24. 反省と招待状
「……なんか、いろいろごめん」
強制コスプレ(しかも現実世界で)を回避して家に帰る途中、勇が疲れ切った声で謝った。
とりあえず部室からの異世界トリップは当面見合わせることにして、また夕食後に勇の家にお邪魔することになった。
「わたしも、ごめん。迂闊だった。すごい食いつきだったね……あんなにぐいぐい来られるとは思わなくて。こっちでそんなことさせられたら、何が(データで)残ってどこに(ネットで)持って行かれるかわかんないのに。現実は怖いよね……」
「俺、顔さらされる恐怖で頭真っ白になった……しかもメイドコスとか、最悪だ」
眼鏡をはずして顔をこする。一人称が『俺』だ。よっぽどあせったらしい。
ぷっ
その様子が可笑しくておもわず吹き出すと、恨めしそうに睨まれた。
「笑うなよ。ストーカーは怖いんだぞ」
「だよね、ごめん。でも、意外に似合うかもよ? もとの顔が整ってるんだし、うまくメイクすれば……」
今はボサボサの髪の毛でほぼ隠れている顔を想像する。
「地顔の次はメイドコスで追っかけなんてできたら、おじさんとおばさんの受ける衝撃がすごいだろうね……」
「やめろ。リアリティを持たせた想像すんな」
嫌そうにしっしっと追い払うように手を振る。
「でもほら、無理やり妙な格好をさせられる人の気持ちがわかったってことでさ」
「それは悪かったよ。でも男が女装させられるより、女が女の格好な分だけ愛梨の方がマシじゃない?」
そう……なのかなあ?
一概にそうとは言えないと思う。
「ん~、それは誰が見るのか、ってところが大きくない?
見る側としての男子はその恰好をしているのが女子ならそれが誰でも嬉しいのかもしれないけど、不特定多数に見られる側になった時、好きでもない異性に胸とか脚とかじろじろ見られたい女子はいないっていうか、むしろ気持ち悪いっていうか……。
その辺は勇がストーカー女子の視線を避けたいのと同じじゃないかな。
力業となったら逃げられないかもっていう面では、女子の方が嫌がりそう」
勇が黙った。
しばらくそのまま歩いていたけど、「……なんか、ますますごめん」ぽそっともう一回謝った。
つまり、ようやく『見られる側』の気持ちに対する実感がわいた、ってことだと思う。
「いいよ。現実じゃないからどこからも流出しないし」
「ん……」
勇は電車の中でも、家までの道でも黙ったままだった。
また自分の世界に脳内トリップしている可能性もあるけど、それにしては視線がずっと斜め下向きで、それは何か考えているときの癖だ。
「じゃあ、また後でね」
家の前まで来たとき、振りかけた片手をぐっと掴まれた。
「あのさ、俺……その、気持ち悪いとか、そういう思いをさせるつもりは全然なかったんだ。ただ、似合うなって、それだけで……。
でも、できるだけお前の納得のいく格好で過ごせるようにするし、ちゃんと危なくないように気をつけるし……!」
まだ反省していたんだ。
そういうところ、いいやつだと思う。必死なのがかわいいな、なんてちょっと思ってしまう。
「大丈夫だよ。そういうつもりで見てないってことくらいわかる。それに、」そこでいったん言葉を切った。「……そういうつもりで見たら目を潰すつもりで上段突きをお見舞いする」
ニッ、と黒い笑いをしてみせれば、ひ、と小さな声が聞こえて掴まれていた手が離れた。
まあ、目はつぶさないけど、わたしはおとなしいアニメキャラじゃないから――いざという時はちゃんと反撃できるんだから、そんなに気に病まなくても大丈夫、って思ってもらえたらいいかな。
~~~~~~
その夜、わたしは例によってミニスカビスチェでイザムの部屋の暖炉の前に異世界トリップした。
慎重に目をそらしたイザムがおかしくて笑っていると、じろりと睨まれた。
「本当に嫌な時は遠慮なく蹴らせてもらうから気にしなくていいよ。イザムはせいぜい変な奴が領地に入り込まないようにがんばって」
