18. 招かれざる客
午後は予定通り山の方に散歩がてらの狩りの練習に行くことにした。
狩りとはいっても、イザムの領地(館周辺)はシルバーたち狼族の縄張りで、狼たちが定期的に見回りをしているそうなので大物は滅多に出ない。
狼たちの興味の対象になりにくい小物や空を飛ぶ生き物が多い――それはつまり、わたしの練習にぴったりってことだ。
せっかくのドレスを汚したくなかったので、少々不本意ながら黒ビスチェに戻してもらい、ベルトに取り付けたポーチにしっかり短剣や手裏剣が詰めてあることを確認していたら、ホランドがお茶セットと称するバスケットを持ってきてくれた。
相変わらずのローブ姿のイザムがニコニコ笑顔でそれを手に取って、魔導士の杖に引っ掛ける。
気分はすっかりピクニックだ。
シルバーと仲間の狼が二頭寄って来て、どうやら同道するらしい。仲良く山に向かって三十分ほど進んでいくと、小さな丘があった。
てっぺんにはそこそこ大きな木があって、気持ちよさそうな木陰をつくっている。
丘の上まで登るとイザムは木の根元に敷物を広げてバスケットをおろした。
「アイリーン、目標は獲物十匹ね。魔石がとれたらそいつは3匹分で計算。シルバーは三十匹。他の狼たちは十五匹ずつでいいかな。目標達成したら休憩しよう。はい。始め~」
何とも気の抜けた開始の合図だったけど、狼たちは気にとめることもなく小走りで丘を下った――と思ったらシルバーがネズミっぽい生き物を咥えて戻ってきた。
はやっ!
わたしも慌てて丘を下った。
魔石持ちのやつは取れなかったけれど、ちゃんと十匹ゲットして木のところに戻ってきたら、やっぱりというかなんというか、わたしが最後だった。
結構すんなり倒せちゃったから、ちょっとかわいそうかな~、なんてためらってる場合じゃなかったか。
みんな思い思いにゆったりとした体勢でくつろいでいる。
ふせの体勢になっているシルバーの背中に頭を乗せて本を読んでいたイザムは、わたしが戻ったことに気づくと起きあがり、捕まえた小動物を見て、武器の使い勝手が悪いのかと聞いてきた。
正直なところ武器の使い方については微妙だなって自分でも感じていて、もちろん攻撃しようと思えばできるんだけど、なんとなく違和感がある。
今回捕まえた動物たちも、自分から攻撃したやつは一匹だけで、向かってこられたところをやり返す形で蹴りや手刀で倒したものばかりだ。獲物に傷がないのはそのせい。
武器を使えないわけじゃないけど、基本は受け、ってことみたいだ。わたしの武術の基本が空手だからかもしれないし、設定したジョブがシーフだからかもしれない。
そんなことを話しながら木陰に座って、持たせてもらったお茶とおやつをみんなで楽しんでいると、館の方からクロちゃんがふわふわと飛んできた。
イザムが「ああ、来たか~。意外に早かった」と、言いながらなんだか面倒くさそうに立ち上がった。
「客が来たから先に帰るよ。シルバー、アイリーンを頼む」
そう言ったかと思うと緑色の光とともにかき消すようにいなくなってしまった。
あの、転移陣の時の光だ。
目の前で人が消えるって、当たり前だけどびっくりする。そしてクロちゃん、おいて行かれてるけどいいのかな。
ここぞとばかりにクロちゃんを撫でくりまわしていると、シルバーが鼻先でわたしの手を押した。
「もう少し遊ぶか? むこうにセッシャの巣があったぞ。そいつくらいの子どもが三匹いた」
ほう、セッシャといえば、つまりウサギの巣だね。
クロちゃんサイズの子ウサギ……もふもふ。それは興味深い。
ちょっと、いやだいぶ心惹かれるな~、なんて思って腰を浮かしかけたら。
「食うところはないが、房飾りにはちょうどよさそうな尻尾の大きさだった」
「……やめとこうかな」
首を振って諦めた。
きっと巣を覗いたら怖がるだろうし、親がいて向かってこられたら――今日はもう十匹殺生したもんね。
「それより、お客さんって? 来客はほとんどいないって聞いてたんだけど」
「お前を見に来たんだろう。午前中に見せびらかしたようだから、城に噂が届いたんだ」
「え? じゃあ、わたしも行った方がよかったんじゃないの?」
イザムはまったくそんなそぶりを見せなかったけれど、いいのかな。
「『積極的に参戦するつもりがない以上、呼ばれるまでは噂でじゅうぶん』だそうだ。だから主はお前のことをここに残して行った」
