26. 王都の屋敷と執事さん
あれよあれよという間に衣装設定が決められて、わたしたちが顔見せに王城に行く日の夕方。
言われたとおりにわたしは、マダムのところから届けられてイザムが細工をした(らしいけど何がどう変わったのかはわからない)シルバーグレーのロングドレスを着た。
上半身はまたしてもビスチェ(後ろで編み上げるタイプで、これは確実にイザムの好みだと思う)で、左胸のほくろがギリギリ見える位置までが隠れてる。それだけだと結構露出度が高いんだけど、ふわりと揺れる同色の薄いレースを重ねて肘まである袖が作ってあり、肩も胸もとも同じレースで覆われているので(見ようと思えばそれなりに見えるけど)出ていることがたいして気にならない。
すとんと落ちていながらも歩けばふわりと広がるマキシ丈のスカート部分にも細かい模様のレースが重ねてあって、上品なデザインだ。いつもつけているローズピンクの石がついたネックレスは、このドレスには合わないと判断し、ホランドと相談した結果ガーターベルト的なもので太ももにつけている。無駄に喜ばれそうだし、見せろって言われても困るのでイザムには内緒だ。
足もとは高すぎないシルバーのヒールで、ラインストーン付き。
アイリーンの髪は本来黒のストレートロングだけど、これもまたイザムの希望で、編み込みつきのハーフアップにして、ねじって靴と同じようなラインストーンがついたピンでとめ、サイドに巻いたおくれ毛をたらすことになった。
「そんな髪型一人じゃできないよ」
って言ったら、現実でネット動画を何度も見てやり方を確認してきて、靴と一緒に例のコスプレ魔法を使って一瞬で仕上げてくれた。やり方を理解できれば魔法で再現するのは難しくないらしい。
仕上がりもきれいだし、確かに便利だ。
胸もとのレースがそれだけできれいなのでネックレスはないけど、靴と髪とお揃いの、ラインストーンのイヤリングをつけているので、アクセサリーは十分なのだそう。手抜かりはない。
イザムはよっぽど楽しいらしく、わたしを飾り付けながらずっとニコニコしていた。
軽くメイクもしてすっかり準備を終えてから、転移陣を使ってくれるイザムの部屋に行くと、イザムの方も着替えていた。
それがなんと、いつものダボダボのローブではなくて黒のスーツだった。ちょっと葬儀屋さんみたいな重々しさを出しつつ、足もとと腰はアグレッシブなごついブーツと銀の装飾つきの太いベルト。それから肩のところで留める銀縁の黒マント。
自分も何か作ろうかな、とは言っていたけれど、こんなふうにコスプレを楽しんでる感のある衣装になるとは。
学校に行く時とは全然違う、スクエアのおしゃれな眼鏡までしてるし、手袋も黒で統一してる。
そのまま額入りの写真で残したいようなクオリティで、あらためて通りすがりの人間がストーカー化するほどの超ハンサム度にびっくりして部屋の戸口で足が止まった。
「どしたの、それ……?」
「いや、せっかく流出の危険のない世界にいるんだって気づいたし、この前自分でもやってみろって言われたから……それにこれなら一緒に並んで人前に出ても大丈夫かなって……ごにょごにょ」
視線を避けるように横を向いた。耳が赤くなってる。
「似合うよ」
そう言うと、ますます赤くなった。
人の目にとまることを自分から楽しんだことがないイザムが、誰かに自分を『好意的に』魅せるために何かしたのを見たのは初めてかもしれない。
それが現実ではない異世界とはいえ、なんだか嬉しくて、自分だけが着飾られていた時よりもやる気がアップした。
わたしもちゃんと楽しまないと。
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一度イザムの王都の館に転移してから王城に向かう。
普段はまったく使っていないという館に転移してみれば、中の造りは領地の館とほぼ同じだった。ただし領地で開かずの間が並んでいたところはほぼ全て空き部屋。
使っていない割にきれいなのは、クロちゃんの仲間がたまに出入りして掃除をしてくれているかららしい。
「あいつらにはぴったりだろ?」
そう言われて出発前によく見てみれば、外観もなんというか、クロちゃんの翼がよく似合う、洋風のお化け屋敷的な迫力があった。
そして、なんと。その館には全身黒づくめでクール眼鏡の執事さんがいた!
