2. こだわり設定
「ここに、わたしが入る必要があるの?」
別に、どうしても入りたくないっていうわけじゃない。でも、なんていうか、趣味の世界が前面に出ているようなウィンドウのディスプレイを前にしたら、学校帰りに高校の制服のままでここに入るのはまずくない? っていう心の声が聞こえた。
ためらっているわたしの様子に気づいたのか気づかないのか、勇が言う。
「本人の好みに合わせたいと思って。僕の好みを押し付けるのはさすがにまずいと思うから。あの、僕が買うから金額は気にしないで。服とか雰囲気を見て欲しいんだ」
なんとなく挙動不審な勇を見ながら心の中で溜め息。
せめて私服で来たかった……。
気を取り直す。
「なんのことかちっともわからないんだけど、わたしの好みで何を買うつもり? そして買ったそれをどうするつもりなの?」
「え? ああ、それならほら、あっちに行ったときの服装設定の参考に……」
「へ?」
なんと、今日やる予定のゲームの話だったらしい。キャラクターの衣装設定に買い物をするとは、そのこだわり具合にびっくりだ。
「え、そんなことするの? ゲームの中の話なら、わたしべつに格好がどうとか気にしないよ? 適当でいいんじゃない?」
「や、それはダメ、そこはちゃんとしとかないと、後で変えるのは大変だし」
大変って……そういうものなんだろうか?
それでもとりあえずどうしても譲れないらしいので、しかたなく一緒に明るい店内に足を踏み入れた。
入ってみたら女の人も結構いる。カップルもいる。
でも制服姿の女子高生はやっぱ違和感あるんだよね……。
しかたないので勇の後ろに隠れるようについて行った。
「で、何を探すの? 衣装着てとか言われても、着ないよ?」
「や、それは……とりあえず、フィギュアを。全身のやつ」
まだ歯切れが悪い口調でそう言いながら、勇は迷いなく狭い通路を進んで行く。
目的地はすぐ見つかった。
「わ~。いっぱいあるねえ」
今更だけど、どれもすごくきれいで、小学生の頃に持っていたリカちゃん人形、なんてはるかに及ばないレベルで完成度が高い。そして出るとこ出過ぎで引っ込むところはキュキュッと締まってて……この体型って整形手術したって現実には無理でしょ? なんて思いながら目の前のミニチュア美人さんには程遠い自分のウエスト(別にたるんでるわけじゃない)を見下ろして……後悔。
いや、本物ならこれは普通だよね。
空想入りの理想がフィギュアなんだから、比べようって時点でおこがましい。気を取り直す。
で、とりあえずわたしはここで何を探せばいいのか。
「どんなのを探すの?」
「動きやすそうな服のやつ、かな。戦闘含めて身軽なジョブを頼みたいんだ」
へ~。戦うのか。
「あ、編みあげブーツ、かわいいかも」
へそ出しTシャツにデニム地のジャケットとショートパンツで、膝下までの編み揚げブーツの女の子のフィギュアが入った箱を手に取る。
ショートパンツのウエストラインの上、やわらかそうに肌がちょっと盛り上がっているところまで実にリアル。現実的じゃないのはバレーボール並みの胸とどうやって上半身を支えているのかと思うような細いウエストだ。
でも、男子はこういうの好きだよね……。
ちら、と隣の勇を見上げてみれば意外なことに、ものすごく真剣な顔をして――検討しているようだった。
「うん、かわいいよね。でもその靴だと脱ぎにくそう。着替えが大変だよ」
着替え? って、そんなとこまで気にするのか。
残念男子と言われるだけあって、こだわるんだな。
「じゃあこっちのミリタリーなお姉さんは?」
ごっつい機関銃を持ったお姉さんを指させば、「上、ビスチェでもいいの?」と、聞いてきた顔が輝いていた。
「え? ダメなの? あ、これも脱ぎにくいとかそういう系か」
「いや、ダメじゃないっ。ぜんぜん、ダメじゃない。むしろ嬉し……いや、何でもない!」
すごい勢いで賛成されたけど、今度は目が泳いでる。いいのかダメなのか……いいのか?
