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27. 王城へ

 気を取りなおして、準備された黒馬四頭が引く、黒ずくめの御者が制する真っ黒な馬車に乗って宵闇の中をおホーンテッド屋敷マンションから出発し、揺られること約三十分。わたしたちは王城を囲む高い塀の入り口にある門に到着した。


 門でいったん止められて、誰が来たのか確認作業があり、更に十分近く揺られ、正面入り口が見えたあたりでまた待たされる。警備の関係なのかもしれないけど、無駄に広くて時間がかかるところが王城って感じだ。


「今日の僕たちは大魔導士の代理だ。ミッションは、大魔導士に王族に背く意思がないことと、災厄を排する意思があると示すこと――これはアイリーンが異世界から来たことでほぼクリアしてる。そして僕たちは幸せな婚約をしていて、どちらも伴侶を求めていないことを印象付けることだ。

 この時間だと遅刻だけど、僕たちは異世界者で領主や貴族じゃないから、時間厳守や退出の順番もない。にこにこしながら出席すれば叛意がないことと、協力する意思があることは示せるから、それさえ終わったら長居は無用だ」


 馬車の扉が開けられて、今日は杖を持っていないイザムが先に降りて手を取ってくれた。背筋を伸ばしてドレスの裾をひっかけないように気をつけながら降りると、そのまま手をつないで階段を登り、衛兵の守る扉を抜けて中に入った。


 そこからはイザムに導かれるまま、姿勢を正してただ進んだ。遅刻だと言われた通り、廊下には警備の騎士やお仕着せを着て行き交う使用人たち以外の人影はなく、ガランとした通路を進み、騎士らしき人たちが両側を守る、大広間へ通じる扉らしきところまで到着した。

 中から音楽や笑い声が聞こえる。


 宴もたけなわ、かな?


「じゃあ、行こうか?」


 行く以外の選択肢はないのに、わざわざ聞いてくれるのがイザムらしい。

 わたしはひとつ息を吸って姿勢を正し、笑顔を作ってから頷いた。



 ざわざわと人の声がしていたホールが、足を踏み出すごとに静かになっていく。

 こっちを見て驚いた顔をする人たちがいる。踊りを止めて小声でなにか話し出す人たちもいた。


 けっこう――いや、かなり注目されていると思う。

 これは、思っていたより緊張する、かも。


 進行方向の人垣が割れる。

 わたしは頬にどうにか笑みをはりつけて、イザムに手を引かれるままに、一番奥の、一段高くなっているところに座っている人たちの方へと進んだ。


 豪華な冠をたっぷりした黒髪の頭に乗せて、銀の衣装で流石に堂々とした雰囲気を醸している四十代と思われる男性が王様で、一回り小さな冠を金の髪に乗せた、金糸で複雑な刺繍が施された濃い青いドレスを着た隣の優しそうな方が王妃様だろう。


 その隣には見事に父親似と母親似に別れました、って感じの二十歳前後と思われる王子様らしき人たちが二人。そして水色のドレスを着た、お人形のようにかわいらしい王女様らしき人が一人。五歳くらいに見える。


 歳の離れた妹か。あの子のお誕生日なのね。


 喧騒が静まったことでわたしたちに気づいた彼らがこちらを向いた。

 王女様がわたしたちを見て目を見張る。

 他の四人は穏やかな表情を崩さずにわたしたちが近づくのをそのまま待った。


 視線を下げてそのまま進む。

 魔術を使おうとしていると思われたくないから王族とは極力目を合わせるな、とイザムに言われていた。

 段の下まで進むと、イザムが歩みを止めてわたしの手を離した。王族の後ろに控えていた男性が王様らしき人の耳元に何か囁くと、王様が頷いた。

 イザムが改まった調子で話し出す。


「本日はこのようなお喜びの場にご招待いただきましたこと、師もことのほか喜んでおりました。が、何分高齢のため、この場にまかり越すこと相成りませず使いを任されました。

 王女様に置かれましては恙なくご成長のこと、心よりお喜び申し上げます。と、お伝えするよう言付かっております。私は弟子のイザム、こちらはご令孫のアイリーン様でございます」


