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25. 閑話 ドラゴンの災厄

「ねえ、そういえばこの世界ってドラゴンがいるんだよね?」


 山方面に出かけて狩りの練習&館で簡単な治癒魔法の練習という一日の活動の後、イザムの部屋の暖炉の前の敷物に座って(椅子に座るほど改まるような感じでもないし、人様のベッドに座るのは悪いし、床に直で座るのもなんだか違うしで、すっかり暖炉の前の敷物がくつろぎ時間の定位置になった)、傍らにはわたしの中でクッション的な存在になりつつあるシルバーと、財布や携帯並みに必需品化しつつあるクロちゃんを侍らせて手触りを堪能しながら、どうでもいいことのように聞けば。


「ん? ああ、うん」


 読んでいる本から顔をあげない隣からも、どうでもいいことのような答えが返ってきた。


「それって、けっこう大変なんだよね? みんなで討伐とか、しなきゃいけないんでしょ?」

「ああ~、うん?」


 何だろな、その反応。


「大変じゃないの?」

「出たら大変だよ? あいつら火吐くから、山火事とか困るし、作物とか焦がされると食べ物に困る。動くものは餌認定するし、飛ぶし。でも、性格が一直線なぶん悪いやつじゃないっていうか、御しにくいってこともない。そういう面ではかわいいって言えるよ」


 かわいい、ねえ。


「戦闘系使い魔向きかな」

「そうなの?」

「余計なことはさせないで破壊活動だけ任せるとか。ドラゴンは鱗が超硬いし、ちょっとやそっとじゃ怪我なんてしない。それに大きすぎるから一人で解剖するには向かないけど、そうだな……味なら鳥とかワニ系で美味しいよ」


 え。


「食べたの!?」

「え? 毒はないよ?」

「だから、食べたの!?」


 ドラゴンって食べられるの? いや、それよりも食べようとする人なんているの?


「飼うの? なら問題は餌だよ?」

「ええっ? 飼うの!?」


 そこでイザムが本から顔をあげた。


「欲しいのかなって思ったんだけど……?」


 なんだそれ。


「いやいや、いらないし! それに食べないし、普通は飼わないでしょ」


 会話が成り立ってない。ヘロっと何を言い出すんだ、この魔導士様は。


「わたしは見たことがないから、本物はどんななのかなって思っただけだよ。ここでは千年に一度の災厄と、ドラゴンが危険な存在なんでしょ? 

 千年に一度の災厄はさすがに来てからじゃないと見れないし、今心配しても仕方ないのかなって思うけど、ドラゴンは来るかもしれないんでしょ?」


「あ~、当分来ないと思うけど、見たいなら見に行く?」


 こめかみを人差し指でぽりぽりと掻きながら、散歩にでも行くかと聞くような口調だ。


「え? そんな動物園のパンダみたいに見に行けるものなの?」

「パンダみたいに国際関係がどうとかないから、むしろ楽だよ。共通の厄介者ってことで、勝手に見て勝手に帰ればいいんだから」


 いや、そういう意味じゃないし。


「そういう意味では、駆除すると感謝されるよ。単に居場所が山奥だからほったらかしの……ちょっとでかくて飛ぶ田舎の熊みたいな感じ? ドラゴンは鱗や骨の使用価値があるから買取価格は高いけど」


 わたしの中のドラゴンに対するイメージがちょっと残念な感じに下がっちゃったよ。


 ちょっとがっかりしたのが顔に出たのか、敷物の上でちゃんと座りなおしたイザムがやる気を出した顔をした。


「明日は山で狩りの練習するのはやめて、ドラゴン見物ついでに狩れるものがいたら狩る感じでピクニックに行こう」と、花見にでも行くような調子で誘ってくれた。


 みんなで討伐するような生物はそういう対象じゃないような気がするんだけど。


「そんな簡単に見られるの……?」

「奥にいるのは確かだけど、炎の山の麓まで行ったことがあるからそこまでなら魔法陣で行ける。あいつらは縄張りに入ってきた生き物は何でも追いかけるけど、直線飛行以外の動きはそんなに速くないし、力業なところがあって細かい動きもそんなに上手くないから、手っ取り早くイアゴに近くまで連れて来てもらえばいいよ。あいつ鷲の仲間なんだし、火と尻尾にさえ気をつけていれば余裕だろ?」


 ちょうど外から戻ってきて人型に変身した、お役目で領地監視中の(出たり入ったりして遊んでいるようにしか見えない)イアゴが話しかけられて、何の話かとワクワクした顔で近づいてきて、ドラゴンの話だと知ったとたんに頬をひきつらせた。


