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152. ボアフ狩り

 そんなわけでエスコートの仕方というか、単なるマナー講座になったイザムをしばらく観察していたんだけど、やっぱり申し訳なくて、集落をうろうろすることにした。


 そして結局何をしたかというと、まずは遊んでいた子どもたちに石けりのような遊びを教えてもらって一緒に遊んだ。ここの子たちはみんな人懐っこくて、性別的には女の子が多い――大きくなった男の子は父親と山に出て狩りをしたり、木材を切り出したり、集落の外にある畑(外では害獣に荒らされないような作物を育てている)の世話に出かけているのだそうだ。


 年かさの子が集落の中をあちこち連れ回してくれた。そしていろいろ説明してくれる。なにしろわたしは井戸で水を汲んだこともないので(普通ないよね?)なんでも新鮮だし、彼らにとってはそれがとても不思議らしい。

 井戸の滑車が二重になっていて、力の作用を教えられた物理の授業を思い出した。


 ……あれって、実用性のある話だったんだな。


 集落のはずれにある畑の周辺には作物を狙う小動物がいるそうで、罠が仕掛けてあった。罠の一つに現実の猫よりひとまわり大きいサイズの太ったネズミ――ボアフというらしい、いわゆる害獣――がかかっていた。それを見て嬉しそうな顔になった子どもたちに詳しく聞いたら、なめした皮が靴の材料に使えるのだという。それにあんまり考えたくないけど、美味しいらしい。

 畑の周りにはよく出るけど、すばしこいので捕まえるのは難しいのだと教えてもらった。


 そういうのって、つまり、わたしの得意なやつだ。


 さっき、イザムの婚約者としては肩なしだったけど、これなら少なくともこの子たちの役には立てそう。


「よ~し。ボアフ、捕まえよう! お姉ちゃんそういうの得意だよ!」


 子どもたちによくボアフを見かける場所を聞くと、いつも畑の奥からやって来るという。そっちに見えるのは川。そしてその土手に、怪しい穴がいくつも開いていた。それがボアフの巣なのは子どもたちもわかっているらしく、穴の奥にはいくつもの気配があるけれど、犬は体が大きいから入れないし、小型犬だと返り討ちにされてしまうらしい。それに穴の中は繋がっているため、もぐらたたきのようになって、結局逃げられてしまうという。


 これは、あれだ。燻し出したところを手裏剣だ。


 煙がよく出るように緑の草も巻き付けた松明たいまつを二十本ほど準備。元が松明だから、わたしのつたない火魔法でも簡単に火はつく。


 百メートルほどの範囲で仕掛けることにして、十歳くらいの大きい子たちを中心に土手の両端から中央に向けて穴に松明を挿し込みながら進んでもらう。もう少し小さい子たちは一つ川下の橋の上で網を持って待機。もっと小さい子たちはわたしと一緒に土手のこちら側の中央で見学しながら待つ。

 両側の子たちが進むにつれて、穴の中の気配が中央に集まって来る。あるとは気づかなかった位置にあった穴から逃げていく気配もけっこうあり、思いがけないところから煙が出てくる――。自分たちが持っていた松明を挿し込み終えて、手が空いた子たちがその抜け穴に石や枝を詰め込んで逃げられないようにしていく。

 煙の出てこない穴がどんどん少なくなって、やがて、うっすらと煙の出始めた中央よりの穴からボアフが顔をのぞかせた。髭をひくひく動かして、ひっこむ。また出る。人の気配がするせいで出てきたくないのだ。

 

 そろそろ、だな。


 立ち上がって構える。

 鼻を出す動きを何度かくり返して、一匹が一気に走り出る――そこを狙って、右手の一閃で額に手裏剣を打ち込んだ。

 一匹目のボアフが転がって川に落ち、周りの子どもたちから歓声が上がった。


 よっしゃ。


 二匹目、三匹目、同じように落ちて、やがて川下の子どもたちの方から「獲ったー!」と声が聞こえててきた。

 橋の上から網ですくっているのだ。ちゃんと死んでることを確認してから手を出すのは、ここでは当たり前のことらしく、みんな慎重だった。


 最終的な収獲は八匹。穴にいたうちの半分くらいだろうか。

 川に転がり落ちなかった一匹は、土手で穴に石を詰めていた子が回収してくれた。持っていた短剣を首元に刺し、そのまま血抜きまで一気にやってしまう手際の良さだったけど、何を思ったのかそのまま首を落として頭を川に捨てたのを見た時は、ちょっと気持ち悪くなって、隣にいた女の子の手を握らせてもらった。


「魔石がないときは、頭はいらないんだよ」


 その子が興奮した赤い顔でニコニコしながら教えてくれた。

 ちゃんと理由があったらしい――けど、このサイズの生き物の首をあんな風に落とすのはわたしにはまだ難しそう――精神的にも。


 川下の子どもたちと合流した時には、頭のついたボアフが二匹、つかないのが五匹、しっかり血抜きもされていた。それにきれいに洗われた手裏剣も返ってきた――戻ってこないことも考慮して短剣じゃなくて手裏剣にしたんだけど、律儀だ。 