「そっか~」
座りなおしてまたお茶を飲む。抜ける風が気持ちいい。
「ねえ、シルバー? イザムは本当に大魔導士なの? いつもここで何をしてるの? 少なくとも二年以上はここに来てるんでしょう?」
シルバーはちょっと驚いたように目を見張った。
「本物でなければ俺を眷属になどできない。それから、ここにいるときの主は誰よりも真剣に遊んでいる、ように見える」
真剣に遊んでいる、か。言い得て妙だ。
「大魔導士って、本人も言ってたけど……それって何ができるの? 他の人間に自分好みの服を着せるとか、魔物をちょいちょいっと攻撃するとか、自分の居場所を移すこと以外に」
「……本人に聞けばいい」
シルバーはなぜか目を伏せて、少しためらってから答えた。
「そりゃそうだけど、なんだか実感がなかったせいで昨日聞きそびれたんだよね~」
手を伸ばしてプチプチと草の葉を毟っていたら、シルバーがピクリと耳を動かして立ち上がった。
「何か来る」
そう言って館とは逆、山の方を睨んだ。
鼻の上にしわが寄って、めくれた唇から牙がのぞいている。低いうなり声とともにわたしを庇うように前に出た。
狼たちの一頭が遠吠えを一つすると、それに応える吠え声があちこちで聞こえ、一緒にいた二頭がささっとわたしの両脇についた。
丘の下、林の中から遠吠えに応えた二十頭くらいの狼たちが走ってくる。
それと同時に地面を真っ黒い影が流れて行った。
見上げれば、鳥。
翼を広げた大きな茶色い鳥が音もなく空から舞い降りて、丘の中腹に降り立つと同時に人の形に変わった。
白いズボンと黒い靴を履いていて、上半身が裸の男の子だ。年齢は小学校高学年くらいに見える。
狼たちの半数がゆっくりと歩いてくる男の子を取り囲み、残り半数がわたしとシルバーのまわりに群れ、低い体勢をとって威嚇する。
「見かけに騙されるなよ。ここに入って来るやつはみんな妖しい」
釘を刺すようにシルバーも言う。
そうは言われても、ふんわりしたきれいな濃茶の髪の、丸くて大きな黒い瞳ときりりとした眉をしたかわいい子だ。
「こんにちは、お姉さん。」
にこにこにっこり、といった笑顔を浮かべている。
「お姉さんが新しい訪問者だね? よかった~。美人だ!」
そう言うなり走り寄って来ようとする。
すっ、とシルバーたちが間に入った。
とたんに男の子の目つきが鋭くなる。
「あっれ、狼? 敗者に用はないんだけど?」
狼たちの唸り声が大きくなって背中の毛が逆立った。
それを見て男の子がにやり、と不敵に笑う。
「そういえば、魔導士が珍しい銀色の犬を飼ってるって聞いたよ」
唸り声が一層大きくなった。狼たちからブリザードのような冷気が発せられていて怖い。
だけど男の子の方はまったく気にしていない様子で話し続けた。
「お姉さん、歳は見たまんまだよね? 三百歳のおじいちゃん魔導士が相手なんて嫌でしょ? しかもこんなに簡単に入れるんなら魔導士ってたいしたモノじゃないよ。『大』魔導士って話、嘘じゃないの?
あ、僕はイアゴ。僕とならほら、年もたいして違わないよ。今はちょっと僕の方が若く見えるかもしれないけど、あとちょっとしたら追いつくし、僕、見た目も悪くないと思うんだよね。今ならまだ間に合うから、手遅れになる前に僕に乗り換えなよ」
軽い調子で話しているけれど、見た目がやわらかい割にずいぶんな言いようだ。
そして、ずらずらと並べてくれたけど、わたしとしては犬扱いされて怒ってる狼たちが怖い。それにおじいちゃん魔導士の力量は知らないけど、歳は三百歳じゃないし、そもそも何の相手でもないから乗り換えるもなんにもない。
ややあっけに取られて聞いていると、男の子――イアゴは調子に乗ったようで、さらに言葉を続けた。
「それともそこの負け犬の方が好みなの? 確かにちょっと見た目はいいかもしれないけど――」
挑戦的な言葉にしびれを切らしたのか、ガウッ!っと吠えて狼が一頭飛びかかった。
イアゴがくるりと身を翻し、三メートル近く垂直にジャンプして軽々と避ける。
「無理だって~」
降りてくるところに次の狼が飛びかかった。と思ったらイアゴは空気を足場にしてまたふわりと飛び上がり、ぴょんぴょんと遊んでいるかのように移動しながらシルバーの前にふわりと着地した。
ちらりとわたしを見て笑う。
「どう? こんな犬っころといないで僕と行こうよ」