明るく言うと、「俺の顔、遠慮なしに蹴るのはお前くらいだよ」とスリッパのときに蹴飛ばされた方の頬を撫でた。
「それは仕方ないんじゃない? 前も言ったかもしれないけど、わたしもともと勇の顔に興味ないんだよ。そうやって出してればすごく整ってるな、とは思うけど。
それについては正直迷惑を被った記憶しかないし――もちろん勇自身もそうだってわかってるよ。
でも、足の裏くすぐるとかってホント小学生か幼稚園児並みの悪戯だし、こっちでくらい蹴っていいと思う」
あのふわふわのついたスリッパが思いもよらず履き心地がよくてお気に入りだってことは黙ったままイザムの机に目をやると、そこに置かれた封書に目が留まった。
高級そうな白い封筒は、裏に立派な紋章の封蝋が押してある。
「おっと、来たか。招待状という名の召集状だ。王城からだね」
手の一振りで封書はひらりと開いた。ろくに中を見ないままでイザムが言う。つまり、王城へ出頭せよっていう命令書か。
「僕宛だけど、要同伴者ってことはアイリーンを見たいってことだ。期日は……二週間後。名目は王女様の誕生日の祝いか……となれば格好はパーティー用だ」
イザムがニコニコ笑顔になった。本当に、着せ替えが好きだね。
「この前マダムのところに頼んだ衣装にいい感じのやつがあったよね。シルバーグレーのロングドレス。あれがいいと思う。靴も銀のヒールで。アクセサリーはそれまでに僕が準備する。
アイリーンのジョブは知られていないし、知らせる必要もないから、おとなしく見えるようにしとこう。
僕はどうしようかな……流石にこのローブってわけにはいかないから、黒か白か、魔導士の弟子っぽく見える地味~なやつ、作ろうかな。
あ、僕は基本的にいつでも本人じゃない設定で、本人は三百歳の偏屈ジジイって話だから、合わせといて」
また三百歳のおじいちゃんが出てきた。
「その設定、なんだかんだで気に入ってない?」
「かなり楽でさ。ほら、そんなジジイなら嫁にこようなんて奇特な娘も少ないだろ? 異世界人で力があると、興味もたれやすいんだよね。
顔だけでどうってことではないみたいだし、あのローブだとこっちでも目立たないし、見習いの小僧は訪問者だとは思われにくくて――せっかくの噂だからね。うまく使わせてもらってる。
ジジイの方も、アイリーンが嫁候補だっていう噂がたったらますます安泰で、アイリーン自身も偏屈魔導士を相手取って戦おうなんてのは少ないはずだから安泰。イアゴだってアイリーンが来たばっかりで魔導士の手が着いてないと踏んだからこそ、乗り込んで来たんだしね。
お互いにいいとこ取りできそうだろ?」
「……じゃあ、わたしはそのジジイの相手っていう設定なの?」
架空の人物とはいえ、三百歳のおじいちゃんの嫁と思われるのはちょっと嫌かも。
そう思っていたら、わたしの微妙な顔に気がついたらしいイザムが笑った。
「そこは僕でもいいよ? その方が歳は合うし、それなら一緒にいてもおかしくないし……訪問者のカップルってことにしようか」
嬉しそうな顔で言う。
「ジジイはもともと恐ろしいって噂だから、アイリーンがジジイの孫だってことにすればいい。
ジジイには僕っていう後継者ができて、ジジイ自身は妻を必要としていない。うん。それがいいな」
どんどんニコニコ顔が深まっていく。
「二週間の間にそういう噂を流して、王城のパーティーに二人で顔を出せばばっちりだ。顔見せとダンスを一曲か二曲で三十分ってとこかな」
三十分でいいのは助かるけど、ちょっと待って。
「わたしダンスなんて踊れないよ?」
「僕も踊れないよ? 任せて。踊れるような靴、創るから。見たことはあるけど、どうせ僕たちが知ってるような踊りじゃないし、上半身の姿勢を保って力を抜いてくれたら大丈夫。くるくるくるっと回してあげる」
そんなこともできるのか。ちょっと心配になって眉を寄せれば、「足のサイズはばっちりだし」片目をつむって、「もちろん蹴らないでくれるならまた測ってもいいんだけど」と笑った。




