21. 現実へ
「じゃあ、俺たち一回帰るから、シルバー、あと頼むな」
なんだかんだと内容の濃い異世界生活を二日過ごしたわたしたちは一度現実世界に帰ることにした。
「ここに来た時に持ってたもの、全部持ってる?」
そう聞かれて頷く。忘れ物はない。
イザムはポケットから一枚の紙を出してわたしの肩に手を回し、軽くつかんだ状態でそこに描かれた魔法陣に反対の手をかざした――と思ったら、次の瞬間、わたしは三軒隣の勇の家、勇の部屋のパソコンの前にいた。
机の上には例のフィギュア。
服もごく普通の、自分のカットソーとパーカーにジーンズだ。
よかった。
ほっと息を吐く。
「ありがと。助かった」
勇もほっとしたように言って手を離した。
「どういたしまして。すごくびっくりすることばっかりだったけど、結構楽しかったよ」
そう言いながら、本当にそうだったと思う。
「あんなことがあるなんて。ふふ。信じらんない」
ついさっきまであのワンダーランドにいて、魔法に驚いたり、でっかいもふもふの狼に抱き着いたりしたなんて嘘みたいだ。
あの世界の何が本当で何が嘘なのか――全部嘘なのかもしれないのに、さっきまではそれがわたしにとって現実だった。
もとの世界に戻ってきた安心感からか、知らず知らずのうちに笑っていた。
「あの雷、あれ、無茶苦茶だよ! すごくびっくりしたし怖かった。死んだかと思った。地面がぐらぐら揺れて、耳が聞こえなくなって」
「ああ~、ごめん。加減がうまくいかなくて。心配し過ぎた」
申し訳なそうに眉の横を指でポリポリとかいた。
「でも、さすがの大魔導士だったろ?」
照れたような顔。
「さすがっていうか、半信半疑だったから本当にびっくりした。膝がかくかくして力が入らなかったよ。あれって腰が抜けたってやつかな」
そんなことを話していたらコンコン、とノックの音がした。
「勇? 愛梨ちゃん来たんでしょ? お茶持ってきたから開けて~」
おばさんの声だ。
「は~い」
勇がドアを開けるとニコニコ顔のおばさんがお盆に氷の入った麦茶のグラスと小袋入りのお菓子を載せて立っていた。
「愛梨ちゃん、久しぶりね! 今日は勇を連れ出してくれてありがとう。学校の帰りに愛梨ちゃんと買い物に行くなんて珍しいこと言うからおばさんびっくりしたわ!
立ちっぱなしじゃなくて座ってもらえばいいのに、まったくこの子は気の利かない……このお盆置くからそのパソコンの前、ちょっと片付けて。
あら、また新しい人形なの? 女の子はそういうの好きじゃないでしょうに。愛梨ちゃん、実害はないから気にしないでね」
おだやかに笑いながら麦茶を置いたおばさんにお礼を言って、ちらりとフィギュアを見る。『その新しい人形はかなりの実害がありました』と心の中で言っておいた。
そんなわたしの内心を見透かしたように勇が机の前の椅子を勧めた。
「まあ、座って」
そそくさとフィギュアを棚に片付ける。
「じゃあ、ゆっくりしていってね。勇、帰りは送ってあげるのよ? すぐそこだからって気を抜かないでね」
「「は~い」」
出て行くおばさんの背中に二人で返事をする。ちょっと小学生の頃に戻ったみたいだ。
「よし。じゃあこれからの計画を立てようか」
「あ~、やっぱり夢じゃないの? 今ちょっとすべては壮大な夢だったってパターンを想像してた」
麦茶のグラスを受け取りながら言うと勇が困ったような顔をした。
「僕も最初そう思ったよ。説明があったらしいんだけどろくに聞いていなかったから、帰る方法がわからなくて。それでいきなり一ヶ月近くいたせいで何が現実かもかなり曖昧になってて、どうにか帰ってきた時は呆然としたよ。
あんまり現実を拒否しすぎたせいで頭がおかしくなったのかと思った。それに、すぐにまた向こうに戻されたし……。その時はすぐ帰って来られたんだけど。
しばらくは落ち着かなかったけど、知り合いもできて、現実との折り合いのつけ方とかを教えてもらって……中学でちょっと休みが続いた時があったろ? あの頃が最初だよ。本当は異世界と行き来するときは向こうにいる時間と同じ分くらいはこっちにいて、慣らすのがいいんだ。そうでないと精神面がダメらしかったんだけど、そのころの僕はそれどころじゃなかったから、出だしはめちゃくちゃだった」
確かに、登校拒否を含め、そのあともあんまり学校に来ていなかった。二番目の趣味の世界が開発されて、どんどんそっちに没頭するようになって――そんな気がする。
家に籠ってゲーム三昧なんだとばかり思っていた。
「計画って、次に向こうに行くときのことだよね? わたしとしては今日はもう家に帰って寝たいかな~って思ってるんだけど」