「炎除けの魔術だけかけてやるから、遊んでやれよ」


 笑顔でイザムが言う。


「ああ、それはいい」


 それまで黙っていたシルバーも、楽しそうにパタリと尻尾を振った。


 止めてあげたいような気はするけれど、みんなの前で「かわいそう」だから、なんていう理由は口に出せないし、「できない」とか「無理」とか、信頼していないような理由も言えない感じで、どうしたものかと思っているうちに、イアゴの希望は完全無視で次の日に出かける計画がどんどん進んでしまった。


 ~~~~~~


 次の日、ホランドが用意してくれたお弁当(本当にピクニックだよ)を持って、わたしとイザムとクロちゃんは山に向かった。向かったといっても、例の緑色の魔法陣が光るやつで一瞬。さっさと近くにシートを広げてそこからはのんびり待つことに。

 ちなみにシルバーは転移陣での移動が好きではないそうで、徒歩で先に出発したんだけど、既に着いていた。ドラゴンには興味なさそうだったのになんで来ることにしたのかは謎。


 イアゴも自分で飛んで行った。


「打合せ通りのトコに連れて来いよ」って言われて、ちょと顔が引きつっていたけど、基本的に笑顔だったから割と平気なのかも――だといいな。


 イザムに外からはよく見えなくなるという結界? を張ってもらったので、大騒ぎしなければこちらがドラゴンの標的になることはないらしい。


 そんなお気楽状態でピクニックセットを広げてのんびり待つこと十数分。

 遠くからピイーッという甲高い鳴き声がしてイアゴがこっちに向かっていることがわかった直後、はたしてそれは現れた。


 はっきり言って、それは予想以上に怖かった。

 何しろ大きい。

 例えばドラゴンと空にいるイアゴを見たら、鷲と雀以上に大きさの差があって、もちろんイアゴの方が雀だ。翼を広げたイアゴが二メートルとして考えれば、ドラゴンは優に十メートルを超えている。

 太陽の光を反射して輝く赤黒い鱗と金色の目、鋭い鉤爪にときどき炎を吐く巨大な口。そこから見える牙、長い尻尾とその先端に並ぶ太い棘。共同で討伐するのも頷ける怪物だった。


 緩急をつけて身を躱しながら飛ぶイアゴに怪我はないようだけれど、ドラゴンの爪や牙が迫る度にわたしの身体は恐怖に硬くなった。

 イザムが「直線飛行以外の動きはそんなに速くない」って、言ったのは嘘か? それとも、あれで速くない部類に入るのだろうか。


 何の考えもなくドラゴンを見たいなんて言ってしまったことを、今更だけど後悔した。


「もう、いいよ。やめさせて。イアゴが怪我したら大変だよ。十分見たし」


 あれは怖すぎる。


 止めようとしたのに、「心配ないない~、あいつけっこう余裕あるじゃん」と、イザムはのんびり発言で、まったく止める気がない。


「やだよ。怪我する前に早くやめさせて」

「ええ~、まだいけるって」


 押し問答になったら、シルバーが口をはさんだ。


「あいつは、主の不興を買ったままだろう。お前に手を出そうとしたからな。このままドラゴンの餌にしてもいいと思うぞ? それにお前のとりなしで使い魔となったが、いまのところ何の役にも立っていない。

 それにそもそもドラゴンの一匹や二匹、遊んでみせる余裕がなくてはこの主の下にいる資格はない。

 あいつもそれはわかってる。だから従ったし、主も止めないんだ。

 それに、通常なら翼のある者はドラゴンに逆らわないが、ドラゴンより主の方が怖いからな」


「怖いって……雷攻撃とか?」

「それもあるが、まあ、いろいろだ。とにかく、俺なら群れの雌にちょっかいを出した時点で殺してる」


 怖いことをさらっと言わないで欲しいし、わたしは『群れの雌』じゃないし、ちょっかいなんて言ったって、害のないかわいいものだった。


「ちょっかいって、まだ子どもだよ?」

「あっという間に大人と変わらなくなる。それに、あいつが使い魔として群れを出ると決めたのなら、既に独り立ちしたことになる。一人前だ」


 そういうものなのだとしても……シルバーは厳しいな。


「でも、だったらこれ、いつまで続けたらいいの?」


 もう十五分以上たっていると思う。ドラゴンもだいぶイラついているのか、炎を吐く回数が増えているような気がする。


「よく見てみろよ。あいつもただひたすら遊んでるわけじゃない」