「お帰りなさいませ、旦那様。はじめまして、アイリーン様。サロンにお茶の支度ができております。馬車の準備が整うまでそちらでお待ちください」
なんて、いかにもなことを言って出迎えてくれたのは玄関じゃなくてイザムの部屋の前だったけど(転移陣で来たから)。お約束な台詞を完璧な無表情で口にした執事さんは、冷たい感じの美形だった。
「クロの兄ちゃんで名前はシュヴァルツ。表面は不愛想で無口だけど、クロがときどきアイリーンのことを話してるから、内心ではかなり歓迎してるはずだ」
なんと、またもやびっくり、クロちゃんのお兄さんだった。
「クロちゃんの!?」
それはまずお礼を言わねば。
「いつもとってもお世話になってます。癒されてます。ありがとうございます」
シュヴァルツさんの眦がかすかに下がったような気がして。
「こちらこそ、妹を大切にしていただいてありがとうございます」
かっちりした礼を返された。
妹さん!?
クロちゃん、女の子だったんだ。人の形になったことがないから知らなかったよ。
イザムに一階にあるサロンに連れて行かれながら考える。
クロちゃんって人型になったらどんな感じなのかな。きっとかわいいだろうな。服はやっぱりシュヴァルツさんみたいに黒かな。
想像すると頬が緩む。
「ずいぶんご機嫌だけど、シュヴァルツは人間は好みじゃないぞ」
突然空想に割り込んできたイザムの声が――怒っている?
「え?」
「シュヴァルツは人は恋愛対象外だ」
「え? シュヴァルツさんたちって人と恋愛することもできるの?」
そっか、人の形をとれるなら、種族を越えた恋愛もありえるのか。
そういえばイアゴだって最初に会ったときにわたしをお嫁さんにできるみたいなことを言ってたし、シルバーのハーレムの中の一人になる方がいいのかって聞かれたこともあったっけ……。
じゃなくて。
シュヴァルツさんの恋愛対象が人じゃない? それってシュヴァルツさんとしては普通のことじゃないのかな。
「だから、シュヴァルツにその気はないって」
イライラした声に聞き返す。
「それって普通のことじゃないの?」
「え、いや、もちろん普通だよ。……ただ、アイリーンの好みがシュヴァルツなら、無理だって最初に言っとこうと思って」
「いつからわたしの好みの話になったの?」
何で今そんな話?
そこでサロンに着いたので、とりあえず窓ぎわの椅子に座る。やっぱり全身黒のメイド服を着たお姉さんが出てきてお茶を注いでくれた。クロちゃんやシュヴァルツさんのお仲間なのか、シュヴァルツさんと雰囲気が似ている。
ということは、やっぱりクロちゃんも服は黒だよね~。
「シュヴァルツを見てから、にやけてたから」
お茶を受け取ったイザムがさっきの話を続けた。
顔がまだ不機嫌。
「いや、それは誤解。確かににやけてたかもしれないけど、わたしがにやけてたのは、クロちゃんが人の形になったらどんだけかわいいか、って考えていたせいで、シュヴァルツさんがかっこいいとか考えていたわけじゃない」
「え? クロの方? そっち?」
驚いた顔で聞かれたけど、本当だ。
「クロちゃんすっごいかわいいから……あ、もちろんシュヴァルツさんもすてきだと思うよ? だけど、クロちゃんが人の形になったらビスクドールみたいに見えるのかな、とか、何歳くらいなのかな、とか、服は黒が基本なのかなって考えてて……。
あ、待って! シュヴァルツさん、クロちゃんのお兄さんってことは本当はまっくろくろすけなの? あのクールさで、まっくろくろすけ? うわぁ、それ、すてきかも!」
シルバーの強面に笑顔並みのギャップがある……頭の中がもふもふしてきた。
「今度、人じゃない形になってくれないか頼んでみよう」
嬉しくなっていたら、ため息をついてイザムが言った。
「あいつらが本来の姿(蝙蝠)になったら見分けなんてつかねーよ」