勇の選択基準がわからない。
「こっちの鞭を持ったお姉さんのメリハリボディのスーツもカッコいいと思うけど?」
そう言ってみたら、今度はがっかりしたような顔だ。
スーツはお気に召さないのか。
ずいぶんとこだわりがあるらしいのは確かだけれど、勇はわたしの知る中でも最強の残念男子なので、そのあたりは推して知るべし。
わたしには「スーツは勇の基準ではダメ」だということがわかるだけだ。
「こっちの棒持ったお姉さんはマント着てるね~。でも棒術にマントって邪魔にならないのかな。こっちのお姉さんは日本刀持ってる~。動きやすそうだよ?」
ハイレグのレオタード姿のフィギュアの箱を手に取ると、勇の顔が真っ赤になった。
まあ、たしかに露出大だけど、フィギュアってこういうの多いし、ゲームのキャラクターも女性なら大抵そうだよね。照れるほどのこと?
「それは、ダメだ」
きっぱりと却下された。
なるほど、ハイレグのレオタードもダメか。
「じゃあ、こっちのひらひらドレスの女の子は?」
デコルテを大胆に出したロングドレス姿の女の子のフィギュアを手に取る。
レースまできれいに加工されている。
こんな細かいの、どうやって作るんだろう。
細工にもびっくりだけど、値段を見てさらにびっくりした。
これってやっぱり作るのが大変ってことだろうか。
「あ~、それだと動きにくそうだし、周囲に溶け込まないから」
これもダメか。
「だから、どんなのならいいの? こっちの全身レザーならいい?」
ぴったりと吸い付いたように全身を覆う黒いレザー姿で銃を構えた銀髪の美少女を指さす。
「それも、ダメ」
「じゃあ何ならいいの?」
勇の求めているものがちっともわからない。
こだわりが強いのはもとからだし、せっかくだから趣味全開でいろいろ選びたいのはわかるけど、わたしはキャラクターのコスチュームとか全然興味ないし、男子としては露出多めがいいのかと思えばそうでもないらしく、ダメ出しの基準がわからない。
結局、勇がいくつか選んだ中から選ぶことになった。
「あの……嫌だったら、変えていいから……」
俯き加減で耳を真っ赤にした勇が五体ほど並べたフィギュアの服装は、シャツとスカートという、制服を基準にしたもので、スカートは一律に超ミニだ。シャツはだいたい第二ボタンまではオープンだったり、上にはおっているだけで中はキャミソールやビスチェ。立派な胸のかたちが丸わかりだけど、そこはフィギュアだし、そういうものなんだろう。
「これ、全然戦闘系に見えないけど、戦えるの?」
「ええと、武器とか防具は後付けできるから」
なるほど、そういう設定なのか。
「じゃあ、これで」
ゲームの中でくらい勇の好みにつきあったからって何が減るわけでもない。
値段だけはおもちゃに使う金額じゃないとは思ったけど、勇が自分の基準で選んできたんだから気にしなくていいのだろう。
一番近くにあった、はだけた感じの白いシャツの下に黒のビスチェ、ごつい感じの幅広ベルトに膝上二十センチって感じの超ミニのプリーツスカートにショートブーツの女の子を指さした。
「いいの!?」
パッとあげた顔の勢いで喜んでいるのがわかる。髪の毛にほとんど隠れた目も嬉しそうだ。
「いいよ~。買って帰ろ! ゲームするんでしょ?」
結構時間を取られたのでゲーム自体は夕食後にもう一度集合してやることにして、初期設定もそれまでに勇がやっておいてくれることになった。
――鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌の笑顔にはそれなりの理由があることを、わたしはまだ知らなかった。