 淀みなく挨拶をして膝を折る。わたしも目線を上げずに、す、と身を低くした。


「祝いの言葉、確かに受け取った。こちらにも喜ばしい話が届いているようだが、尊師はご健在か?」


 堂々とした声。王様って、シルバーには負けるけどかなり美声だ。

 イザムが身を起こすのに合わせてわたしも礼の姿勢から戻った。


「はい。屋敷に籠れる日も近いと益々研鑽に励んでおります」


 イザムが応えると、「はは、それは何より」と前置きして、「そなたも、このように美しい御孫女を得るとは上々といったところか」と誉め言葉を頂いた。


 イザムが流した噂はしっかり広まってくれたらしい。


 周囲の視線が自分に集まるのがわかって居心地が悪い。少し緊張感が高まったけれど、笑みは崩さないように努めた。

 お礼を言った方がいいのかどうか迷っていると、「望外の喜びにございます」と王様の言葉にもなんら臆することなく答えたイザムが再びわたしの手をとった。


 そうそう、ラブラブなふりをするんだった。


 そう思いながら視線をやったら、思いがけず本当に嬉しそうな笑顔でわたしの方を見ていて――びっくりして、一瞬素に戻りそうになった。

 それだけじゃなくて、なぜかものすごく居心地が悪くなった――今すぐ現実あっちに帰りたいような――そういう設定だってちゃんと言われていたのに。

 どうにか持ち直して笑顔を返す。


「そなたの笑みは目に毒だな。御孫女がいてなによりだ」


 王様の声に視線を戻すと、王女様がぽけっとした顔でイザムを見ていた。その頬がわずかに赤らんでゆるんでいた。今の笑顔にやられたのか。


 美形の微笑み、恐るべし。


 そんなことを考えていると、挨拶を終えたイザムが「御前失礼いたします」と言ってつないだ手を引いた。


 もう一度膝を折ってから仲良くその場を離れる。結局わたしは一言も話さないままだったけど、もともと極力おとなしくしている設定だったし、あれで大丈夫だったと思いたい。


 踊っている人たちを避けながら、ゆっくりと王族から距離を取って人々の中に入って行く。

 かなり離れてからほっと力を抜いた時、誰かの視線を感じて首の後ろの毛がそくり、とした。狩りに行って、こちらはまだ相手の姿をとらえていないのに向こうが気づいている。そんなときみたいな落ち着かなさ。

 振り向いたけれど、わたしたちの方を見ている人達は複数いるし、人が多くて誰の視線なのかわからない。

 わたしの足の運びが遅くなったことに気がついたイザムが立ち止まった。


「アイリーン? どうした?」

「よくわからないんだけど、視線を感じて落ちつかない」

「アイリーンが美人だから? だったら僕に集中して。踊ろうか?」


 にっこり笑って視線を合わせる。それも偽笑顔だけど、さっき程作っていないし、軽口のおかげでちょっと気が楽になった。


「そういう視線じゃなくて。ちょっと嫌な感じなの。山で敵に見つかった時みたいな」


 説明している側からそわ、とまた腕に鳥肌が立つ。


 何か――誰か? 絶対に見てる。


「勘が働いてるのか。僕が見たところ怪しいやつは――」わたしの頭越しにイザムが周囲を見回して、言葉を切った。「――ああ……とりあえず、知ってるやつが一人こっちに来るけど……」


 言い淀んだ声に女性の声が重なった。


「と~っても会いたかったわ、魔導士のお兄さん。今日はずいぶん素敵なのね。惚れ直しちゃうわ♡」


 ちょっと棘のある艶っぽい声がして、身体にぴったりとフィットした襟ぐりの深い黒のセクシーなイブニングドレスを着た美女が、横からイザムに抱きついた。

 妖艶な赤い髪の毛。

 腰近くまであるドレスのスリットが割れて、きれいな太腿が覗いた。


 うわお。ぐいぐい行くなあ。


 それに黒魔術が凄~く似合いそうな美女で、今日のイザムの格好ともよく似合って……じゃない。見とれてる場合じゃない。でも、これは完璧に出遅れた。


「今夜は最後までいられるんでしょう? それとも二人で抜け出す方がいい? この前みたいに♡」


 紫色に塗られた唇から発せられた語尾の♡もたぶん聞き間違いじゃないし、これは間違いなく迫られてると思っていいと思う。


 ただ……イザムがものすごく嫌そうってわけじゃなくて――単にちょっと困っているだけって感じに見える。

 婚約者としての設定上はどうにかして割り込むべきだろうけど、親しくしている人なら、後で仲直りするのが難しくなるかもしれない、なんて思えるくらい。

 どうしたものかと思っていると、体勢を立て直したイザムが豊満な胸に抱き取られている腕を引き抜いた。


「俺、婚約したんだよ」

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