 そして、なんていうか、狩っているときは気にならなかったけど、全部で八匹もの哺乳類の死体――しかも殆どが首ナシ――に、自分でとどめを刺したというのに、またしても気分が悪くてゾワッとしてしまった。


 この世界の動物の血抜きは短時間で済むし簡単だ。それにたいていはイザムがあっという間に処理して片付けちゃうから気にならない。

 だけど……やっぱり苦手だ。


 はあ。練習しないとな。


 異世界の子どもたちはさすがだ。わたしにはできないところを全部やってくれてありがとう。今日のところは運ぶのも解体もオネガイシマス。心の中で感謝する。もちろんいつもやってくれるイザムにも。


 みんなの嬉しそうな顔と賑やかな声に励まされ、女の子と手をつないだままの右腕の鳥肌をこすりながら歩いて戻る途中、フードを被ったままのイザムが走ってきた。ちょっと不審そうな顔をしてあたりを見回す。


「「どうした」の?」


 声が被った。


 あ、もしや、鳥肌、察知したのかな?


「頭のないやつがちょっと気持ち悪かっただけだよ……? イザムが聞いてるのがそういうことなら」


 子どもたちが持っているボアフの方を指さす。


「え? あ、ああ。ボアフか。ずいぶんたくさん獲れたな……それでさっきは興奮してたのか。ならよかった。後はどこもなんともない?」


 頷いて返事の代わりにした。


「恋人?」

「お姉ちゃん結婚してるの?」

「お姉ちゃん何歳?」

「このお兄ちゃんが旦那さんなの?」


 わっと寄られて質問の山になった。


 この世界の人、こんな小さい子まで含めてホント人の恋愛事情を知りたがるよね――それだけ訪問者と災厄の話が浸透してる、ってことだと思うけど。

 そう思いながらいつものようにイザムが返事をするのを待っていたら、返事が来なかった。どうしたのかと思って見やれば、そのまま背を向けてスタスタと戻って行くところだ。


 いつものパターンと違う。

 わたしに答えろ、ってことなのかな。


「まあ、ええと、そうだよ。そのうち、結婚する感じ? 今はお約束だけ――」


 まあいいや、と思ってそう答えたら。


「もう、チューした?」

「一緒に旅をしてるんでしょ? お部屋一緒?」

「え! お部屋は別だったって聞いたよ、女の人二人で一部屋で、さっきの兄ちゃんは僕よりちょっと大きい男の子と一緒だって。で、もう一部屋にあのおっきい人と細い兄ちゃんだって」


 え、合ってるけど、どっから出た情報? それ。


「お約束だけなら、今からだって――うち、お兄ちゃんいるよ!」

「うちのお兄ちゃんの方が働き者だよ!」

「俺の兄貴イケメンだよ!」


 うわ、なんだこれ。ボアフがよっぽど嬉しかったのか、わたしが訪問者のせいか、一気に嫁候補だ。


「いやいやいやいや、相手はもう決まってるからっ!!」


 大急ぎで拒否する。


「なんだ~。もうお手付きか~」


 !?


 一様にがっかりしたような子どもたちから、耳を疑うような発言が聞こえた。


 『お手付き』!?


 否定したい。そこはものすごく否定したい。でも、否定した結果としてお兄さんを薦められたくない。そしてそれはおそらくイザムにはお姉さんをお薦めされるってことにつながる。そのくらいはわたしにもわかる。


 ううう、否定できない。


 遠ざかるローブの背中が(笑いで)震えているのは(実際には見えないけど)間違いない。

 だから答えてくれなかったのか。くそ……さっきの仕返し、されたな。


 子どもたちと一緒に集落の中心部に戻るころには昼近くになっていた。八匹+罠にかかっていたやつ一匹で計九匹のボアフの収獲を伝える子どもたちの声に、家に残っていた大人たちが笑顔で出てきた。外遊びのできない年齢の子どものいるお母さんたちや、室内でする仕事(種のより分けや裁縫、皮製品を作ったりなど)をしていた人たちだ。


 害獣(靴の材料になるし、食べられるのだから一概に害獣とも言えないのかもしれないけれど)退治のおかげでみんなにこやかに子どもたちを迎えている。

 そのまま大人たちの許可を取って子どもたちに手裏剣の投げ方を教えつつ(「上手に投げられるようになったら自分たちで捕まえるよ!」と、みんなやる気満々だった)、そのまま子どもたちの様子を見ながら大人たちと少し話をして、集落の人たちのうわさ話(これぞ本当の井戸端会議!)を聞いた。


 それで分かったのは、ここの人たちが訪問者に対して警戒しないのは、悪い噂が届いていないせいではなく、王室付きの魔女さんのおかげだということだ。訪問者と諍いを起こさず、協力することがこの国の王子様と結婚する条件だったのだそう。

 そこだけ聞くといい人だ。

 それからやっぱりというかなんというか、珍しい動物を集めているという話だった。王都に仔モッソスを連れて行くと言ったときに、あの男の人たちがすんなり諦めてくれたのもそのせいみたい。


 ……はたして、そんな魔女さんは実際にはいい人なのだろうか。

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