後で貴女たちは何か言い合っていました。

 もうそのあたりからはだいぶ近くにいたのですが――彼はあなたという婚約者がいながら他の女性と馴れ馴れしく振舞ったのに謝りもせず、不機嫌そうで――貴女の方は怒ってこそいないようだったけれど、困り顔で言葉に詰まっていた。

 彼はあの女性をかばったのではないのですか?」


 この王子様の――第三者の目はそうとらえたのか。

 ますますしまったな、と思う。


「彼はあの女性をかばっていたわけではありません。それに、あの女性が魅力的であることは事実ですし、わたしにあの人が過去にこの世界で誰と出会って何をしていたのかを問いただす権利はありません」


 王子様が驚いた顔をした。


「貴女は夫になる人の性癖に興味がないのですか?」


 ぎょっとした。

 だって『性癖』って。……まあ、いろいろ残念なところがあるのはたしかだけど、そんなことをこの人が知っているって、イザム、この世界でも残念方面に有名なのか。


 ひとつ息を吸ってから、あきらめて首を振った。

 異世界なのをいいことにどれだけ残念趣味に浸かっていたんだろう。


「そこは、わたし自身に被害が及ばなければかまわないとは思っています……それにもう一つ言わせていただければ、わたし自身はあの女性がゲーロになるかメギマになるかを考えていたので、不快というより爽快でしたよ?」


 仕返しが必要なときは手段はあるのだ、そういうつもりで言うと、王子様はさっきよりは楽しそうに笑った。


「婚約者なのですから聞く権利はあると思いますが……。大魔導士様はご存じなのですか?」


 残念趣味のことを? それはもちろんだ。

 ご存知も何も、本人なのだから。


「あの人たちのことですから知っているのではないかしら?」

「知っていて貴女の相手に?」


 わたしの無言を肯定と取ってくれたらしい。

 形のいい眉を顰めた後で、王子様は首を振って会話を変えた。


 「……それはそうと、やはり踊りませんか? こうして話すのも楽しいものですが、腕の中に女性を抱くのもまた楽しいものですので」


 今度はにっこりと素敵な笑顔で誘っていただいた。

 だけど、受けないほうがよさそう。 


「やめておきます。ゲーロやメギマにするにはあなたはちょっと優しすぎる方のようですから」


 はっきり、でもやわらかく断らせてもらった。だってこの人の言うことが本当なら、わたしのことを心配してくれたってことだし、それならやっぱりいい人みたいだから。


 それにこの人がいい人でも今の段階で親しくなるのは無理だ。

 災厄について面倒な依頼をしてきた王族に対し、今後あの大魔導士がどう動くことになるのかがわからない。

 深く関わりたくないのは確かだし、そうである以上はこの王子様のためにもやめておいた方がいい。


「やはり私のような男は好きではありませんか?」


 少し首を傾けてにっこり笑って聞く王子様。

 好みかどうかは別として、態度が悪かった理由は納得できたし、最初の印象通り優しい人だと思ったので正直に答えた。


「好みかどうかはよくわかりませんが、人間のままでいた方がいいと思える程度には、良い方だと思いました。お気遣いありがとうございます」

「ああ、その笑顔なら、本心のようですね――では次の機会には踊ってください。ああ、ほら彼が戻ってくる。……機嫌が悪そうですね。ローゼリーアが駄々をこねたかな」


 微笑みから一変して眉を寄せた王子様の視線をたどってみれば、確かに笑顔の仮面をはりつけたイザムがこっちに歩いてくる。

 顔は笑顔でも、周辺に怒りの冷気をまき散らしているように……見える。


「いつもの妹は無理難題を言うような子ではないのですが」


 王子様がさらに眉をひそめた。


「王様のお話とは王女様のことだったのですか?」

「はい。他愛ないおねだりだったはずですが。あの様子だと、断られたかな」


 やれやれと聞こえるようなため息を吐いて王子様はもう一度わたしの手をとった。


「私は退散したほうがよさそうですね。お話できてよかった。とても楽しかったです。次は踊ってくださいね」


 慣れた様子で手の甲に口を寄せる。


「お約束はいたしかねます。でも、お誘いありがとうございました」


 丁寧に膝を曲げて礼を返すと、王子様はイザムと入れ替わるように戻って行った。すれ違いざまに作り笑顔で王子様を見たイザムの目が――全く笑っていない。


 わたしは今度は不機嫌な魔導士の相手をすることになるらしい。

 とりあえず、これ以上仲が悪そうだと思われるのは避けたいけど、あきらかにイライラしてる感じ――どうしたらいいかな。


 伸ばされたイザムの手に自分の手を重ねると、思いがけず強い力で引き寄せられた。見上げれば、顎もこわばっている。

 なんだ?


「そんな顔をするような、どんな無茶なことを言われたの?」


 小声で聞くと、作り笑顔の冷たい声が返ってきた。


「ゲーロがいい? メギマがいい?」


 なに、それ。いきなり


「そんなにひどいお願いだったの? 王女様、まだ五歳くらいでしょう?」


 いたいけな幼女をゲーロに変えたいと思うほどの難題とは一体何だ。


「違う。アルフレッドだ。」

「へ? 誰?」


 急に全く知らない名前が出てきた。


「さっきまで君と話していた方の王子。どっちにする?」


 王子様、アルフレッドって言う名前なのか~。かっこいい。似合うね……じゃない。


「え? 王子様? 王子様なの? 王女様に何かひどいことを頼まれて怒ってるんじゃないの?」


 怒りの矛先がたいして接点のなさそうな王子様とは。


「あんなの、頼みでも何でもない」

「でも怒ってるでしょ?」


 イザムが髪の毛をかき上げて息を吐いた。


「それは自分が婚約者の僕を差し置いてあいつと楽しそうに談笑していたせいだとは思わないの? 

 アイリーンをひとりにするのが心配だったから、さっさと話を切り上げようと思って、無理なお願いはさくっと断って、それでもご機嫌を取りつつ、かわいらしいお願いのほうを二つ返事で引き受けて戻ってみれば、あいつと仲良く笑っているんだから。

 今日の目的を忘れているんじゃないか?」

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