 イザムに言われて見てみれば、イアゴは中空で勢いよく振り回されるドラゴンの尾を避けて、何とか背後に回ろうとしているようだ。


「いったい何を……?」


 イアゴが背中に近づく度に太い尾が追う。


 更に十分が過ぎたころ、ガっと音がしてドラゴンの尻尾の先が自身の背中をかすった。

 赤黒い鱗が飛ぶ。

 直後ひらりと翼が空を打って、イアゴが身体を中空に躍らせた。落ちていく鱗を一直線に追って地上へ滑空する。その背後から、ドラゴンの口から咆哮とともに怒りの炎が怒涛の勢いで追いかけた。


「イアゴ!!」


 堪えきれずにあげた悲鳴が響いた。


 炎を吐ききったドラゴンがわたしたちの方に顔を向けた。

 こちらを向いた視線はしばらくうろうろしていたけれど、ぴたりと一点に――わたしたちの方にとまった。

 金の瞳が怒りにぎらついている。

 慌てて口を押えたけれど、今更――これってヤバいやつ。

 自分の軽率な行為に冷や汗が出る。


「おっと~。見つかった」


 背中からイザムの声がして、振りかえれば、シルバーとクロちゃんが何やら相談するように顔を突き合わせてから、飛び出していった。


「アイリーン、手、こっちに貸して」

「え!?」

「手」


 そう言いながらイザムが左手でわたしの右手をつかみ、自分の右手に現れた杖を空に向ける。先端でくるりと輪を描いてからふいっとドラゴンに向けた。


 ゴオオオオオオッ!!


 杖の先から竜巻のような風が唸り音とともに吹き出して、あたりの物を巻き込んで一直線にドラゴンに向かって行く。軽く手をつないだ状態だったわたしは体が浮きそうになって、慌ててイザムの腕にしがみついた。


 風がおさまったときにはドラゴンは影も形も見当たらず、隣にはニコニコと上機嫌なイザムがいるだけだった。


「……あの、今の、何?」

「風魔法。羽があるやつにはよく効くんだよ」


 開いた口が塞がらないっていうのはこういう時の言葉だな、と思いながら、背後だったために風と一緒にあたりに散らばっただけで済んだピクニックセットを集めていると、シルバーとクロちゃんが帰ってきた。


 シルバーは口にぐったりした大きな鷲を一羽咥えて引き摺っていて、クロちゃんの方は赤黒く光るものをこちらもたぶん口? もこもこしていてよく見えないけど、たぶん口、だと思うところで咥えている。


「イアゴ!? 大丈夫? 怪我したの? 火傷は?」


 慌てて駆け寄ると、「大丈夫だ。怪我もたいしたことはないだろう。必要なら主が癒す」ドサッと音を立ててイアゴをおろしながらシルバーがそう言った。


 あちこちの羽が反り返って、ボロボロに見える。


「イアゴ? 聞こえる? 大丈夫? わかる?」


 柔らかくてつるつるした羽根にそっと指を走らせると、ピクリと身体を震わせて、イアゴが気づいた。


 くりくりっと首を左右に回してわたしたちの姿を確認すると、鱗を咥えたクロちゃんを見てほっとしたように息を吐いて、人型に変わった。ひどい怪我はなさそうだけど、身体中擦り傷だらけで、顔をしかめながら口を開いた。


「何があったんだ? 僕、鱗を一枚ゲットしようと思って、やっと手に入れて。咥えて飛び上がったと思ったら、すっげー風が吹いてきて……」

「「……」」


 無言のまま、みんなの視線がイザムに向かった。


「……?」


 イアゴの視線もイザムに向かう。

 イザムはといえば、満面の笑みだ。


「ああ、鱗がとれたのか! よくがんばったな~。俺の使い魔としてはそのくらいできないとな! うんうん。シルバー、クロ、お疲れさん。イアゴ、お礼言っとけよ。運んでくれたんだからな」


 って、ごまかす気なの!?


「……あの、ドラゴンはどうなったんですか?」


 おそるおそるといった様子でイアゴが尋ねた。


「ん。追い払った」あっさりと一言で片づけて、「帰るか? それとももう一匹見て行く?」って、そんなこと聞かないで欲しいよ。


 イアゴが手に入れたドラゴンの鱗は、帰ってからイザムがきれいに加工してお揃いのイヤリングとネックレスにしてくれるという。

 散々遊ばれて鱗をとられたうえにどこかへ飛ばされたドラゴンにとって、イザム以上の災厄はないなって思った。

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