勇が眉を寄せた。
「あっちで休んでから帰るべきだったかな。疲れた?」
「う~ん。疲れたっていうよりは、なんか落ちつかない感じがする。ちょっと頭の中、整理したい。今は金曜日の夜だよね?」
「うん」
「で、次は三日くらいってことは月曜日までに行けばいいんだよね。勇、この土日の予定は?」
「それ、聞く? 全部空いてるよ。母さんが言ったとおり、僕は基本出かけないし。
でも、忙しくてどうしても無理なら僕が愛梨の物を何か持って行けば、むこうにアイリーンの形跡が残せるから、ちょっとは時間が稼げるかも――その辺は聞いてみないとな~、でも一応僕が呼んだ仲間だし……。だけどそうやって本人以外が向こうに行くのはあくまでも仮だから、一瞬でもいいから一緒に行って欲しいとは思ってるんだけど。
あ、一人で行くのはやめて欲しい――いろんな生き物がいるし、危険な目に遭う可能性もあるから」
「それは構わないよ。わたし、もともとそんなにゲームとかやらないし――勇が行く時に誘って。だけど本当にちょっとでもいいの?」
「まあ、行った事実があれば、協力する気持ちはあるんだよってことになるし……こっちで風邪ひいたりするとあっちでも調子悪かったりするし、僕もそういうときはちょっとだけにしてる」
中三の冬にインフルエンザに罹ったとき、何がどう影響しているのかはわからないが、向こうで魔法がうまく扱えなくて大変だったのだそうだ。
「じゃあとりあえず……明日また行ってみる?」
勇がぱっと笑顔になった。
「いいの!?」
「うん。こっちでの時間が進まないなら、パッと行ってパッと帰ってくる感覚で出ればいいんだもんね。あとは、向こうでも今みたいな恰好ができればすごく楽なんだけど?」
そう聞いてみたら、真顔で首を横に振られた。
「それはダメだよ! 異世界なんだよ? 攻撃力と防御力を最大にして、職業に合わせた格好しないと! せっかく魔法が使える世界なんだし。その辺は僕ががんばるから!」
大急ぎで本棚から雑誌を持ってきて広げる。
……勇が頑張った結果の、あの格好はちょっと、ってことなんだけど。
「戦士、騎士、姫、黒魔導士、白魔導士、シーフ、司祭……ほら、みんなすごいだろ!? 武器も、長剣だけじゃなくて、サーベル、ランサー、鎖鎌やブーメラン……これにこの組み合わせとか、もう最高だよ。アイリーンは女の子なんだから、衣装はこんなのとか、こんなのとか……こっちもかわいいよね?」
滔々と話し続ける。これ、何かのスイッチ入っちゃったやつか。
しかも指さしてるのがことごとくミニスカorへそ出しのショートパンツ……それが勇の好みなのはよくわかったけど、わたしの好みではないし、着ないってことをまずはっきりさせておきたい。
「これって絵に描いてあるから許せるってやつでしょ。誰が好んでこんな格好になるのよ」
「ええ! 今日も着てくれたじゃん!」
「他に着るものがなかった(・・・・)からでしょ! あんたのニワトリ頭は都合よくすぐに忘れちゃうみたいだけど、中身はわたしなんだよ? まともな羞恥心があるの!」
ドン、と机の上の開かれた雑誌のページを拳で叩けば、「そんな……アイリーン以外の誰が着てくれるっていうんだよ……」って、そんなこと言ってるけど、まず最初にわたしに着せる前提をとりはらって欲しい。
「どうしても着せたかったら向こうの住人に着てもらえばいいじゃない。ホランドとか、ナイスバディだし、似合いそうだよ」
「彼らのデフォじゃないんだよ。僕たちの特権っていうか、そこが異世界の楽しいところなのに……」
情けない顔になってる。
「だったら思う存分自分で着たらいいじゃない。男性サイドの衣装もあるんでしょ? ちょっと見せてよその雑誌」
「男が着飾って何が楽しいんだよ」
「勇が見て楽しいように、わたしが見て楽しいかもよ?」
不満顔の勇から雑誌を取り上げてめくってみる。
「あ、かっこいいのいろいろあるじゃん。フロックコートか~。杖っていうより、槍? でも強そう! 胸はだけてるのもあったりするんだね~……あ、このお兄さんハンサム……こっちはシルバーに似合いそう……って、あんた、こんなにいろいろ載ってるのに自分の格好があのダボダボのローブ一つだけって、手抜きし過ぎじゃないの!?
ひとの服を勝手に決めてる暇があるなら、その持て余してる顔を活かせるような格好を極めたらよかったじゃん」
「持て余してる……確かに活用はしてないけど、持て余してるって、酷い」
きらきらしい衣装で魔法を使っている銀髪クール眼鏡男子のイラストを目の前に突き付けてみれば、「……男の胸なんか見ても面白くない」と、ふくれっ面になってしまった。




